情熱も資本

 販売や利益率など厳しい「必達目標(コミットメント)」を社員に課してきた日産自動車。今年度中に人事評価で最低ランク「D」の社員を対象にした新たな教育制度を本格導入する。
 社員全体の能力を底上げする狙いを込めた同制度は、名付けて「ローパフォーマー改善プログラム」。業務成績が伸び悩む人に手を差し伸べ、仕事の効率向上を指導する。原材料高や北米市場の失速など「成長の壁を破るための人材投資」(社長のカルロス・ゴーン、54)だが、実は切羽詰まった事情がある。
 優秀な若手育成と成果主義で一定の果実を得た半面、「短期志向のスタンドプレーでしらけた空気が広がっていた」(幹部)。一体感と熱意を取り戻して組織の分裂を防ぐことが競争を勝ち抜く原動力になると考えた。
 「情的資本(エモーショナル・キャピタル)」。ヒト、モノ、カネのほか、社員の「情熱」や「感情」を経営資源とみる概念がある。組織や労働者の活力を鼓舞して価値を生む大事な要素だ。
 この十数年、企業は資本効率を追求し筋肉質になったが、働く人の満足度は低下ぎみ。景気後退で環境は一段と厳しさを増す。利益と社員の充実感、創造力の均衡をどう求めるのか――。
 惑う経営者らが参考にする非上場企業が長野県伊那市にある。
 寒天最大手の伊那食品工業。…社是は「いい会社をつくりましょう」。賃金は完全年功で営業ノルマはない。海外旅行手当なども支給する。古い家族主義にも映るが研究開発型の高収益企業だ。医薬品原料など寒天の新市場を開拓し、四十八年間、増収増益だった。
 …「人を重んじる姿勢を貫けば皆が安心して創造力を発揮する」。年功制が悪平等とモラル低下を招くのでは、との疑問には「全社員を熟知しているから大丈夫」と言う。
 成果主義は個人の能力活用に効果があったが、「自分のことで精いっぱい」の人が増え目標や価値観を共有できない副作用が広がる。やる気、興奮、喜び――。企業は再び組織に感情の灯をともし、行き過ぎた振り子を戻そうとするが、解を探すのは容易でない。
(平成20年8月13日付日本経済新聞朝刊から)

鶏と卵みたいな議論であまり意味はないのかもしれませんが、やはり企業が成長し、組織が拡大するというのは働く人の「情熱」「やる気、興奮、喜び」につながるのではないでしょうか。雇用が安定し、労働条件がそれなり以上の水準で上昇を続けるということに「安心」できれば、おそらくは「悪平等」であってもそれを気にしたり不満に感じたりする人も少ないのでしょう。
逆にいえば、成長や拡大が見込めない、自分のキャリアの先行きが安心して見通せない、という状況になったときに、たしかに「悪平等」はモラル低下を招くでしょう。しかし、そこに成果主義でも何でも、差を大きくつけはじめると、今度は評価の低い人が醒めてシラケてくるのもまことに当然です。きのうは高い評価を受けていた人が今日は一転して低評価、などということが起こると、下手をすると全員が「安心」できなくなって「情熱」を失うかもしれません。
日産の「ローパフォーマー改善プログラム」というのもすごいなあと思いますが、当の情熱を失ったローパフォーマーたちにしてみれば「こんな私に誰がした」との思いもあるのではないでしょうか。彼ら・彼女らだって最初からローパフォーマーだったわけでもなければ、醒めてシラケていたわけでもないでしょうから。そう考えると「手を差し伸べ」という表現もなんか違和感を覚えます。