成果主義と不払い残業

今朝の朝日新聞から。

 正社員の4割超が「不払い残業」をしており、平均で月約35時間にのぼることが、労働政策研究・研修機構の調査でわかった。残業自体の多い30〜40代に目立ち、20〜30代の男性を中心に転職希望も強かった。
 調査は05年8、9月、20〜50代の正社員2,000人と配偶者約1,300人を対象に同年6月1カ月の残業の状況などを聞き、約8割から回答を得た。
 残業をしていた人は全体の約8割。平均の残業時間は、30代が最長で41.9時間、次いで40代が39.2時間だった。理由(複数回答)は、「所定時間内では片づかない仕事量だから」が最多(59.6%)だった。
 管理職らを除いた人について、残業代が支払われていない「不払い残業」時間を算出したところ、46.5%は0時間だったが、42.0%が不払い残業をしていた。平均は月34.5時間。「40時間以上」もいて、男性の30代は16.3%、40代は18.8%にのぼった。女性は20代が最多で15.7%、30代が11.4%だった。職種別では、男性は「営業・販売・接客」、女性は「製造・生産関連」の30代で目立った。
 また労働時間が月240時間を超える人では、20代の3人に1人、30代の5人に1人が「いいところがあればすぐにでも転職したい」と答えた。
 小倉一哉・同機構副主任研究員は「働き盛りに過大な業務量が行き、そこに成果主義が加わると、不払いでも長時間残業をしてしまうのではないか」と分析している。
(平成18年7月14日付朝日新聞朝刊から)

この記事だけではよくわからないところが多いのですが、JILPTのホームページには調査結果が掲載されていて(http://www.jil.go.jp/institute/research/documents/research020.pdf)、なかなか興味深いものがあります。
それによると、残業時間の単純平均は月33.0時間となっています。分布をみると0時間が13.7%、1-10時間が13.2%、10-20が12.4%、20-30が14.0となっていて、ここまでで合計53.3%に達し、大雑把な平均はまあ10時間そこそこ(最大でも15時間)というところでしょうか。それ以上となると、30-40は9.2%、40-50は9.8%と少なくなり、50時間以上が22.4%にのぼっています(他に無回答が5.3%あります)。要するに50時間以上も残業をする2割の人が平均を大きく押し上げているといえましょう。
不払い残業時間についても同様で、単純平均は月16.3%ですが、0時間が46.5%、以下1-10が9.7、10-20が8.7、20-40が9.9、40-80が8.7、80以上が4.9となっています(他に無回答が11.5%あります)。こちらは0時間が平均を大きく引き下げているということでしょうが、不払い残業がある人だけをみるとその平均は38.7時間です。これはたいへんな数字にみえますが、40時間を超えている人はうち3分の1程度に過ぎません。
で、40時間以上という長時間の不払い残業をしている職種はなにかを見てみると、営業・販売・接客と専門職の男性であり、さらに80時間を超えているのは営業・販売・接客の男性に顕著です。また、専門職男性は、20代より30代、30代より40代と、年代が上がるほど不払い残業40時間以上の割合が顕著に上がっています(50代はさらに上がるのですが、サンプルが少ないので考慮に入れるのは難しいように思います)。
これはある意味実感に合う結果といえましょう。営業・販売職は多くの場合販売高あたりの歩合給が設定されているでしょうから、不払い残業をしても販売高が増えれば実入りは増える、という状況は大いに考えられます(さらに、大きな販売高は今後の昇給、昇進昇格につながっていることも多いでしょう)。逆に、売れないことのエクスキューズとして長時間の不払い残業をするという実態も現場ではとみに指摘されているようです。
専門職についていえば、30代、40代と昇進昇格をめぐる競争が激しくなるにしたがって不払い残業が増えているとみることもできそうです。専門職では営業・販売職と比較して80時間を超える人がぐっと少なくなっているのも、歩合がインセンティブになっている営業・販売職との違いが出たものといえるかもしれません。
ですから、小倉副主任研究員の「働き盛りに過大な業務量が行き、そこに成果主義が加わると、不払いでも長時間残業をしてしまうのではないか」という「分析」は、実はよく当たっているといえましょう。ただ、このコメントの表現はいかにも朝日的に、労働者が搾取されていてけしからんという口ぶりになっていますが、事実としては、要するに残業代以外のもので報われることを期待して不払い残業を選択しているに過ぎないのではないでしょうか。そう考えれば、歩合は典型的な成果主義ですし、今時成果と無関係に年功で昇進昇格を決めている民間企業は珍しいでしょうから、成果主義不払い残業を増やしているとも言えるかもしれません。ただ、だから無理やりに歩合や昇進昇格をあきらめさせて不払い残業をやめさせるのがいいのかどうか、働く人がそれを望んでいるのかどうかは疑問ですが。記事は「労働時間が月240時間を超える人では、20代の3人に1人、30代の5人に1人が「いいところがあればすぐにでも転職したい」と答えた」と書いていますが、私だっていいところがあればすぐにでも転職したいわけで、要するに「いいところ」の程度次第ということでしょう。労働時間が月120時間で賃金は3分の2、という転職先がすぐにも転職したいほど「いいところ」だと考える人はどのくらいいるのでしょうか。そう考えると、20代の3人に1人、30代の5人に1人という比率はずいぶん低いという感じすらあります。
同じように、残業する理由として「所定時間内では片づかない仕事量だから」が最多というのもいたって常識的な結果で、これが複数回答にもかかわらず6割以下というのもかなり意外な少なさではないでしょうか。もっともこれは、「仕事の性格上、所定外でなければできない」が35.7%に達しているのとあわせてみれば、そんなものなのかも知れません。しかし、だとすると、所定内に仕事をしていない時間がある、あるいは所定内にのんびり働いているという実態がかなりあるということになってしまいそうですが…。