労委調整事件の増加

今朝の日経新聞に「労使紛争が平成で最多 中労委調査、09年3割増の733件」という記事が掲載されていました。

 中央労働委員会は24日、2009年に全国の労働委員会があっせんや調停を行った集団的労使紛争は733件で前年より32.7%増え、平成に入り最多だったと発表した。同委員会は「リーマンショックを機に企業の経営が悪化したことが背景にある」とみている。
 個人と使用者の個別労働関係紛争のあっせん件数も534件で、同20%増えて01年の制度開始から最多となった。
(平成22年2月25日付日本経済新聞朝刊から)

これの元ネタは↓ここにあります。
http://www.mhlw.go.jp/churoi/houdou/chousei/09.html
これは労働委員会で扱う調整事件の新規引受件数で、この他にも労働委員会以外の紛争処理機関(労働審判とか)に持ち込まれる事件もありますし、そもそも外部機関に持ち込まれない紛争のほうが多いわけですから、とりあえず「労使紛争が平成で最多」という見出しはどんなもんなのかなあという感覚はあります。また、たしかに「平成で最多」ではあるにしても、昭和の時代には1,000件を超えるのが普通(最多は昭和49年の2,249件)だったことを思うと隔世の感もあるわけですが、それはそれとして。
中労委の発表資料をみると、まず記事にもあるように「事件の内容については、「解雇」が191件(前年132件、45%増)、「賃金」が346件(前年250件、38%増)と大幅に増加した。」となっていて、続いて「合同労組が関係する事件が487件(前年375件、30%増)、特にこれらのうち駆込み訴え事件が269件(前年181件、49%増)となっており、個々の労働者に係る紛争を背景にした事件が増加していることが伺われる。」との記述があります。「駆込み訴え」というのは、資料の注にありますが「労働者が解雇等された後に合同労組に加入し、当該組合が当該解雇等についてあっせんの申請等を行う」というものです。駆込み訴えではない合同労組案件の中にも、解雇等が行われそうな気配を察知して予防的に加入したケースが相当あると想像されますし、調整事件ではなく、団交拒否などで不当労働行為救済事件になっているケースもやはり少なくないと想像されます。
古くから指摘されていることですが、労働委員会はそもそも集団的労使関係の紛争を扱う機関であって、個別的労使関係の紛争=「個々の労働者に係る紛争」を扱う機関ではありません(だから、中労委の発表資料でも「背景にした事件」という書き方がされています)。ただ、かつては個別的労使関係の紛争処理機関があまり充実しておらず労働者からのアクセスが難しかったことから、まずは個別的紛争の当事者である労働者が労組に加入し、その労組が使用者に団体交渉を求め、不調になると地労委のあっせん等に持ち出す、という不自然な形での紛争処理が行われてきたわけです。
こうしたことに対する反省から、近年になって地方の労働局などで個別紛争処理を行うしくみが整理され、労働審判制も導入されました。他ならぬ地労委自身も発表資料にもあるように個別紛争処理を実施しており、個別的労使関係における紛争解決を担う機関は急速に充実してきました。現状では、労働者の救済ということを考えれば、比較的長期を要するとされる地労委での紛争処理よりは、原則として3回・3か月(実態としても労働審判の平均所要期間は70日強とのことです)で終了する労働審判のほうが優れているといえましょう。
もちろん、地労委の立場では、いかに事件の本質が個別的紛争であることが明らかであるとはいっても、集団的紛争の体裁で持ち込まれた事件を受け付けない(労働審判などに誘導する)わけにはいかないでしょうから、そこは致し方のないところでしょうが、不思議なのは合同労組の対応です。本当に「駆込んで」きた労働者の利益を考えるのであれば、不自然な形で地労委に持ち込むのではなく、労働審判などを勧めるのが労働者のためではないかと思うからです。それが古くから手馴れた手法だからなのか、他になにか事情があるのか、よくわかりませんが…。
なお、記事にもありますが労働委員会による個別紛争あっせんの件数も最多だそうですが、発表資料によると「主な内容については、「年次有給休暇」(主に残余日数の買い上げ)が40件(前年16件、150%増)、「整理解雇」が78件(前年39件、100%増)、「賃金未払い」が114件(前年81件、41%増)と増加率が高くなっている。」となっているのが興味深いところです。年次有給休暇の「残余日数の買い上げ」が紛争になるというのは、要するに労働者が退職にあたって年次有給休暇をすべて消化して(当然賃金も受け取って)から退職しようとしたのに対し、使用者がそれを認めず、賃金を支払おうとしないという事件なのでしょう。もちろん、年次有給休暇は過去の勤務を条件に付与が義務づけられているものですから、すべて消化することが当然できるわけですし、いかに休暇が残っていたとしてもせいぜい2か月程度(年次有給休暇の時効は2年とされています)でしょうから、仮に雇用調整のための退職であったとしても、使用者にとってそれほど大きな負担ではないはずです。いっぽう、退職する人にとっては無視できない収入になるでしょうから、普通に買い上げるのが双方にとって望ましい対応だと思うのですが、それにもかかわらずこの紛争が他の内容に較べて大きく増えているというのは、雇用調整そのものが増えているということに加えて、その程度の負担も辛いくらいになるまで使用者が雇用調整に踏み切らずにがまんしているということなのでしょうか?まあ、元々の件数が少ないので、偶然の変動の範囲内だということのような気もしますが…。