フルキャストの日雇派遣撤退で困る人たち

たて続けで申し訳ありませんが今日も日雇派遣ネタ。グッドウィルに続いてフルキャストも日雇派遣を撤退するということで、土曜日の日経新聞はこれを大きく取り上げていました。
まず事実関係から。

 労働者派遣法に違反したとして、厚生労働省が事業停止を命令した日雇い派遣大手の「フルキャスト」(東京)が処分期間中に労働者の派遣業務を継続していた問題で、同省は三日、同社に二度目の事業停止命令を出した。期間は十日から十一月九日までの一カ月間。事業改善命令も出し、報告を求めた。
 一方、フルキャストは三日、今年度末までに日雇い派遣から撤退する方針を発表した。漆崎博之社長の役員報酬五〇%返上三カ月など幹部への処分も実施する。今年七月には最大手だった「グッドウィル」が廃業したばかりで、日雇い派遣労働者の雇用確保が改めて課題となりそうだ。
 事業停止命令に違反したフルキャストの労働者派遣は百二十一支店で計九百五十九件に上った。処分期間中に新たな派遣契約を結んだ例はなかったが、期間中に業務が始まる契約について、命令に違反する形で派遣を継続するなどしていた。
 東京労働局の調査で、グループ会社を通じた派遣などの「処分逃れ」と見なせる行為も発覚。今年七月にはフルキャスト側が命令違反を認識しながら「違反はない」と虚偽の報告をするなど悪質な対応もあった。フルキャストは事業停止命令を守るよう本社から各支店に伝達していたが、順守状況は確認しておらず、同局は再度の事業停止命令が適当と判断した。
(平成20年10月4日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

こうした短期の仕事だと、実務の大半は支店などの現場に任せざるを得ないだけに、末端をいかにコントロールするかという組織体制の構築や仕事の手順などの標準化といったことが重要になるわけですが、残念ながらフルキャストはそこがうまくいっていなかったのでしょう。短期間に大きくなった会社だけに、やはり相当意識を持たないとどうしても無理が出てきてしまうということでしょうか。残念なことです。
これで大手派遣業者はすべて日雇からは撤退したわけで、これからはもっぱら中小業者が(例外的に存続が認められる見込みの)日雇派遣を担っていくわけですが、大手ですら満足な管理ができないのに中小は大丈夫か、という心配を禁じえないものがあります。もっとも、こうした心配は失礼というもので、中小だからこそ経営者が業務全体にしっかり目を光らせて、コンプライアンスを確保できることが期待できるのでしょう。日雇以外でも手広く事業展開する大手と異なり、中小にとってはコンプライアンスは死活問題でしょうし、したがって行政にもしっかりと監督することが求められるでしょう。
鎌田先生が座長を務められた厚労省の研究会でも、日雇派遣に関してはこうした法違反が起きやすい構造・体質にあることが最大の問題点と目されていたわけですが、それでは日雇派遣がなくなって本当にいいのかというと、そこはいろいろと問題があるようです。
まず、上の記事にもあるように「日雇い派遣労働者の雇用確保が改めて課題となりそう」です。日経の別の記事を引用します。

 厚生労働省日雇い派遣禁止の方針を示し、労働者保護の観点から中長期契約への切り替えを派遣元事業者に促している。ただ、賃金調整が容易な短期派遣への企業側ニーズは依然高く、日雇い派遣で生計を立てる人は約九万人に上る。グッドウィルフルキャストと派遣元の撤退が相次ぎ、こうした労働者には雇用不安も広がっている。
 「仕事を確保できなくなったら生活はどうなるの」。フルキャストへの事業停止命令を受け、派遣労働者らでつくる労働組合派遣ユニオン」には相談が相次いだ。特に仕事の選択肢が少ない地方の日雇い派遣労働者からの電話が多いという。
 ユニオンは日雇いなど短期派遣の禁止には賛成の立場。だが、関根秀一郎書記長(44)は「十分な雇用対策もないまま、事業停止命令を出せば追い込まれるのは労働者側」と指摘。「救済策を整えることが最優先。企業の処分だけ行う手法は間違いだ」と話す。
 厚労省は昨年九月、東京・山谷などの建設作業員ら毎日雇用主が替わる労働者が対象だった「日雇雇用保険」を、日雇い派遣労働者も受け取れるよう運用を改めた。二カ月間の労働日数が二十六日以上なら、仕事がない日に最低四千百円を受け取れる。
 しかし、今年九月末までの一年間で同保険を受け取った派遣労働者は全国で四人のみ。関根書記長は「周知不足が原因。セーフティーネットの役割を果たしていない」と批判している。

