官僚は10年任期制で

昨日の日経新聞朝刊マーケット総合頁の名物コラム「大機小機」に、表題のコラムが寄せられていました。「腹鼓」氏の署名があります。

 役所の幹部候補である官僚の最初10年を任期制とし、再任の可否は本人の申請を受けて任命権者が裁量で決める、という制度改革を夢想している。もちろん、再任枠は初任枠より小さくする。

 官僚たたきが続いているが、国民全体の利益を考えれば、優秀な人材に行政を担ってもらう必要がある点については異論はないだろう。そういう人材については、やりがいのあるポストを用意し、相応の経済的処遇をする必要があるのも明らかだ。しかしポストにも予算にも限度がある。
 他方、どんなに採用方法を工夫しても、20代で採用された幹部候補全員が優秀な官僚の資質を備えているはずはない。…
 働く側にも選択肢を与える必要がある。若手官僚の給料は安く、長時間労働だ。…社会にとっても、行政官10年の経験を有する人材が官から民に移ることについては、民から官に移動する将来の可能性を含め、積極的な意味が認められる。
 難しいのは、再任されないリスクがあっても優秀な人材が官僚になりたがるようにするための工夫だ。…「官僚優遇反対」の大合唱が起こりそうだが、10年の任期満了で退職する官僚に魅力的な金額の退職金を支払うのが分かりやすい方法だろう。
(平成21年11月11日付日本経済新聞朝刊「大機小機」から)

とりあえずこの提案(夢想?)の善し悪しは別として、これは「10年の有期雇用」と「雇い止めの金銭解決」という、わが国の雇用システムをめぐる議論のホットイシューを内包した非常に興味深いものであるとはいえると思います。まあ、現行法制下ではなかなか成立しにくい提案なので、夢想といえば夢想かもしれませんが、こと公務員(しかもキャリア)については案外やれてしまうかもしれませんが…。
ただ、問題は「高額退職金批判」だけではありません。まず、10年任期満了して退職する官僚に魅力的な再就職先があるかどうかです。内部昇進制が定着した日本企業(特に大企業)においては、中途採用される管理職・高度専門職ポストはそれほど多くはありませんが、まあこれはキャリア官僚のほうも多くはありませんからなんとか大丈夫でしょうか。人材としても、国家公務員I種試験に合格しただけでなく、その後の選考も勝ち抜いて中央官庁に就職をはたしたキャリア官僚ですから素材としてはかなり優れていることは間違いないわけです。年齢的にも学士・修士卒業後10年ですから30代の前半からなかば過ぎといったところですので、まずまずなんとか転職適齢期におさまりそうです。ただし、これは再任枠がどのくらい小さいかにもよりますが、大半が再任されるようだと、再任されなかったことが「負け残り」というシグナルとしてマイナスに働いてしまうことが心配されます。これが現実に障害となるとしたら、任期満了で「勝負がつく」前に転職をはかる人が増えるでしょうから、任期の終盤、8年めあたりから「魅力的な金額の退職金」を受け取れるような任期前退職制度を設ける必要がありそうです。
人材育成の問題もあります。10年といえばかなりの長期ですから、善し悪しは別として、民間企業での人材育成と官庁での人材育成とで方向性の違いが大きく広がっている可能性があります。ただ、これは民間企業間での転職でも多かれ少なかれあることなので、素材のよさを考えればそれほど気にしなくてもいいのかもしれません。むしろ心配なのは役所内での人材育成で、現在では上級職は若いうちから海外留学したり地方組織の要職を経験したりなどして非常に充実した人材資本投資が行われてます。これまた再任枠の大きさによりますが、10年で退職する人が多くなればなるほど、こうした人材育成は行われにくくなるでしょう。人事管理的には、人材育成施策が「4年めで海外留学したら10年後の再任はほぼ確実」といった事実上の早期選抜になってしまうのは組織全体の動機付けの上から好ましくないという難点もありますので…。
なお、「魅力的な水準の退職金」に関しては、キャリア官僚が強烈な後払い賃金(「腹鼓」氏いわく、「若手官僚は給料は安く、長時間労働」)になっていることを考えると、その後払い分を取り戻した上に、再任されないことを補って余りある水準にする必要がありますので、10年勤続にしてはかなりの高水準になるでしょう。これは10年任期をやらなくても見直しが必要でしょうが、官僚の後払い賃金を緩和する必要性はこんなところ(新しい制度を検討する際の障害となる)にも出てきているといえそうです。