金融経済の専門家、緊急雇用対策を語る(2)

きのうの続きで、一昨日のJMMで掲載された『金融経済の専門家たちに聞く』を取り上げます。設問を再掲しておきますと、

 ■Q:1036
 政府は、緊急雇用対策で今年度末までに10万人程度の雇用創出・下支え効果を見込んでいるようです。そんなことが可能なのでしょうか。

これに対する回答から、本日は次のお三方の分を取り上げます(メルマガからのコピペにつき敬称略)。

山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
□土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部教授

さて、きのうのエントリの最後で、予算を使わずに即効性の低い施策を並べている一方で、「来年3月まで」と、そこそこ「緊急」な期限を切って「10万人」という目標を掲げているのも変な話だ、ということを書いたのですが、そこを捉えてクールな見方を示しているのが、本日最初にご紹介する経済評論家にして楽天証券経済研究所客員研究員の山崎元氏です。

…文書の終わり近くに「新たな予算措置を要しない既存の施策・予算の活用により」と説明がある通り、新たな支出や制度の創設に踏み込まない現状での努力目標的な施策が並んでいて、これで確実な雇用創出効果があるようには思えません。現状が異例で緊急を要する事態だと認識するのであれば、補正予算も新たな立法も躊躇せずに行えばいいのではないかと思いますが、現状では、そうした取り組みにはなっていないようです。
 もっとも「10万人の雇用増」は、失業率に換算して0.2%程度の変化なので、海外の経済状況が改善するなど、小さなきっかけがあれば、結果的に達成される可能性が十分ある目標です。また、現行の制度と予算の範囲内で努力をすること自体は悪くないので、この「緊急雇用対策」をまとめたこと自体は、批判すべき性質のものではないでしょう。

ご指摘のとおりで、実際問題、10万人という数字は全就労者約6,000万人に較べれば0.2%弱で、完全失業率でも0.2%の変動はごく普通にみられるものです。ちょっと景気が上向けば10万人くらいの雇用増は十分見込めますし、ましてやこれは「下支え」もふくめた数字だというのですから、実際にはたとえば2万人雇用が減っていたとしても、この緊急雇用対策なかりせば12万人減っていたであろう、と言われれば反論するのも難しいものがありそうです。要するにこれ自体が検証不可能な無意味な目標であって、政府としてみればなんらかの期限付きの数値目標を掲げなければ格好がつかないから、未達があからさまになって叩かれることのないような目標「らしきもの」を掲げておいた、というのが現実なのかもしれません。まあ、山崎氏がいうように、別にあって悪いというものでもなく、それ自体は「批判すべき性質のものではない」のかもしれませんが。
さて、山崎氏は続けてこう言うのですが…

 ただし、「基本方針」の後にある「緊急支援アクションプラン」の筆頭にあげられている内容が「平成21年後半(6月〜12月)に雇用保険受給期間が切れる受給者数(推計を含む)の把握」とあるのを見ると、些か落胆します。今まで、雇用保険が切れるであろう受給者の数も正確に把握してない状態だったことが分かってしまったからです。

