事業仕分けの意義

週末5日の日経新聞マーケット面のコラム「大機小機」で「吾妻橋」氏が事業仕分けを論じておられます。例によって切れ味鋭い内容ですので備忘的に転記しておきます。

 民主党政権交代効果をアピールする事業の仕分け作業が終わり、1.6兆円の無駄が洗い出された。しかし、この半分強を占める公益法人などから国庫への返還分(埋蔵金)は、新政策の財源としてはならない。国の資産を、膨大な債務の償還以外の目的で取り崩すことは、純債務を増やす点で、赤字国債の発行と変わらないからだ。
(平成21年12月5日付日本経済新聞朝刊「大機小機」から、以下同じ)

これを読んで連想したのですが、福利厚生で住宅資金の貸し付け制度を持っている企業はよくありますが、かつて金利が高かった時代には定期預金の利率を下回るような低利の融資となっているケースもありました。この場合は、住宅購入にあたって自己資金があってもそれは定期預金に入れて、企業の融資制度を最大限利用するのが有利になるわけで、高度成長期の大企業ではたまにある話だったと聞きます。この場合、家計の健全性は借入の多さや定期預金の多さ、あるいは住宅の売却可能額などを単独で見るのではなく、資産と借入の差額(純債務)でみるわけです。ここでさらに自動車を購入するとして、定期を取り崩して購入するのと、追加的に借金をして購入するのとは、純債務(資産−借入)を増やすという意味では同じことになるわけで、いずれにしても家計の健全性は損なわれます。国家の財政も同じことで、子ども手当(でもなんでも)の財源として埋蔵金を流用することは、財政の健全性という意味では基本的には赤字国債を増発するのと同じことになるわけですね。それはいずれ埋蔵金が枯渇したら結局国債を発行するしかなくなるということを考えてもわかります。

 今回の仕分け作業の大きな成果は、たとえ政権が交代しても「予算の無駄削減」は容易ではないことを示したことだろう。にもかかわらず、仕分けの手法が拙速であるとか、作業に加わった民間人に権限があるのかとか、様々な批判が生じている。これは旧政権での経済財政諮問会議などへの批判と共通した部分が多い。
 民間人の活用は、民間の「常識」を用いて政と官とのもたれ合いに「外圧」をかける意味が大きい。

なるほど、こうした意味においては、たしかに今回の事業仕分けはなかなか有意義だったのかもしれません。現実に判定結果のとおり予算が削減されるかといえばそれは別問題なのですから、仕分け人には「民間の「常識」」さえあれば素人であっても権限がなくても差し支えないというのはたしかにそのとおりだろうと思います。
ただ、これを旧政権での経済財政諮問会議、とりわけ今回作業に加わった民間人と経済財政諮問会議の民間議員とを同一視するのは後者に対して失礼ではないかと思われます。後者は前者のように「子ども向けの演劇の予算を削るくらいなら、公務員の給料をへらすべきだ」といったような非科学的な発言はしなかったでしょうから。
もっとも、続けて

…今回の仕分け対象になった公益法人などは、規制改革会議や行政支出総点検会議でも検討対象となった「常連」が多く、1時間の審議でも短すぎるわけではない。

と述べられていますので、ここでの趣旨は規制改革会議などで専門家が繰り返し吟味して無駄と判断されたにもかかわらず残存しているものについては、大半は素人の「民間の「常識」」でみても無駄だった、ということなのかもしれません。なるほど「子ども向けの演劇の予算を削るくらいなら、公務員の給料をへらすべきだ」は「民間の「常識」」かもしれませんが、しかしこれはこれで今度は民間に対していささか失礼ではないかという感もありますが…。


 政策自体の妥当性を問わない予算削減には限界もある。特に農水省の検討対象は小物ばかりだった。農業活性化のために育成すべき専業農家減反で苦しめる一方、兼業農家も対象の赤字補てん策という壮大な無駄は仕分け対象とならなかった。

御意。新政権の政策の中でも、米軍基地やアフガン支援などの外交・安全保障政策と、FTA推進を前提としない戸別所得補償などの農業政策はともに国益を大きく損ねる二大悪政と申せましょう。


 「事業仕分け」の成果は目標の3兆円に届かなかったが、これは…少なすぎる目標だった。仮にマニフェスト政権公約)として5.3兆円の子ども手当を固守するなら、その財源として掲げた行政の無駄削減の公約についても同様である。
 政策の整合性確保のためには、民主党の新政策に必要な予算は、無駄な経費を削減した範囲内にとどめるべきである。それが、野党ではなく、政権を担う政党としての当然の責任だろう。

もちろん、無駄な経費の削減だけではなく、扶養控除の廃止のような増税でもいいわけですが、いずれにしても新政策に必要な予算は財源の手当ができる範囲にとどめるべきとの主張は正論でしょう(とりわけ財政の実態を考えれば)。民主党マニフェストは平成25年度に必要な費用16.8兆円について、ムダ排除で9.1兆円、埋蔵金の運用益の流用と政府資産の売却で5.0兆円(政府資産売却の0.7兆円はサステナブルではありませんが)、租特の見直しなどで2.7兆円捻出して対応するとしています。まあ、平成25年度はまだ先ですが、しかし今年度の必要額7.1兆円に較べて今回の捻出額はいかにも小さく、さすがにこの公約は見直しが不可避であることは明らかになったと申せましょう。「吾妻橋」氏が主張するように、ここは「政策自体の妥当性」にまで立ち返って、マニフェストの内容のうち妥当でないものについては撤回することで、財源に見合った政策としていく必要があると思われます。