企業実務家からみた労働契約法の必要性(2)

きのうの続きです。まず、均等待遇について論じます。

季刊 労働法 2006年 04月号

季刊 労働法 2006年 04月号

 Ⅲ 労働契約法制の在り方に関する研究会報告書の検討

 こうした観点から研究会報告の検討を行うが、その内容はきわめて広汎かつ豊富で、紙幅が限られたなかでは逐一考察していくことはまことに困難である。実際には、研究会報告は労使自治や自主的決定の尊重、多様化や環境変化への対応をできるだけ阻害しない最低限の条件整備といった考え方を(企業実務の立場からは不十分であるにせよ)重視しており、筆者としては全体的には実務的にもかなり高く評価すべきものではないかと考えている。とはいえ、取り扱われた範囲が広いだけに実務的に問題がある内容も多く、本稿でそのすべてに言及することも不可能である。したがって以下の考察は、実務的な観点から問題が大きいと思われるポイントを中心に進めて行かざるを得ないことを了解されたい*1

(1) 均等待遇



 まず、均等待遇について検討したい。研究会報告における均等待遇の定義は必ずしも明確ではないが、いわゆる非正規労働者に関連して「どのような働き方も、それが労使双方にとって良好な雇用形態として活用されるためには、働き方によって賃金等の処遇(労働条件)に差がある場合でもその差が合理的なものであることが重要である」との記述がある*2ので、「合理的な格差」が念頭におかれているものとみられる。そのうえで、研究会報告は、総則規定として「雇用形態にかかわらず、その就業の実態に応じた 均等待遇が図られるべきことを明らかにすることが適当*3」と述べ、さらに「有期契約労働者と正社員との均等待遇については、(中略)労働契約においては、雇用形態に関わらず、その就業の実態に応じた*4均等待遇が図られるべきことを明らかにすることが適当である*5」と記述しているから、ここでは特に「期間の定めのない契約(長期雇用)の労働者」と「有期契約労働者」との間の均等が念頭におかれているようだ。
 もちろん、均等待遇が「合理的な格差」であるならば、これは企業の実務においてきわめて重視されているものであるから、労働契約法の総則に規定することも必ずしも否定されるものではないかもしれない。けだし、人事労務管理において、従業員の職務、能力、貢献度などに応じて合理的な格差をともなう適切な待遇を行う*6ことは、労使関係の安定や従業員の動機づけなどにおいて必要不可欠であろう。
 とはいえ、何をもって均等とし、合理的な格差とするかは非常に難しい問題となる。もとより、企業の職務や従業員の能力、貢献度などを正確に測定し、それに応じた待遇を合理的かつ客観的に定めることは不可能というほかない。したがって、現実の待遇は団体交渉(労働組合のない企業においても、従業員の意識や意見は相当程度考慮されるであろう)や労働市場の需給関係などで決まってくることが多い。この決め方は決して完全ではなく*7、したがって当然実務的な限界もある。具体的には、同じ雇用形態(より厳密には待遇決定方法が同じか類似のグループ)内における均等待遇については、相当程度の実現が可能だろうが、異なる雇用形態間の均等待遇となると、何をもって均等とするかを決めることは実務的に大きな困難がともなう。
とりわけ、研究会報告が念頭におく長期雇用と有期契約の均等待遇に関していえば、長期雇用は実務的には「定年までの有期契約*8」と認識されており、数十年にわたる長期の契約だが、有期契約はその期間の上限が法により原則3年例外5年に規制されており、長期雇用に較べてかなり短い中期〜短期の契約となり、その性格と内容は大きく異なる。待遇決定方法についても、長期雇用であれば原則として団体交渉などで決まるが(もちろん労働市場の影響を受ける)、有期契約であれば基本的に労働市場で決まる(もちろん団体交渉などによる決定の余地はある*9)という大きな相違がある。こうして決まった長期雇用と有期契約の待遇が「均等」なのかどうか、当然格差はあろうが、それが「合理的」かどうか、誰に判断することができようか。少なくとも待遇の水準をもって判断するのではなく、賃金制度や評価制度が合理的かどうか、求人・募集・採用などが合法に行われているかどうかといった手続面が適正であれば、それをもって「合理的」「均等」と考えるべきであろう。
 労働市場で有期契約の待遇が決まるときに「市場の失敗」が起こる可能性は常にあるので、それに対する行政の必要な介入として均等待遇を規定すべきとの考え方もあるかもしれない。しかし、労働市場の失敗に対して「個別企業における待遇との均等」といった方法で介入することは、誰でも参入できる労働市場について企業ごとに異なる参入規制を設けるということであり、不公平であるばかりではなく、労働市場の効率を著しく損ねよう。市場の失敗に備えた規制は必要だろうが、それは現行の地域別最低賃金のように個別企業に中立な形で行われるべきであるし、労働契約法ではなく労働基準法などで行われるべきであろう。
このように、新たに労働契約法に「雇用形態にかかわらず、その就業の実態に応じた均等待遇」との考え方を導入することは、実務的には望ましくない。これによって労働契約の具体的内容を規制しようとすることは使用者の営業の自由を侵害するだけではなく、規制がなければ可能であったさまざまな労働契約を不可能とすることで、多様性の尊重という考え方にも逆行することとなろう*10

*1:それゆえ、本稿が全体的に研究会報告に否定的であるとの印象を与えるとしたら、それは誤解である。

*2:研究会報告p.4。

*3:研究会報告p.13。

*4:そもそも、企業の実務においては雇用形態の違いも「就業の実態」の一部分として捉えられることが多いと思われ、こうして雇用形態のみを分離すること自体があまり現実的ではないことが最大の問題点であろう。

*5:研究会報告p.68。

*6:近年、多くの企業において成果主義コンピテンシーなどを導入した人事制度の改定が行われたが、多くの企業はその目的として公正な処遇を掲げており、これも合理的な格差、すなわち均等処遇を実現するための努力であった。その尺度は企業により異なり、職務、能力、貢献度に限らず、多様かつ複合的である。例えば、労政時報2002年5月別冊『最新人事管理の改革事例集』などを参照。

*7:「市場の失敗」にそなえて、最低賃金などの規制が行われている。

*8:ただし、その内容は転籍出向などもふくむ幅広いものとなっていることが多い。また、もちろん労働者はいつでも契約を解除して退職することができる。

*9:有期契約労働を基幹的労働力として活用している流通業界などにおいては、有期契約についても長期雇用と同一の賃金制度が適用されたり、企業別労組が組織化を進めたりしている例が拡大している。これは人事労務管理や労使関係の高度化の事例であり、社会的に好ましいものと思われるが、ここでの議論とは直接の関係はない。

*10:なお、ここでは実務的観点からの検討ということで、「均等待遇」を「企業内の均等待遇」として論じたが、研究会報告は必ずしも「企業内」には限定しておらず、社会的な均等待遇まで視野に入れている可能性もある。ただし、わが国では類似の労働者が類似の業務に従事している場合においても、就労する企業が違えば企業業績などによって待遇が異なることはむしろ当然の慣習として定着しており、企業にも労働者にも広く受け入れられていることから、社会的な均等待遇は現実的でないと考えるべきであろう。