落胆されたということですが、落胆するほどのことではないのではないかと思われます。
まず第一に、わざわざ「平成21年後半(6月〜12月)」と期間を決めているのは、その直前にあるように「派遣村」を再来させないという(いささか不思議なものではありますが)政策意図があるからでしょう。具体的な施策としてはたとえば「年末年始の生活総合相談」などがあげられていますが、これを実際にやろうとすればだいたいどの程度(正確である必要はない)の人がそこに来るだろうか、という予測は当然必要であり、その基礎データとして「平成21年後半(6月〜12月)に雇用保険受給期間が切れる受給者数(推計を含む)の把握」が必要となるわけです。これまたそこそこ正確であれば用は足りますし、実際、緊急雇用対策には「正確に」とは書いてありません。山崎氏は、ふだんから「雇用保険が切れるであろう受給者の数」を「正確に」「把握」することの必要性として何があるとお考えなのでしょうか。
第二に、山崎氏は「雇用保険が切れるであろう受給者の数」を「正確に」「把握」できるとお考えのようですが、これは実はそれほど簡単な話ではありません。まあ、現時点で「平成21年後半(6月〜12月)に雇用保険受給期間が切れる受給者数」ということであれば、すでに給付が始まっている人ばかりですので、かなり正確に把握できるでしょう。それでもなお、給付が終わった後にも職業訓練を受けることで訓練延長給付を受けることができる(雇用保険が切れない)人は相当数出てくるはずですが、これが何人かを「正確に」把握することは困難です。加えて、再就職するなどで雇用保険受給が終了する人もやはりそれなりに出てくるはずで、これまた「正確に」把握することは難しいでしょう。さらに、これが来年度中とか、先のほうになればばなるほど、新たに失業して給付を受け始める人などを考慮に入れなければならなくなり、「正確な」把握は極めて困難となります。
山崎氏は「今まで、雇用保険が切れるであろう受給者の数も正確に把握してない状態だったことが分かって」「些か落胆」されたとのことですが、もともとそれは出来もしなければ大して必要でもないことでもあり、必要なときに必要な精度で把握すれば足りるものであったわけです。したがって山崎氏には特段落胆されるほどのことではなく、ぜひご安心いただきたいものです。
さて、山崎氏も「成長戦略」に言及されています。

 …おそらくは政府がそれなりに知恵を絞ったはずの「緊急雇用対策」のような文書の中に、「産業政策」まで意識しながらも、介護、環境・エネルギー、観光くらいしか有望分野が登場しないという現実は直視するに値します。
 高度成長期の重化学工業への各種資源の傾斜のような、めざましい成長に直結するような産業政策をイメージして「成長戦略が欲しい」と言っても、今や政府がそれを構想することは無理なのです。無理なものを可能であるかのように「実行せよ」と迫るのは不毛ですし、下手をすると無用な誤魔化しを生みます。
 成長するビジネス、ひいては産業分野は、民間がそのうちに見つけてくれるのではないでしょうか。そのために政府が出来る役割は、(1)フェアで効率的なセーフティーネットの構築、(2)貨幣的な条件の調節、(3)規制の改廃、(4)税制によるインセンティブへの働きかけ、といった「環境整備」にすぎません。

まあそうなのかもしれませんが、「グリーン・ニューディール」のような産業政策の余地はまだあるのではないでしょうか。たとえば環境・エネルギー分野で、電力供給の主軸を石油火力から原子力へ移行する、といった政策は十分検討に値すると思います。まあ、民主党の支持組織には原子力アレルギーの強い団体も多そうですので、なかなか簡単には言えないのでしょうが。介護分野においても、雇用を増やすためには介護保険を見直して料率を引き上げる、自己負担を引き上げる、あるいは国庫負担を増やすといったことを通じて従事者の労働条件を改善することが必須です。国庫負担増という形で資源を傾斜配分することも考えられなくはない(私は必ずしも賛成ではありませんが)でしょう。まあ、これも環境整備だといえばいえるかもしれませんが。


続いて外資系運用会社企画・営業部門勤務の金井伸郎氏です。

 今回の緊急雇用対策は、従来型の公共支出による雇用創出よりも、むしろ雇用ミスマッチの解消を通じて雇用の下支えを目指すことに力点を置いているようです。介護資格の取得、新卒者の就職斡旋、中小企業の求人などへの支援策が、そうした意図で設けられているのでしょう。こうしたアプローチについては、従来型の公共事業のように非効率な公共支出を増大させることもなく、「雇用調整助成金」のように長期的な労働移動を阻害して生産性を低下させ、結果的に労働需要を低下させるような弊害も少ない点は評価できます。一方で、「緊急雇用対策」としての即効性は期待できませんが、現状で経済が低迷を抜け出せない状況にあるものの、急激な悪化局面ではないことから、妥当な政策的な選択肢といえます。

