規制改革だけでは

ということで連休中のネタを取り上げていきたいと思います。いきなり昨日のエントリに転記したツイートにはないネタで恐縮なのですが、4日付日経新聞の社説をご紹介したいと思います。「「元気な経済」考」というシリーズもので、今回のお題は「介護・保育・医療を規制改革で伸ばそう」です。
結論から先に言ってしまいますと、お題も「規制改革で伸ばそう」となっているとおり、現政権の改革バックラッシュ路線に対する異議申し立てが主眼になっているせいか、いささかバランスを欠いてかえって説得力が削がれているという印象を持ちました。


 介護に限らず保育や医療を含め、社会保障の分野はサービスを必要とする人が急増しているのに、供給が追いつかない。規制や既得権に阻まれて、民間企業などが参入しにくい官製市場になっているからだ。
 これらの分野を本物の成長産業にするには、参入障壁を低くする規制改革が不可欠だ。株式会社、非営利組織(NPO)などサービスの担い手を広げることが経済の成長を促し、雇用の場を増やす。
 政府も介護や医療を成長分野に位置づけるが、どう伸ばすのか、はっきりしない。菅直人財務相は「増税しても使い方を間違えなければ成長に資する」と、社会保障による分配政策で需要を増やす考えを示した。
 これは正しくない。官が需要をつけようとすると、国民や企業の税負担を増やして結局、民需成長の妨げにもなる。民がサービスの供給を競い、その創意工夫を引き出すよう促す策が肝心だ。人々の将来への不安を和らげるには制度設計を急ぎ、早く改革に着手するのが王道である。
(平成22年5月4日付日本経済新聞「社説」から、以下同じ)

こう書かれると、そうは言っても規制緩和と民間活力だけで本当に十分にサービスが供給できるようになるんですか、と言い返したくなるのは当然のことでしょう。
たとえば介護については介護労働者の低賃金がよく問題視されますが、現実に十分な採用が難しく、定着も悪いということは、仕事の内容や必要とされる能力などに較べて現状の賃金(などの労働条件)が低きに失するということなのでしょう。いっぽうでそれで事業者が暴利を得ているかというとそうでもなく*1、結局のところサービスの価格を上げなければ労働条件の引き上げも難しいということだろうと思います。しかし、現状でも「サービスを必要とする人」の負担能力は料金の1割がせいぜいで、あとは社会保険でまかなっているわけですから、結局は保険料を上げるか、増税して財源を確保してサービス価格を上げるよりないわけでしょう。実際、これは論説委員によって違いがあるのかもしれませんが、全体的には日経は社会保障財源のために増税すること自体には否定的ではなかったように思います。
いっぽうで、官が需要をつけるとなるとあれやこれやと規制がかかってくることも避けがたいわけで、これが行き過ぎると結局は過剰サービス・高コスト体質となり、さらにそれが運営者・利用者双方の既得権となって(その典型がかつての公立保育所)、国民・企業の負担増につながって成長を妨げる…というのももっともな心配と申せましょう。
つまり、本来なら「現行の規制などは維持したままで増税で財源を確保しようとすると負担増の弊害が大きすぎる、財源確保は必要としても制度改革が前提だ」というべきところなのですが、この文章だとなかなかそうは読めないように思います。
実際、

 介護で大切なのは、施設の新増設を促す規制緩和だ。有料老人ホームなどは、厚生労働省が総量を規制している。有料老人ホーム事業を手がける民間企業の経営者は「利用者が多い地域でも、経営が傾いたホームを買い取って再生させるのがせいぜいだ」と語る。これらの施設の総量規制は早急に撤廃すべきだ。

これはまったくそのとおりで、理屈の上ではたしか「公金がつぎ込まれている以上は、あるいは利用者の保護のために、施設の安全性や継続性を確保すべく規制が必要だ」ということになっていたと思いますが、現実には自治体の介護報酬負担の抑制のための規制になっているというのが実情でしょう。安全性や継続性を確保するための規制が不要だというつもりはありませんが、それが総量規制でなければならない理由は考えつきません。適正な規制のもとで施設が増え、結果として費用も増えたのであれば、そこで保険料の引き上げなどを議論すればいいのだと思います。

 介護サービスを担う人材も足りない。要介護者の増加を考えると、政府は介護士を年に5万人程度ずつ増やす必要があると試算する。しかし仕事の内容がきつい割に給料が低いなどの理由で、なり手が大きく増える見通しは立たない。人材を日本人に頼る考え方を改める必要がある。
 経済連携協定に基づくインドネシアとフィリピンからの人材受け入れは数百人にとどまる。日本人介護士の待遇が下がるのを恐れる業界団体に配慮して厚労省が制限しているからだ。数千人単位で受け入れなければ年5万人増の達成は不可能だ。

