「仕事と生活の調和推進事業」の仕分け方

このところワーク・ライフ・バランスも少し下火のようですが(そうでもないのか?)、これに関連するエッセイを書く必要があって、そういえばこれは例の「事業仕分け」ではどうなっているのだろうかと思って確認してみたところ、「仕事と生活の調和推進事業」が11月17日のセッションの第2ワーキンググループでみごとに?「予算計上見送り」となっておりましたことよ。もっとも、内閣府によれば平成20年度のWLB関連事業予算は総額6,600億円超(もっともこれは相当幅広く集計していますが)ということですので、うち10億円の「仕事と生活の調和推進事業」の予算計上が本当に見送られたとしても全体としてはびくともしない、という見方もできなくはありませんが。
まあ、私としてはこの「予算計上見送り」という結論についてはここであれこれコメントするつもりもない(実際に見送られるかどうかもまだわからないわけですし)のですが、内閣府のサイトで公開されている「評価者のコメント」というのがたいへん面白いので、ここでご紹介してみようかと。
http://www.cao.go.jp/sasshin/oshirase/h-kekka/pdf/nov17kekka/2-37.pdf

● こういった精神運動を進めることの危うさは、表向きの数字合わせで事の本質が隠されてしまうことだと思う。これを推進する基準局自身が大きくワーク・ライフ・バランスを実行しているようには思えず、政府の思いつき的な事業ではないか。
● 国民の実感として、優先順位が低いと考える。税金投入しない民間主導の運動でよい。この運動を使って天下り場所の確保、拡大につなげているのが露骨。
● ワーク・ライフ・バランスは大切なテーマであるが、取り上げられているプロジェクトは一般的なもののように見受けられ、特にワーク・ライフ・バランスの推進に必要とは思えない、なくしてもよい。天下りOBの多い組織に仕事を与えているのも透明性に欠ける。
● 企画コンペでアイデアを民間シンクタンクに出させるのは厚労省が何をしたらいいのかわかってないからではないか。ワーク・ライフ・バランス実現のために何が必要かを明らかにした上で要求すべき。連合会に仕事を出すために無理やり考えた事業ではないか。
● 当該事業の存在意義が理解できない。より有効な分野に資金を向けるべきだ。
● 官民の共同で進めることが確認されている取組であるので、民が担う部分は民に責任を持って実施してもらうべき。モデル事業の実施は民の負担で行うべき。
● 典型的な天下り公益法人を利用したモデル事業。予算を縮減して天下り公益法人をはずして実施。規模を縮小、内閣府との業務の重複を見直し。
● 企業が負担すべきであって税金投入は不要。
● 競争して成果を上げたい人に、ワーク・ライフ・バランスという抽象的なことを言って働かなくなるとは思えない。

多数にわたりますが、こうした発言をされた第2ワーキンググループの評価者、いわゆる「仕分け人」のリストもつけておきましょう。(行政刷新会議のサイトhttp://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d2/shidai.htmlによる)

菊田 真紀子 衆議院議員
尾立 源幸 参議院議員
飯田 哲也 NPO法人環境エネルギー政策研究所所長
石 弘光 放送大学学長
市川 眞一 クレディ・スイス証券(株)チーフ・マーケット・ストラテジスト
長 隆 東日本税理士法人代表社員
海東 英和 前高島市
梶川 融 太陽ASG有限責任監査法人総括代表社員
木下 敏之 前佐賀市長/木下敏之政経営研究所代表
熊谷 哲 京都府議会議員
河野 龍太郎 BNPパリバ証券チーフエコノミスト
小瀬村 寿美子 厚木市職員
露木 幹也 小田原市職員
土居 丈朗 慶應義塾大学経済学部教授
中里 実 東京大学大学院法学政治学研究科教授
福井 秀夫 政策研究大学院大学教授
船曳 鴻紅 (株)東京デザインセンター代表取締役社長
松本 悟 一橋大学大学院社会学研究科教員
丸山 康幸 フェニックス・シーガイア・リゾート取締役会長
村藤 功 九州大学ビジネススクール専攻長
森田 朗 東京大学公共政策大学院教授
吉田 あつし 筑波大学大学院システム情報工学研究科教授
和田 浩子 Office WaDa代表