設問には答えていませんが、まあ10万人の雇用創出はできないという趣旨でしょう。面白いのは、「急激な悪化局面ではないことから、妥当な政策的な選択肢といえます」ということで、短期的に実効ある雇用対策は不要だという考え方を示しているところです。雇用対策は不要ということであれば、それ以上雇用対策について論じる意味もないわけでしょう。
ということで、金井氏のコメントで面白いのは個別産業に関するものです。

 例えば、介護問題に対する政策の方向性についても、これまで通り、在宅介護を軸にした体制整備に固執していくのでしょうか? 現在の核家族化の進展や、依然として貧弱な住宅事情を勘案すれば、家族などの負担低減、あるいは介護産業の生産性・効率性の観点から、施設介護の在り方についてもビジョンが問われているのではないでしょうか。財政の負担能力の問題から、具体的な議論に踏み込みにくい現状は理解できますが、そうした全体像が明確にならない限り、民間の参入は促せませんし、当然、就業者にとっても職業としての将来像が描きにくいと思います。

なるほど、なるほど。これなんかは「家族による介護」が当然かつ美徳であると考える権威主義者が有力な自民党政権ではなかなか出てきにくい発想でしょうが、しかし国民が本音で求めているのはこういう政策なのかもしれません。本音だとしても、たしかに言いにくい本音なので、世論調査などではなかなかこれを支持する結果は得られそうもありませんが…。いずれにしても、政権が代わったことでこれまで考えられにくかった政策も検討されるというのは、政権交代の大きな意義かもしれません。まあ、これはこれで民主党の支持組織であるところの人権団体が即座に「姨捨山」などと叫び出しそうな提案なので、別の意味で民主党も受け入れにくいかもしれませんが…。

 同様に、「グリーン」分野での雇用創造についても、背景にある民主党の農業政策の方向性自体が不明確な中で人材育成研修強化を唱えても、そこに魅力や将来性を確信することはできません。実際、農林水産業が就業者数に占める割合は約4%程度であり、全体としての雇用拡大へは効果は少ないとの見方もありますが、政策によっては、実質的に新たに百万人規模の新規就業機会を創出する可能性も秘めていると考えられます。
民主党が掲げる農業政策は、農家への所得補償など旧来の政策の枠を出るものではなく、新規参入などの農業の活性化につながる施策・規制緩和には無関心です。この分野についても、選挙対策的な現状維持策だけではなく、産業の将来性を確保するための方向性を早期に明確にする必要があります。

これはそのとおりで、FTAはやらないけれど個別所得補償はやるということで、家族的営農という4000年前のビジネスモデルにこだわり続ける限り、雇用創出も大きな成果は望み薄でしょう。
なお、最後に派遣労働に触れて、派遣規制はかえって雇用を減らすと述べたうえで、こう主張しておられます。

個人的には、企業が柔軟な雇用調整の利便性を享受する一方で、派遣労働者に対して十分な処遇(例えば、同様の業務に就く正社員と比較して、賞与を除いた時間単価での一定の割増など)が確保されるのであれば、必ずしも禁止の必要はないと考えます。こうした点でも、民主党の雇用問題に対する政策スタンスが問われているといえます。

企業に雇用調整の利便性がある一方で労働者は雇用が不安定になっているのだから、その分は賃金にプレミアムが上乗せされてしかるべきだとの議論は経済学者などによく見られ、そのかぎりではそのとおりなのでしょうが、しかし賃金には技能や技術の水準、労働者のキャリアや中長期的な貢献度なども反映されますので、「同様の業務に就く正社員と比較して」の「同様な業務」もそれらを包括した総合的な「業務」が「同様」であることを要するでしょう。現実の賃金が団体交渉や外部労働市場の需給関係といった正当な手続きで決まっていて、使用者による合理的でない賃金抑制などがないのであれば、少なくとも実務的には、現行の派遣労働者の賃金はすでにそのプレミアムを含んでいると考えるしかないのではないでしょうか。