これも同じことで、EPAで受け入れた外国人介護士を日本人より低賃金で処遇することができるわけもなく、むしろ育成などのコストを事業者が負担しているのが現状でしょう*2。日本がフィリピンなどとの通商で利益を得ようとするのであれば、一定の互恵的な経済協力の枠組みは必要で、であれば現にフィリピンなどに大きな期待のある日本への人材送出の拡大をはかる必要もあって、たしかに業界団体の望む「鎖国」は難しいと思われます。外国人の受け入れ拡大は適切に実施するとしても、外国人の導入で費用を軽減するという発想ではなく、内外人平等という当然の前提のもとに、あるべき賃金水準とその実現にともなう負担とを議論すべきでしょう。もっとも、現実に議論するとなると、「鎖国」のままでは負担増となる国民が納得しないかもしれませんが…。

 外国人に資格試験を課すのも過剰規制だ。2月に実施した看護師の国家試験は、外国人の合格率がたった1%余りだった。日本人は9割が合格する。日本語の壁が主因だ。
 介護士、看護師とも母国で専門教育を受けている。高齢者らと対話するための語学を磨くのは当然だが、振り落とす試験では日本で介護職に就こうという外国人は減る。

これが過剰規制かどうかはさらに議論があるでしょう。それぞれの専門分野における日本語力を担保するために日本語で日本人と同様の試験を行うというのは十分あり得る考え方のように私には思えます。1%はいかにも低い感はありますが、日本語による試験の合格が必要だということになれば、中期的にはそれに対応した準備をして合格する人も増えてくるのではないでしょうか。逆にいえば、そこまで投資をした以上は、それなりの賃金でなければ就労しないということで労働条件が向上する可能性もありそうです。

 保育分野の供給不足も介護と同じだ。社会福祉法人が経営する保育所は税の優遇や建設費補助が行き届いている。株式会社だとこうした優遇が受けられない。施設・人員などの基準を満たす保育所は母体が株式会社であっても、社会福祉法人と同じ優遇をするのが当然だ。民間企業を悪者扱いするのはやめてほしい。
 保育所に入れない子供は潜在的に100万人。安心して子供を預けられる施設の増加は、企業経営者に女性社員の活用を促す。仕事ができる女性が子育てのために職場を離れる「損失」を食い止めれば、女性の働き手が増え成長を下支えする。

これも同じことで、それでは規制緩和すれば民間活力ですべてうまく行くのか、という問題です。株式会社にも補助金を出すとなると、それには当然それに応じた財源も必要となるでしょう。まあ、子ども手当も支給されます*3し、介護サービスに較べると利用者の負担能力は高いと思われますので、総額は維持したままで社会福祉法人と株式会社の差をなくす、という方法も考えられそうです。まあ、公費を費やす以上はコントロールしやすい社会福祉法人に限りたいというのもわからないではないですが、しかし保育所も設置にはかなりの投資を要するわけで、これは基本的には株式会社になじみやすいものではないかと思われます。

 医療分野も改革すべき規制が山積している。医療費は年3〜4%の割で増えている。支出を公的な健康保険にだけ頼っては制度を持続させるのが難しい。公的保険が責任を持つ範囲を定め、自費診療とうまく組み合わせ需要に対応する工夫がいる。

これまた、そうはいっても一方では財源確保、増税(保険料引き上げ)の議論も必要ですよね、ということでしょう。実際、医師や看護師の不足や過重労働の問題をみると、一定の報酬引き上げは不可欠のように思います。
ただ、その一方で、

 まず、保険が利かない先進的な治療法や医薬品と、保険診療とを合わせて受けられる混合診療を原則、解禁するのが不可欠だ。病院の勤務医らの負担を減らすために、看護師に一部の医療行為を認める規制緩和や、医療に関する事務作業を専門とする「医療秘書」の増員も課題だ。
 自公政権医療機関へのレセプト(診療報酬明細書)のオンライン請求を義務化しようとしていた。だが現政権は関連予算を削るなど義務化に後ろ向きだ。レセプト電子化は各種の疾病データの分析や治療法の標準化に欠かせないインフラである。

これもまったくそのとおりで、こうしたことをきちんと実現したうえで、増税が必要なら必要で国民に負担を求めるべきものでしょう。医療を充実させるため、医師の過重労働解消のため、病院が売上・利益を確保しなければならないことは当然としても、それは過剰な検査や治療などによってなされるのではなく、本当に必要な費用はどれほどか、その負担は患者と社会がどの程度の割合で負担すべきか、結果として保険料はいくらにするのがいいのか、という議論をすべきなのではないかと思います。

*1:まあ、現実に経営者の羽振りがいいのを見ると愉快ではないという気持ちはわかりますが。

*2:したがって業界団体が「日本人介護士の待遇が下がるのを恐れ」ているというのは言い過ぎで、「待遇の改善が抑制されることを恐れる」くらいに書くべきだろうと思われます。

*3:これも日経からみれば「官が需要をつける」の一形態ということかもしれません。