労働政策・考(1)ホワイトカラー・エグゼンプション

人事労務の定番業界誌のひとつ、産労総合研究所の『賃金事情』の「パースペクティブ」というコラム欄で、「労働政策・考」という連載エッセイを6回シリーズで執筆することになりました。
店頭販売期間が過ぎたので、第1回を以下に転載します。ここでも繰り返し論じたホワイトカラー・エグゼンプションを取り上げています。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_cont_070705.html
以下転載です。(入稿後の修正は反映していません)


 「労働国会」と言われた第166通常国会も閉幕しました。その成果のほどについては評価が分かれるでしょうが、格差問題への関心の高まりもあり、これほど労働政策への注目が集まったのは久しぶりかもしれません。
 中でも、いわゆる「ホワイトカラー・エグゼンプション」(以下WE)についての議論は活発でした。しかし、その多くはマスコミや野党の「残業代ゼロ法案」「過労死促進法案」といったキャッチフレーズの印象に振り回されてしまい、的外れなものに終始してしまいました。
 現実には、法律案要綱やそのベースとなった労働政策審議会の建議を読めば、WEは残業代ゼロ法案でも過労死促進法案でもないことがわかります。
 WEは一定の労働者について労働基準法の労働時間に関する規制(の一部)を適用除外するというものですが、端的に言ってしまえば「賃金を労働時間の時間割で支払わなくてもよい」というものです。要綱などでは、こうした賃金の支払い方をしても労働者の保護に欠けることがないよう、仕事・職種に加えて「本人同意」や「一定以上の年収水準」を必要とするなどの多くの要件を設定しました。このうち、年収については要綱などには明記されていないものの、厚生労働省からは「たとえば900万円」という説明もあったようです。
 実務的には、基本給+残業代+賞与で年収900万円を超えている労働者が同意すれば、基本給+WE手当+賞与であらかじめ同額(900万円以上)の年収を決定・保証してしまい、いちいち時間割で割増賃金の計算はしない、ということになります。900万円という水準がいいかどうかは別として、少なくとも「残業代100万円込みで500万円の年収を、残業代ゼロにして400万円に切り下げる」というニュアンスの「残業代ゼロ法案」という表現は適切なものではありませんでした。
 また、賃金を時間割で計算しないと、いくら働いても賃金が同じだからということで使用者がどんどん仕事を割り当ててしまい、長時間労働につながるのではないかという心配に対しては、要綱などでは「4週4日以上かつ年間104日以上の休日を確実に取得(罰則つき)」「週40時間を超える在社時間等がおおむね月80時間程度を超えた対象労働者から申出があった場合には、医師による面接指導」などの要件を課しており、行き過ぎた長時間労働とならないよう配慮しています。「過労死促進法案」というネーミングも妥当なものとはいえないでしょう。
 年収900万円といえば、相当程度仕事を任されて、専門性や裁量性の高い働き方をしているであろうことは容易に想像がつきます。そういう人は「あなたは今月は残業○○時間以下にしてください」という管理をされることは好まないでしょう。むしろ、自分の働きたいように働き、残業代よりは昇給や昇進・昇格などで報われることを望んでいる人が多いはずです。年収900万円どころか、700万円くらいでもそういう人が多数派かもしれません。そういう人は、残業時間を管理されるより、WEのほうが働きやすいのではないでしょうか。
 もちろん、ホワイトカラーであってもきちんと労働時間を管理し、時間割で割増賃金を支払うことが望ましい人も多いわけですが、要綱などを読めばそういう人はWEの対象にならないようになっていることがわかります。行政や経営サイドの説明不足にも大きな問題はありましたが、不正確な理解のもとに議論が混乱し、結局導入が実現しなかったことは残念でなりません。