現場からみた労働政策(5)改正障害者雇用促進法施行

「労基旬報」紙に連載しているコラム「現場からみた労働政策」の第5回です。

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 昨年11月に厚生労働省から発表された「平成20年6月1日現在の障害者の雇用状況について」によれば、民間企業(56人以上規模)全体の障害者実雇用率は1.59%で対前年比0.04ポイント上昇、法定雇用率を達成している企業の割合は44.9%で対前年比で1.1 ポイント上昇と、着実に改善しているとのことです。ただし、これはいわゆる「リーマン・ショック」以前の状況であり、最近では急速な経済状況の悪化にともなって障害者雇用も厳しい状況に置かれているといわれています。
 こうした中で、昨年成立した改正障害者雇用促進法が、今年の4月から段階的に施行されています。
 今回改正の主な内容を見てみると、まず障害者雇用納付金制度の対象事業主の拡大があります。現在、同制度は常用雇用301人以上の事業主に適用されていますが、これを2010年7月からは201人以上、さらに2015年7月からは101人以上の事業主へと適用を拡大することとされました。これは、先述の調査で100〜299人規模の企業の実雇用率が1.33%と最も低い水準にあり、この規模において障害者雇用の進展に遅れがみられることを踏まえた改正です。
 次に、障害者雇用率制度における短時間労働の取扱いの変更があります。現在、原則として週所定労働時間が30時間以上の労働者が制度の対象となっていますが、2010年7月からは、同じく20時間以上30時間未満の労働者も「0.5人」のカウントで対象となることになりました。
 その他、企業グループ算定特例の創設、事業協同組合等算定特例の創設があり、これらは本年(2009年)4月からすでに実施されています。
 また、今回の法改正によるものではありませんが、2010年7月には、除外率の引き下げも実施されます。すでに2002年の法改正で除外率の廃止が定められ、経過措置として段階的に引き下げられることとなっていますが、今回2004年に続いて10%の引き下げが行われることとなったものです。
 これらの改正により、企業実務もさまざまな対応を迫られます。除外率の引き下げは、多くの企業に法定雇用率達成のためさらに多数の障害者の雇用を求めるものです。また、短時間労働の取扱いの変更は、流通業などパートタイマーを多数雇用する業種には大きな影響を与えるでしょう。さらに、納付金制度の拡大により、新たに対象となる企業は法定雇用率を達成できなければ現実に納付金の支出が必要となります。企業によっては、今回の改正が非常に大きな負担となるケースも出てきそうです。
 2010年7月施行と、準備期間が設定されてはいますが、現実にはおそらく新たに対象となる201人〜300人規模の企業中には、法定雇用率を達成できず、納付金の納付を余儀なくされる企業が多数出てくるものと思われます。こうした状況をどのように考えればいいのでしょうか。
 現行制度の枠組みが出来上がったのは、1976年の改正障害者雇用促進法にさかのぼります。同法では、事業主は社会連帯の理念に基づき身体障害者に適当な雇用の場を与えるべき共同の責務を有すると定め、法定雇用率を上回る身体障害者雇用を義務化しました。その際、法定雇用率の水準は「事業主が労働者数に応じて平等に負担すべき割合とすることが妥当である」という考え方のもとに、障害者の失業率が健常者と同等となる水準を目安とすることとされました。その後知的障害者もこの制度の対象に含め、現在では民間企業の法定雇用率は1.8%となっています。
 もっとも、法定雇用率達成は義務ではありますが、未達成でも刑事罰等はありません。障害者雇入れ計画作成の命令、適正な実施の勧告といった行政指導が行われ、それでもなお正当な事由なく勧告に従わないといった悪質なケースについては企業名公表のペナルティを課すとされています。この規定にもとづき、今年(2009年)3月にも4社の社名が公表されました。
 これと並行して、障害者雇用および法定雇用率達成を促進するためのしくみが納付金制度です。これは、障害者雇用が事業主にとって経済的負担をともなう事実に鑑み、雇用義務を誠実に履行している事業主と履行していない事業主との経済的負担を調整するとともに、身体障害者を雇用する事業主に対する助成、援助を行うために創設されたものです。法定雇用率に対し、現行では不足が1人・1月について50,000円を納入するとされる一方、超過して達成している場合は納付金を原資にして1人・1月について27,000円が支給されることとなっています。常用労働者250人の企業であれば、法定雇用率達成に必要な障害者雇用は5人ですが、仮に3人しか雇用していなかった場合は、年間120万円の納付が求められることとなります。
 ここで注意が必要なのは、法定雇用率が「障害者が健常者と同様の雇用状況となるようすべての事業主が等しく障害者を雇用する」という、理想的ではあるが一種非現実的な水準に設定されているということです。つまり、現実的には、過達成する企業があれば、それに応じて未達成の企業が出ざるを得ないわけです。そう考えれば、法定雇用率が未達成でも即座に刑事罰といったハードな罰則を設けるのではなく、まずは数段階の行政指導を行い、なお改善が見られない場合は企業名公表を行う、あるいは納付金制度によって負担の調整を行うといった、比較的ソフトなペナルティを準備していることは妥当であるように思われます。
 したがって、2010年7月の改正法施行によって仮に未達成企業が多数出たとしても、それをもって即座に社会的に強く非難することは必ずしも妥当ではないかもしれません。もちろん未達成は法的義務違反であり、相応の批判は当然ですが、しかしまずはこれら企業が達成に向かって努力するというプロセスがより重要であると考えるべきではないでしょうか。
 さて、2006年に採択された「国連障害者の権利条約」では、「あらゆる形態の雇用に係るすべての事項に関し、障害を理由とする差別を禁止する」とされています。この条約は昨年(2008年)批准国が20か国に達して発効しました。わが国は、2007年に署名しましたが、現時点で未批准となっています。障害者差別を法で禁止すべきか否かというのは、非常に難しい問題です。
 障害者と健常者を区別することなく、同様に生活できるようにすべきとのノーマライゼーションの理念に立って、障害者差別の禁止を主張する意見もあります。こうした考え方に立てば、例えば現行の特例子会社制度は障害者を特定の職域に固定するものであり、差別として禁止すべきということになります。これを突き詰めれば、社会福祉的な色彩を有する現行の法定雇用率制度自体も好ましくないとの考え方すらありえます。
 アメリカでは、すでに障害者差別が法律で禁止されています。これは基本的には、企業がreasonable accommodation=合理的配慮を行えば就労できる障害者が、それが行われないために不利益に取り扱われることを禁止する、というものです。障害者差別禁止としては妥当なものでしょうが、現実には合理的配慮だけでは就労が難しい重度障害者の雇用が進まないという深刻な問題が起きているといいます。これは、日本の法定雇用率制度が、重度障害者をダブルカウントすることでその就労促進につなげているのと対照的といえましょう。
 一口に障害者といっても一人ひとりをみれば極めて多様であり、障害者にとってなにが幸福か、ということも一概にはいえないでしょう。特定の理念に偏することなく、バランスのよい政策を期待したいものです。