さて個別にみてまいりましょう。

● こういった精神運動を進めることの危うさは、表向きの数字合わせで事の本質が隠されてしまうことだと思う。これを推進する基準局自身が大きくワーク・ライフ・バランスを実行しているようには思えず、政府の思いつき的な事業ではないか。

数字あわせだの事の本質だのはともかく、「これを推進する基準局自身が大きくワーク・ライフ・バランスを実行しているようには思えず」でいきなり午後の紅茶吹きました。そりゃいくらなんでも難癖ってもんでしょうよ…。というか、それこそ民主党マニフェストですら(失礼)「1人ひとりの意識やニーズに応じて」って書いてあるくらいで、基準局の職員がそれが自分の意識やニーズに合っていると思っているのなら仕分け人様にあれこれ口出しされる筋合いのものではないわけであって。望ましいワーク・ライフ・バランスのあり方は個人によって異なるってのがそれこそ「事の本質」なんですけどねえ。
続く

● 国民の実感として、優先順位が低いと考える。税金投入しない民間主導の運動でよい。この運動を使って天下り場所の確保、拡大につなげているのが露骨。

ですが、後に出てくる

● 官民の共同で進めることが確認されている取組であるので、民が担う部分は民に責任を持って実施してもらうべき。モデル事業の実施は民の負担で行うべき。
● 企業が負担すべきであって税金投入は不要。

もそうなんですが、まあ確かにモデル事業を進めることは民(企業)にとってメリットがあるだろうということは一応の前提ではあるでしょう。ただ、こういったワーク・ライフ・バランスのモデル事業には企業のメリットに加えて社会的なメリットが相当あることも明らか(だと思うのですが)なわけで、したがってこれに公的な助成を行うことも正当化できるわけですよね。電通とかUFJ総研とかに事業委託されているのを見ての脊髄反射なのかもしれませんが…。
あと、天下り場所の確保というのに関しては、

● ワーク・ライフ・バランスは大切なテーマであるが、取り上げられているプロジェクトは一般的なもののように見受けられ、特にワーク・ライフ・バランスの推進に必要とは思えない、なくしてもよい。天下りOBの多い組織に仕事を与えているのも透明性に欠ける。
● 企画コンペでアイデアを民間シンクタンクに出させるのは厚労省が何をしたらいいのかわかってないからではないか。ワーク・ライフ・バランス実現のために何が必要かを明らかにした上で要求すべき。連合会に仕事を出すために無理やり考えた事業ではないか。

全基連に委託しているのがよほど気に入らないようですが、とりあえず「一般的なもののように見受けられる」から当該プロジェクトは「必要とは思えない、なくしてもよい」というのもあまり論理的な議論ではないように思われるのですが。天下りOBが多いから不透明だ、というのもどういう論理なのか不明です(別に役所・役人を弁護するつもりもないんですが、理屈上の話として)。いや、天下りOBはいないけれど不透明な組織というのもいくらでもあるわけで…。
でもって、「企画コンペでアイデアを民間シンクタンクに出させるのは厚労省が何をしたらいいのかわかってないからではないか。」でまたしても吹きました。お前絶対役所の出したアイデアに対しては「民間の知恵を生かすべきだ」とか言ってるだろ。いや邪推ですよ邪推。
これに較べると、

● 典型的な天下り公益法人を利用したモデル事業。予算を縮減して天下り公益法人をはずして実施。規模を縮小、内閣府との業務の重複を見直し。

というのは比較的もっともに聞こえますね。「典型的な天下り公益法人を利用したモデル事業」というのは、典型的かどうかは評価の問題だから別としても、それ以降の部分は事実でしょう。ただ、天下り法人をはずして実施すれば予算を縮減できるかどうかはやってみないとわからない部分は残ります(まあ、だいたいは縮減できるだろうという見込みで発言してもいいような気もしますが)。事業自体も縮減すれば予算も当然縮減するでしょうが、そういう意味ではないですよね?「内閣府との業務の重複を見直し」というのもごもっとも。
最後に、

