経済学者による復興政策提言

本日の日経「経済教室」で、伊藤隆敏伊藤元重両先生が「「現代経済研究グループ」のメンバーを中心に経済学者11人」の意見ということで、震災復興政策を提言しておられますので、少し感想を書いてみたいと思います。残り9人は浦田秀次郎・大竹文雄・齊藤誠・塩路悦朗・土居丈朗・樋口美雄・深尾光洋・八代尚宏吉川洋の各先生方ということで、これは豪華メンバーですね。なお文中に「…との意見が我々の間では多く…」という表現が出てきているところをみると、必ずしもすべてが全員のコンセンサスだというわけではないようです。
さて、まず議論の原則として、

…2つの原則を訴え、議論の柱を提供したい。
 第一に、市場の活用である。…効率的な資源配分や努力に応じた分配を達成するのに、市場にまさる社会経済システムは存在しない。…もちろん、…例えば集積の利益が見込める場合には、都市計画などで政府が資源配分を誘導することが有効だろう。
 第二が、持続可能性である。環境や資源の制約に加え、人口の減少や先進国で最悪の財政状況も勘案しなければならない。短期的には痛みの少ない政策が、長期的にはかえって環境や財政の持続可能性を脅かしかねない。
平成23年5月23日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から、以下同じ)

 「これらを踏まえ、コスト負担のあり方、電力不足対策、持続可能な町づくりの3点について考えを述べたい」ということです。最初のコスト負担については、

…15兆〜20兆円規模の追加的財政支出を覚悟しなければならない。…「復興国債」を追加発行し10年後に返済するのでは、退職、年金生活に入る比較的高所得の団塊世代の人は負担を逃れ、これから労働市場に参入する比較的低所得の若年層に負担を押しつけることになる。…ツケの先送りにほかならず、世代間の公平性を欠く。「増税国債か」という議論の本質は「今生きている世代が負担するのか、将来世代が負担するのか」ということである。
 様々な年齢層・職業の全国民が薄く広い負担(増税)に応じることが望ましい。「復興連帯税」として逆進的、中立的、累進的あらゆる税を組み合わせるべきだろう。我々の多くは、消費税率の引き上げ、固定資産税に国税としての上乗せ、法人税減税の先送り、所得税課税最低限引き下げ、所得税の特別定率増税を提案している。
 消費税は生産意欲を減退させにくく、経済成長に与える影響が軽微である。消費増税は消費減退で景気後退を招くとの批判は強いが、復興投資の拡大が予想されるうえ、税率引き上げ後の消費減退も短期にとどまる。耐久財を中心とした駆け込み需要も期待できる。…
 国税としての地価税を復活し、課税ベースを拡大することも合理的だ。…法人税減税の2年先延ばしで企業の負担も求める…。…より多くの人が少しでも所得税を払うよう、課税最低限の引き下げを求めたい。一方高額所得者への定率増税もやむを得ないだろう。

私は財政も素人なので正直なところ「増税国債か」という議論はよくわかりません。私としては以前も書いたように浜田宏一先生が提唱するリフレーション的な政策に説得力を感じているので、金融政策でできることがあれば増税の前にしっかりやってほしいとは思いますし、増税は景気や雇用などへの影響に配慮しながら実施してほしいとも思います。すべて増税または国債でまかなわなければならないというものでもなく、その中間的な対応も検討されていいのではないかとも思います。すでに積み上がっている国債発行残高の規模を考えれば、復興国債は復興国債で発行しておいて、それも含めた財政全体で持続可能性を持たせるための増税を検討すれば結局同じことではないかとも思わなくもありません。要するによくわかりません。
まあ、現実には増税が不可避なのは明らかなのになかなか実現できない中で、使途が明確で国民の理解が得られやすい復興財源すら増税でまかなえないということでは国際的に通用しないという見方はあるのでしょうか。
いずれにしても、仮に復興財源について増税を行わなければならないのだとすれば、これまでも書いてきたように、私は現在のように大きな社会的混乱に用心が必要な時期にはしくみを大きく変えることには慎重であるべきだという意見ですので、現状の税の構造を大きく変えることなく「あらゆる税を組み合わせるべき」との主張には同感です。あれこれ個別に考える(のが経済学的には正解なのかもしれませんが)よりは、ドイツの東西統一時の連帯付加税のように全税目に一律定率で付加税をかけるくらいがシンプルでいいかもしれません*1
ただ、これは「経済教室」を読む限りでははっきりしませんが、復興財源が不要になった際には税率を元に戻すのかどうかという出口の問題はあるように思います。まあ財政の現状をみるとそのまま据え置きというのが現実的には有力なような気はします*2というか戻すと言っても誰も信じないこらこらこら。とはいえ入口の議論と整合的にしておく必要はあるだろうと思います。特に消費税については元に戻すことを予定すると大規模な買い控えを招く危険性が高そうで、上げっぱなしにせざるを得ないように思われますので、やはり復興財源だけを取り上げて国債増税かという議論をするのは素人にはわかりにくい感はあります。
次は電力不足対策です。

