愚かな首相

もうひとつ今朝の日経から。あらかじめお断りしておきますが居酒屋政談ネタです。

 鳩山由紀夫首相は21日の党首討論で、沖縄の米軍普天間基地の移設問題について「5月末決着」「県外移設」を目指す姿勢をなお崩さなかった。しかし移設先候補地の一つである鹿児島県・徳之島から門前払いを食らうなど窮地は鮮明。「地元よりも、まず米国に理解されるかどうか、水面下でやり取りしなければならない」など、迷走の責任を米側に押しつけるかのような発言もあり「覚悟」の軽さばかりが目立った。

 冒頭、谷垣氏が米ワシントン・ポスト紙に「不運で愚かさを増している」と酷評された責任は首相自身にあるとただすと、首相は熱っぽく、しかし静かに答えた。
 「私は愚かな首相かもしれない。12月に辺野古に決めていれば、どんなに楽だったか計り知れない。日米関係が良くなったように見えたかもしれない。しかし、果たしてそうだっただろうか」。
 閣僚席も静まりかえっていた。
(平成22年4月22日付日本経済新聞朝刊から)

ウェブ配信ではこんなのも流れています。

 鳩山由紀夫首相(民主党代表)は21日午後の党首討論で、核安全保障サミットを巡り、米紙ワシントン・ポストが「首相は最大の敗者」「不運で愚かさを増している」などと酷評したことについて「確かに私は愚かな首相かもしれない」と述べた。自民党谷垣禎一総裁が「原因は首相にあるということも否定できない」と、米軍普天間基地の移設問題での鳩山内閣の迷走ぶりを追及した場面で飛び出した発言。
 首相は続けて「沖縄の大変な負担を少しでも和らげることができたらと愚直に思ったのは間違いだろうか。決して間違いだったとは思っていない」と反論。オバマ米大統領との約10分間の非公式会談で5月末の決着に向けた協力を要請したことも説明した。
 谷垣氏は「もう一回がくぜんとした。私はあなたにもっと使命感をもってもらいたい」とあきれた様子だった。
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9381949EE0E3E2E59A8DE0E3E2E6E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;at=DGXZZO0195166008122009000000

ことここに至ってはもう気の毒としか申し上げようがありません。
「沖縄の大変な負担を少しでも和らげることができたらと愚直に思ったのは間違いだろうか。決して間違いだったとは思っていない」って、それ自体については誰も間違っていたなんて言っていないでしょう。「沖縄の大変な負担を少しでも和らげることができたら」というのは、それ自体はまったく否定しようのない正論です。
ただ、正論なんていくらでもあるわけで、複数の正論が相互に矛盾したり、両立しなかったりするのが普通なわけですよ。「政府は1億数千万人の国民の安全を保障しなければならない」というのも正論ですし、わが国においては「核武装しない」とか「攻撃のための軍事力を持たない」というのも正論なのでしょう。「国家間の約束事は政権が代わっても一方的に破棄されるべきではない」「安全保障だけでなく、政治・経済・社会のさまざまな面において日米関係が良好で安定していることが望ましい」というのだって正論でしょう。徳之島の首長たちが、住民の大半が大反対しているから官房長官には会わない、というのも彼らにとっては正論なのでしょう*1。複数の正論がトレードオフの状態にあるときには、優先順位をきちんと判断し、少数の利益を尊重しつつも全体の利益の最大化を追求するというのが政府の役割ではないでしょうか。ところが首相は「沖縄の大変な負担を少しでも和らげる」に拘泥するあまりに安全保障や日米関係を悪化させ、国益を損ねつづけているわけです(というか、いまの時点ではほぼ誰も利益を受けていないのが現実でしょう)。たしかに「沖縄の負担」は正論ですが、この状態を正当化する理由にはなりませんし、反論にもなっていないように思われます。
「12月に辺野古に決めていれば、どんなに楽だったか計り知れない。日米関係が良くなったように見えたかもしれない。しかし、果たしてそうだっただろうか」という開き直りについても、現にそのとおりなのですからそのとおりとしか言いようがないでしょう。首相は沖縄のために「楽をせずに苦労をするのが偉いのだ」とお考えのようですが、そもそも長い年月と大変な苦心によってようやくまとまった日米合意を首相ご自身がひっくり返したわけで、それで自分が苦労していることを自賛するというのは、それまでの多くの人たちの苦労を等閑視するきわめて自己中心的な発想です。これは料理の並んだちゃぶ台をひっくり返して、料理をした人の苦労は無視して「自分は苦労して片付けているぞ。偉いだろう」と言うのに等しいものです。国家間の約束を守ることは決して「楽をする」ということではありません。政府が使える資源はかなり限られているのですから、こんなところで苦労して資源を使うくらいなら、もっと労力を費やすべき分野がほかにたくさんあるはずだと思うのですが、違うのでしょうか。これには谷垣氏ならずとも愕然とするでしょう。
できない約束をすること自体があまり感心しないわけですが、それは野党にはわからない与件がいろいろあったとか、政権交代のための票ほしさで余計なリップサービスをしてしまったとか、まあ致し方のない事情もあったでしょう。できない約束とわかった時点で、マニフェストには載っていないわけでもありますし、できない約束でしたと認めて陳謝、撤回すればよかったのではないでしょうか。しかし、首相はいつまでもできない約束にこだわり続け、期限を何度も延ばし、問題を収拾不能に近いところまでこじらせただけではなく、その間に国益を損ねつづけているわけですから、まことに遺憾な話です。おそらく、首相は当初はここまで難航するとは思っておられず、意外な手強さにうろたえている間にずるずると泥沼にはまってしまったのでしょう。はじめて政権を取ったのですから不慣れなのは致し方ありませんし、なるほどワシントン・ポストがいうように「不運」であったことには同情を禁じえないのではありますが、しかしそれで免罪されるというわけにもまいらないでしょう。
海外のメディアにこんな侮辱的なことを書かれ、しかもそれを否定できないというのは国にとっても国民にとっても屈辱的なことですが、しかしことこの問題に関してはわが国の首相は「愚かな首相」だと認めざるを得ないようです。
以上、最初にも書きましたがまったくの居酒屋政談ですので、どうか寛大にお読みください。なお、私は将来にわたって沖縄の負担の軽減が必要ないということを申し上げるつもりは一切ありませんので為念申し上げておきます。

*1:若干の疑いなしとはしませんが。