最後は土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授です。土居先生もなかなかクールな評価をしておられます。

 政府は緊急雇用対策をとりまとめましたが、この年末にも起こりえよう雇用不安に向けて、政府は雇用対策を忘れていないという意志を表明したものといえるでしょう。ただ、内容は、特に新味はなく、鳩山内閣としての中長期的な雇用対策といえるものではなく、考えられうる策を提示したものといえるでしょう。政権交代しても、また日比谷公園で「年越し派遣村」ができるようでは、鳩山内閣は雇用について真剣に考えてないといわれかねませんから、そうならないように取り組もうという感じがします。

うーん、土居先生のような有力な研究者が「また日比谷公園で「年越し派遣村」ができるようでは、鳩山内閣は雇用について真剣に考えてないといわれかねません」とおっしゃるのですから、政府がこれを真剣に気にするのもむべなるかなです。そこまで影響力あるイベントを仕立てあげた湯浅誠氏の辣腕にはあらためて敬服するよりありません。なるほど、派遣村をやらせないために湯浅氏を政府部局内に取り込んだというわけですか。前回あれだけ成功したので、湯浅氏がやらなくても真似する人はいるのではないかという気もしますが…。以前も書きましたが、中之島公園で大阪派遣村名城公園で愛知派遣村、だったら日比谷公園は「中央派遣村」で、なんだかメーデーみたいになってきましたが(笑)、案外メーデーみたいに労働運動の年中行事になったりするかもしれません。そんなことはないか。
ということで、派遣村をやらせたくないなら湯浅氏を身内に取り込むのではなく、生活困窮者に越年資金(これもなつかしい響きのある言葉ですね)を配るのがいいわけですが、そこはそれ「新たな予算措置を伴わない」ということなので。
脱線しましたが、金井氏に続いて土居先生も言いにくい本音を述べておられます。

…介護や農業には、他にはない特殊性があります。例えば、介護は、対人サービスであり、さらに言えば高齢者を相手にしたサービスであり、そうしたサービスに抵抗感なくたずさわれる労働者が(潜在的に)たくさんいなければ、色々と取り組んでも従業者は増えないでしょう。農業は、土に触れて汗をかく仕事であり、そうした仕事に抵抗感なくたずさわれる労働者が(潜在的に)たくさんいなければ、従業者は増えないでしょう。…
 介護や農業の分野で働きたくない人の心理的な障壁を乗り越えるだけの報酬があれば、介護や農業での雇用創出で成果を上げられるかもしれません。…しかし、介護で従業者の報酬を上げようとすれば、介護保険における介護報酬を上げる必要があり、そのためには財源が必要で、介護保険料アップや増税がなければそれは実現しません(…)。農業でも、補助金に依存せずに生産性を上げて高収入が得られるような仕事のやり方に変えてゆかなければ、よい報酬が得られません。…

同じことですね。介護においては介護保険を見直して財源を確保すること、農業については規制改革でビジネスモデルを近代化すること。民主党マニフェストに8,000億円かけて介護労働者の賃金を月額40,000円引き上げると明記していますから、これについては言ったとおりやれよというところでしょう。農業のほうは、これはマニフェストをみるかぎり絶望的ですが…。
ということで、金融経済の専門家たちの見解には今回は大きな違いはなく、

  1. 民主党の緊急雇用対策には財源の裏付けがなく、具体性・即効性を欠いていて、この対策によって「来年3月までに10万人の雇用創出・下支え」が可能とは考えにくい
  2. 民主党には成長戦略がないが、雇用対策としてもその策定が必要である

ということで一致しているといえましょう。各氏の見解の細部・各論についてはいろいろと異議はあるものの、この大筋についてばまあそのとおりだろうと思います。