そりゃ、そうも言いたくなるでしょう。政治家は日雇派遣を禁止すればあたかもすべての人が正社員になれるかのような幻想を振りまいてきたわけですが、もちろんそんなことはありません。現に日雇派遣で働く人は一番切実に身をもってそれを感じていることでしょう。今回の議論が、日雇派遣で生計を立てる9万人のためのものではなく、「自分もひょっとしたら日雇派遣に転落するのではないか」という不安にさいなまれている数千万の大衆に対する選挙目当ての安易な迎合だということがよくわかります。まあ、それが政治的には正しいのだ、というのであればそれまでのことですが…。
いずれにしても、新たな雇用政策を実施するのにともなって雇用対策が必要になるというのはいかにも馬鹿げた話で、日雇派遣の禁止がいかに愚策かがよくわかりますが、それはそれとして、悪政の尻拭いはそれはそれで必要なわけですから、余計な労力を費やす厚労省にはまことに同情を禁じ得ません。
労働サイドはというと、「ユニオンは日雇いなど短期派遣の禁止には賛成の立場」なのだそうですが、この「派遣ユニオン」にどれほどの代表性があるのかはわかりませんので、そこはなんともいえません。厚生労働省が2007年に実施した「日雇い派遣労働者の実態に関する調査」によれは、日雇(短期派遣)で働いている人に今後どのような雇用形態で働きたいかについてきいた設問では、「現在のままでよい」が45.7%と最多になっていますから、労組が禁止に賛成だから日雇派遣で働く人たちも禁止でコンセンサスが出来ているとは考えにくいように思います。まあ、いずれにしても、ユニオンにしたところで一番強い期待は「十分な雇用対策」の部分でしょう。であれば、日雇が便利でいい、という人は引き続き日雇で働けて、日雇から脱したい、という人にはその支援をしていくというキャリア重視の雇用政策が正論のような気がしますが、どんなものなのでしょう。まあ、労組にしてみれば、すべて労働者の自己決定でよいとはいかない、日雇でいい、という人がいるせいで日雇から脱したい人まで脱することができないのだ、という考え方は当然あるのかもしれませんが…。
さて、「ユニオン」が「十分な雇用対策もないまま、事業停止命令を出せば追い込まれるのは労働者側」というのは、派遣業者は事業停止命令を出されてもなんとかやっていけるが労働者はそうもいかない、という意味だろうと思いますが、現実には派遣業者の追い込まれ方も半端ではなさそうです。日経はさらに別の記事で経営サイドの状況も伝えているのですが…。

 フルキャストHDの経営への打撃も小さくない。日雇いなど一カ月以内の短期派遣は連結売上高の「二割程度を占める」(同社)。厚生労働省などの日雇い派遣原則禁止の方針に加え、支店の末端まで管理するのが難しいこともあり、傘下のフルキャスト(東京・渋谷)は短期派遣から完全撤退。長期への切り替えやアルバイトなどの短期雇用の職業紹介に転換する計画だが、短期派遣分の売上高を回復させるのは難しい。
 グループの柱に期待している技術者派遣事業の育成も、二度の事業停止で厳しい状況。コンプライアンス(法令順守)の重視に向け、チェック体制の強化などをするとしているが、信頼回復には時間がかかりそうだ。

記事にもあるように、とりあえずは派遣から日雇・短期の直接雇用を紹介する職業紹介事業に転換するというのは現実的な対処としてありうるだろうと思いますが、言うほど簡単ではないでしょうし、なにより業務停止命令を受けることで日雇派遣以外の事業にも大きな影響があるわけです。であれば、日雇派遣なんか撤退しよう、と考えるのもいたって自然なわけで。
で、記事はユーザー企業についても言及しています。

 日雇い派遣を利用している企業のなかでも、中小・零細業者が大きな打撃を受ける。春には人手不足に陥る引っ越し業者などは労働力を日雇い派遣に依存しているケースも多い。携帯電話などの検品を手がける業者も「数カ月ごとに訪れる新製品発売の前の大量の人手確保に日雇い派遣の活用は欠かせない」。
 流通でも新店舗の開店セールや特売の対応は自社の従業員だけではまかなえず、大量の日雇い派遣でまかなっている。
 これら業者が直接、労働力を確保しようとしても、求人広告などの経費がかさみ、手間もかかり、容易ではない。日雇い派遣の崩壊で、経営問題に発展する企業が出る可能性もある。
 これに対し、大手の運輸業者や量販店はグッドウィルの事業停止などを機に「アルバイトなど直接雇用する形態に切り替えている」(ヤマト運輸)。フルキャストの撤退の影響も限定的だ。

たしかに、求人や面接などといった実務は、各社が個別に(しかも毎日とかの短サイクルで)行うよりは、派遣業者が一手に行ったほうがスケールメリットが出て効率的だというのは見やすい理屈です。また、かなり面倒そうなのが賃金の支払で、直接雇用だと日雇従業員の賃金を毎日用意して、税を控除して支払わなければならず、この手間はバカになりません。さらに、記事にはありませんが、そもそも中小・零細業者が求人広告や職安への求人を出しても、はたして日雇従業員は集まるのか、というのも大問題です。まあ、これについては、日雇派遣禁止という「正義」を実現するためには、日雇派遣が使えなくなったら経営が成り立たない、などという企業は倒産すればよいのだ、ということなのかもしれませんが。
まあ、労使が参加する審議会の建議で「日雇派遣は原則禁止でいい」ということになったのだからそれでいいじゃないか、といわれればそれまでなのですが、そこには昨今の政治情勢をふまえたさまざまな判断が働いているのでしょう。案外、得意技の「中小企業は適用除外」を繰り出して、中小企業への派遣に限って日雇派遣をあと3年間は認めることとし、3年後に改めて経済情勢をふまえて再検討、とかいう修正を施せば、けっこうおさまるのかもしれません。まあ、しょせん筋の悪い彌縫策であり、より政策的に効果が大きく弊害の小さい規制のあり方という視点で考え直すのが本来でしょうが。