● 競争して成果を上げたい人に、ワーク・ライフ・バランスという抽象的なことを言って働かなくなるとは思えない。

いやこれはまことに「事の本質」をついたご意見で、たしかに「競争して成果を上げたい人」にとってはワーク・ライフ・バランスなんて余計なお世話でしょう。抽象的なことに限らず、別に具体的なことを言っても働かなくなるとは思えないわけで(もちろん、健康を害するほど働かれたら周囲が迷惑ですからそれは何らかの別の方法で止める必要がありますが)。ですから、「競争して成果を上げたい人」に対してなにか事業をやってるのならそれはムダだから予算を減らせ、という議論をされたのなら正論だと思います。その一方で、なんとなく残業代も増えるし、みたいな感覚で労働時間の長い人に対しては、ワーク・ライフ・バランスもいいもんだよ、といった啓発はひょっとしたら有効かもしれません。まあ、なかなかすぐに目に見えた効果は出ないでしょうし、どうかな…。
で、評価結果はかくのごとし、です。

予算計上見送り
(廃止 6名 自治体/民間 0名 予算計上見送り 1名
予算要求縮減 2 名:a.半額 1名 b.1/3 程度縮減 0名 c.その他 1名)

廃止6人ですが結論は予算計上見送り。そのあたりの事情はこういうことのようです。

 「廃止」のご意見が多かったことからわかるように、この事業を今まで通り続けることに関しては多くの方が疑義を持っている。一方で、ワーク・ライフ・バランスは重要な取組だが、今のままではだめというご意見が多かった。このため、取りまとめ役の判断として、来年度の「予算計上見送り」を当WG の結論とさせていただく。
 厚労省が主体的な役割を果たしているとは思えないというのが多数のご意見である。民間に学ぶべき事例があるのであれば、コンサルタントを派遣しなくても、成功事例を集めて研究して、全国展開するという方法論でやっていただきたい。
 また、天下り団体への仕事を作らんがための事業であるとの意見を多くの方が持っている。
 これらの点を踏まえて、政務三役と相談して検討を重ねていただきたい。

ここで突如としてコンサルタントがやり玉にあげられているわけですが、まあ確かに役所の事業に依存しているコンサルタントもそれなりにいるようですので、そんなのに喰わせてやる必要はないじゃないか、ということかもしれません。
まあ、この手の事業は本当に効き目があるのか、どれほどあるのかというのはわかりにくいですし、だからこそワークライフバランス憲章でも数値目標を掲げたわけですが、役人が一生懸命データをひいて説明したところで外部の人からみれば、あれやこれやと並んだ事業のどれかに対しては「本当にこれの効果なの?」「なんか意味なさそうな気がするんだけど…」という感想が出るのは当然といえば当然でしょう。善し悪しは別として、あえて素人(失礼)に判断を委ねたわけですから、当たり前の結果なのかもしれません。そのくらいのことをしないと、専門家に丸め込まれて現状維持、ムダ温存…といわれれはそうかもしれませんし。
ただ、結局そうした検証もできず、印象論に終始した結果、「要するに全基連=天下り団体に委託してるんだからムダに決まってるでしょ」という短絡的な議論に終始しているという印象もまた否めません。そこでさらに短絡的に「廃止!」とやってしまうことに対しては、いやそうはいっても天下り団体にやらせるのでなければ実はやったほうがいい事業もあるのではないか、廃止にしてそれまでなくしてしまうのはまずい可能性もあるのではないか…と最後に政治的判断が働いたのがこの結果ということでしょうか。まあ、正直なところ最初にも書いたようにこの結論については私は特にどうこうということもないのですが。
しかし、(ばらつきはあるものの)この「評価コメント」ってホント面白い。他の案件も思わず読みふけってしまいましたぜ。おかげで午後の紅茶が半分くらいなくなってしまいましたが(笑)