佐藤博樹・武石恵美子『人を活かす企業が伸びる』

人を活かす企業が伸びる―人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス

人を活かす企業が伸びる―人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス

「キャリアデザインマガジン」第84号に掲載した書評を転載します。


 ワーク・ライフ・バランスを「投資」ととらえる企業が増えている。労働条件の一種として優れた人材の確保につながる、能力の高い人材を十分に活用できる、さらにはダイバーシティ・マネジメントを通じて生産性向上効果が期待できる、といったことが考えられているようだ。経団連の労働政策のスタンスペーパーである「経営労働政策委員会報告」も、昨年末に発表された「2009年版」で「ワーク・ライフ・バランスは投資」という考え方を明確に打ち出した。

 はたして、本当にそうなのだろうか。この本では、主に厚生労働省の委託により2005年にニッセイ基礎研が実施した「仕事と生活の両立支援策と企業業績に関する調査」の分析を通じて、これに回答を与えようとしている。

 序章はおもに先行研究のレビューと調査の概要について述べている。第1章では両立支援策と均等施策をともに実施することが女性の活躍の場の拡大につながること、第2章では従業員のキャリアを重視する企業が両立支援策に積極的に取り組んでいることが示される。

 第3章からが、ワーク・ライフ・バランスと企業パフォーマンスの関係の分析となる。第3章では採用パフォーマンスとの関係が分析され、両立支援策の「制度導入」が採用に良好な影響を与えるいっぽう、「環境整備」の影響は見られないことが示される。これは社外からは「制度導入」の企業間比較が容易であるのに対し、「環境整備」はそうでないためだと解釈できるという。

 第4章は女性大卒正社員の定着との関係を検証する。残念ながら、5年前に20代前半で採用された大卒女性正社員の定着には、両立支援策の導入やその利用は影響を与えず、彼女らの定着は改善しているにもかかわらず両立支援策や均等施策は大きな影響を持たない。いっぽう、両立支援策の導入やその利用が結婚や自己都合による退職を減少させ、育児休業の利用を通じて就業継続を促す効果を有することも確認されている。

 第5章では従業員のモチベーションへの影響を分析している。人材開発や長期雇用を重視する企業で従業員の意欲や満足度が高いことや、女性についてはこれらに両立支援・均等施策を組み合わせないと意欲が向上しないことなどは当然として、両立支援策が男性の意欲や満足度の向上にも大きな効果をもたらしているという結果は有意義であろう。

 第6章、第7章は企業業績との関係を検証する。第6章では、両立支援策と均等施策の双方を推進する本格活用企業で一人当たり経常利益が圧倒的に高いいっぽう、一人当たり売上高は両立支援策より均等施策を先行させている企業においてが高いとの結果は興味深い。もっとも、業種や規模をコントロールすると本格活用企業において一人当たり経常利益に正の影響があるという結果にとどまるようだ。

 第7章では、両立支援導入後の企業業績の伸びを長期的推移も含めて分析することで両立支援策の業績への影響を検証している。その結果は、両立支援策を均等施策と併せて導入することで企業業績にプラスの影響を与えるという期待どおりのものであり、さらに早く制度を導入することが効果を高める、均等施策を導入せずに両立支援策を導入すると業績はむしろ悪化するなど、絵に描いたような結果が示されている。まことにワーク・ライフ・バランス施策の推進をエンカレッジする結果である。しかし、両立支援策得点(制度導入に応じ0〜7点で評価)・均等施策得点(同じく0〜3点で評価)の得点1点につき、1人あたり売上高の伸び率が9.4パーセントポイント高まる、別のモデルでは実に14.4パーセントポイント高まるという結果は、さすがに実感をかけ離れている。なにか別の要因、たとえばこれら施策に熱心な経営者は設備投資や研究開発投資にも熱心である傾向がある、といったことの影響を考えないと実感にあわないように思われる。

 昨今、「ワーク・ライフ・バランスに配慮する企業がよい企業」という価値観は広まりつつあるように思われる。これからは画一的な働き方、ライフスタイルを求める企業は人材の確保や生産性の向上、イノベーションなどに遅れをとるであろうことは、おそらくは現実に人事管理にあたる人事担当者ならば直観しているのではないか。この本は、それに実証的な根拠を与えてくれる点で、まことに貴重な業績といえるだろう。