労働政策を考える(19)専門26業務適正化プラン

「賃金事情」2592号(9/5号)に寄稿したエッセイを転載します。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2010_09_05_H1_P3.pdf


 参院選の結果を受けて、現在継続審議となっている派遣法改正法案のゆくえも不透明になっていますが、人事管理・労働行政の現場ではそれと並行して「専門26業務派遣適正化プラン」が進行しています。
 これは、本年2月8日の厚生労働省の発表によれば「労働者派遣は、本来、臨時的・一時的な労働力需給調整の仕組みであるので、…派遣法施行令第4条に掲げる専門26業務等を除き、派遣可能期間(原則1年、最長3年)の制限を超えて継続して提供を受けることはできない。…最近、派遣可能期間の制限を免れることを目的として、…実態的には実態的には専門26業務の解釈を歪曲したり、拡大したりして、専門性がない専門26業務以外の業務を行っている事案が散見されている…このため、今般、長妻昭厚生労働大臣の指示を受け、専門26業務の適正な運用について関係団体に対して要請するとともに、都道府県労働局において、3月及び4月を集中的な期間とする専門26業務の派遣適正化のための指導監督を行うこと…などを内容とした「専門26業務派遣適正化プラン」を策定・実施する」というものです。
 とりわけ、施行令第4条第5号(電子計算機、タイプライター、テレックス又はこれらに準ずる事務用機器の操作の業務)と第8号(文書、磁気テープ等のファイリング…に係る分類の作成又はファイリング…の業務)の業務については、専門業務に該当しない「一般事務と混同しやすい」ということで「留意事項」が示され、重点的に指導監督が行われました。具体的には、第5号の事務用機器操作については、法制定時(1985年)と現在の事務用機器の普及の実態の相違を考慮し、「専門的技術を活用して…迅速・的確な操作に習熟を要するもの」であって「単純に数値をキー入力するだけの業務を行っている場合」は該当しない、などとされています。また第8号のファイリングについては「高度の専門的な知識、技術又は経験を利用して、分類基準を作成した上で当該分類基準に沿って整理保管を行うもの等に限られる」とし、単なる書類の整理などはこれに該当しないとされています。さらに、専門26業務を行う場合でも、専門業務ではないがこれに付随する業務が全体の1割を超え、あるいは全く無関係な業務を少しでも行っている場合は全体として専門26業務に該当しないとの見解もあらためて示されました。
 この5月には、3月、4月の集中期間の結果も公表され、関係団体への要請2,234件に加え、891件の指導監督、そして4件の行政処分が行われたことが明らかになりました。これらの指導の多くは、1985年の派遣法制定以降20年以上にわたって特段の異論もなく第5号あるいは第8号の業務該当として事実上容認されてきた事務職派遣が「該当しない」とされたものであり、多くの現場で相当の違和感をもって受け止められたようです。
 もっとも、これに関しては派遣法制定当時から無理を指摘する意見もありました。もともと、労働者派遣が中間搾取を招いた歴史的経緯などから「直接雇用が原則」という考え方があり、さらに制定当時に「常用代替」を防ぐべきとのことで、派遣は「臨時的・一時的な労働力需給調整」と位置付けられ、その上で労働者保護に欠けることのないよう専門業務に限ることとされたわけです。 一方、その当時すでに事務業務請負という形で事実上の事務職派遣が広く行われていた実態もあり、それに配慮する形で専門業務の中に「事務用機器操作」と「ファイリング」が加えられたという経緯もあったようです。つまり、もともと法律と実態との間に矛盾があり、そこを運用上「解釈を歪曲したり、拡大したりして」対応してきたわけで、これは1999年の改正後も派遣期間の制限という面で継続しました。
 つまり、「これが法本来の形だ」と言われればそれはまさに正論であり、反論は困難です。それでもこれまでこうした実態が許容されていたのは、厳密には専門業務に該当しないような事務職派遣で働く人たちにも特段の大きな不満はなく、概ね満足度高く就労できていたからでしょう。
 さて、今回長妻大臣が専門26業務を厳格に適用するよう指示した理由は明らかではありませんが、派遣労働者の増加にともなって「本当は直接雇用の正社員で働きたいが、そうした働き口がないのでしかたなく派遣で働いている」といった不満をもつ事務職派遣が増えてきたということが背景にあることは容易に想像できます。実際、派遣労働者に限らず、生計維持者や若年者を中心に不本意な非正規労働を余儀なくされている人が増加していることは大きな社会問題となっています。
 もっとも、仮にこうした不満の解消・軽減を意図して今回の「適正化プラン」が実行されたとして、その効果がはたしてどれほどかはかなりの疑問があります。専門26業種にあたらないとしても、それは「1年を超える派遣はできない、それを超えて使用する場合は直接雇用の申込みを要する」というに過ぎず、不本意に派遣就労している人たちの多くが期待する「正社員転換」は期待できないからです。もちろん、直接雇用となることで労働条件が向上する可能性はありますが、それは直接雇用にともなう事務コストが派遣会社への手数料を下回る場合に限られ、小規模な企業がスケールメリットに優れる大手から派遣を受け入れていた場合にはむしろ労働条件が低下する可能性もあります。
 一方で、ウェブ上を検索してみると、今回の「適正化」によって派遣が終了のやむなきに至っている事務職派遣の「この職場、居心地いいからもっといたいんだけど」などといった不満の声が多数みつかります。実際、かつてほどではないかもしれませんが、事務職派遣の職場満足度はそれほど低くないという調査結果もあり、満足度高く働いている人も多数います。こうした人たちは明らかに今回の「適正化」で不利益を被っているわけで、全体としてそれを上回る利益があるのかどうかは疑わしく思われます。
 また、専門26業務をあまりに厳格に適用することは、派遣労働者の能力・キャリアの形成上も問題となる可能性があります。5月に発表された集中期間の結果では違反例もいくつか紹介されていますが、その中にこういうものがあります。
「第5号業務(事務用機器操作)と称して、平日は、事務機器操作のほか、来客者の応対、利用料授受の補助、契約申込み及び解約の手続き、苦情相談等の窓口業務を、また、土日祝日は専ら窓口業務を行わせていた。」
 もちろん、これは今回の「留意事項」をあてはめれば第5号には該当しない、ということになるでしょう。しかし、もし企業が事務職の正社員を中途採用するとして、前職は派遣でひたすら事務機器操作「だけ」をやっていた人と、同じく前職は派遣で事務機器操作のほかに来客応対や苦情処理の経験もある人と、他の条件が同じなら、どちらを正社員採用するでしょうか?
 もちろん、個別には改善が必要な問題のある派遣労働も多数あるだろうとは思います。しかし、今回の「適正化」プランは、実態と乖離した法制度を杓子定規に適用しようとしたときの弊害が大きく出ているように思われます。いまや派遣労働は労働市場においても無視できない存在になりました。全くないとは言えませんが、戦前のような「中間搾取」もほぼ過去の遺風となり、積極的に派遣での就労を選択する労働者も増えています。こうした中で必要なのは、派遣労働を「臨時的・一時的な労働力」として例外扱いするのではなく、働き方の立派な選択肢として市民権を与え、そのキャリア形成を促進し、良質な派遣業者を育成するような法制度ではないでしょうか。今回の派遣法改正法案がそれと逆行するものとなっているのは残念でなりません。