…東電管内では、大口契約者に夏場の使用量を15%削減することを義務付け、家庭にも節電を要請する。
 重要なのは暑い平日の「ピーク時間帯」をどう乗り切るかであり、まず電力需要を平準化する努力が求められる。昼間の電気料金を大幅に引き上げる、いわゆる「ピーク・ロード・プライシング」の検討を求めたい。ピーク時料金を上げる一方でほかの時間帯の料金を下げれば、ピーク分散に一層寄与するだろう。
 長期休暇の制度化も選択肢になろう。最低でも3週間の長期休暇と事業所閉鎖を企業・官庁・学校に強く要請することなどが考えられる。…
 ピーク削減が不十分であれば、需要全体の削減や供給全体の増大に取り組む必要がある。それが15%一律削減という政府計画である。しかし、…一律削減は業種間に電力の使い方の違いがあることを無視している。
 電力の需給不均衡の解決策には2つの補完的アプローチがある。一つが価格機能を使い、前述した電力料金引き上げによる需要抑制と、電力会社などが家庭や企業からの購入価格を上げることによる供給増を組み合わせる方法だ。…電力の卸価格の自由な変動を通じて需給を調整する。
 東電をもうけさせるだけとの批判もあるが、電力料金引き上げは価格シグナルを通じて供給を増やし需要を抑えるために必要である。引き上げ分を東電ではなく賠償基金に直接入る仕組みをつくる手もあろう。また、消費者に負担を転嫁することへの批判もあるが、多く消費する家庭の電力料金だけを上げることで、負担能力の差を考慮に入れることが可能である。
 もう一つは、15%削減を義務付けるにあたり、電力利用権(削減回避権)を大口需要者の間で売買させる方法だ。…電力利用のピークが来そうな曜日や時間を指定したうえで削減幅を割り当て、その後は企業同士の売買に任せれば、平日でも休める企業と、継続運転が必要な企業の間で自然に取引が起きるだろう。

引き上げ分は賠償基金に入れるのではなく、単純に電力消費の多寡にかかわらず消費者に定額で還付すれば、使用量が多くなるほど単価が上がるしくみになると思うのですがどんなものでしょう。自家発ですべてまかなっている家庭はもともと電力料金がゼロのところ、さらに還付金が得られるわけなのでけっこうなインセンティブになるのでは。まあ還付額の設定が難しいかな。とりあえず「東電を儲けさせるだけ」という批判には応えていると思います。もっとも私には、現実に東電がほぼ独占的に電力供給している現実を考えれば(それがいいかどうかは別問題)、東電にも適切に儲けさせたほうがいい(これは必ずしも「黒字」を意味しません)だろうとは思います。もちろん最大限の経営努力が前提ですが、まったく儲からないということではかえって経営努力も進まないでしょうからそのインセンティブは必要だろうと思うわけで、これは経済学者にも支持していただけるのではないでしょうか。制度設計は難しいですが。
なお電力利用権取引も合理的な考え方とは思いますが、もっと削減幅が大きくならないとあまり利用されないかもしれません。現状をみると、15%の抑制なら個別企業の自助努力でかなり対応できているように思えます。

 被災地の復興では、少子高齢化に加え、地方財政が今後一段と厳しくなることを考えなくてはいけない。特に高齢化の進む被災地では、これまでの町並みを再現したとしても、同様の行政サービスの継続は困難である。都市経済学で知られるような、都市の集積の利益を実現すべく、ある程度の人口の集中が必要だ。…脱炭素社会のモデルを目指し、日本の環境技術、耐震建築技術、都市計画の英知を結集し、エコ・コンパクトシティーを実現すべきだ。
 復旧を断念する海岸沿い地域の土地の買い上げ、移転先候補地の確保、区画整理容積率緩和など土地や建物に関する詳細な規制を適用除外するため、震災特区も活用すべきであろう。土地売買や土地交換に関する税制を弾力的に運用する必要がある。
 震災・津波がなかったとしても、現状の生活継続は長期的には難しかっただろう。20年後、30年後にも栄える地域づくりを構想すべきときだ。

これが最初の原則論のところにあった「集積の利益が見込める場合には、都市計画などで政府が資源配分を誘導することが有効」ですね。
両先生は文中で「経済学的に正しい政策は得てして国民から批判を受けやすい」と述べられ、「その必要性を認識したうえで国民を説得し、明るい豊かな未来を構築するには強い政治のリーダーシップが必要」と要請しておられます。ただ、「増税国債か」をはじめ、何をもって「経済学的に正しい」とするかについては多くの分野で議論があるでしょうし、大規模停電の被害が甚大にのぼるだろうことを思うとなかなか価格や取引に多くを委ねにくいということもありそうで、私は若干政治には同情的な部分もあります。とはいえ、現状のありさまをみるにつけ、「ムダづかいをなくせば増税は不要」とか言ってた人たちに同情する気分にはなかなかなりにくいわけではありますが。

*1:この場合法人税については引き下げの先延ばしではなく、引き下げた上で付加税を乗せるという形がいいと思います。もちろん先延ばしした上で付加税を乗せることも検討に値するでしょう。

*2:ドイツの連帯付加税も統一後20年以上を経た現在でも継続しています。税率は引き下げられたようですが。まああれだけの大事業だと20年以上かかるものなのかもしれません。