「金融経済の専門家」成果主義を語る

ベストセラー作家村上龍主催の著名なメールマガジン「JMM」で、「金融経済の専門家」たちがこんどは成果主義についてコメントしていました。お題は「「成果主義」についてどう考える」で、設問は「経営側の88%、労働側の94%が、「成果主義」への疑問を表明したそうです。
http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/shakai/20050320/20050320a4370.html
今、「成果主義」についてどう考えればいいのでしょうか。」
これに対する「金融経済の専門家」たちの回答がふるっていて、稲葉振一郎先生も指摘しておられるように、労働問題もいよいよ「第二の教育問題」と化しつつあるとの印象を受けます(笑)。
まあ、「金融経済の専門家」たちが成果主義にシンパシーを感じるのはよくわかりますし、それで結構だと思いますが、人事管理や賃金管理のことをご存知ないままに、ご自身の経験論、感情論ベースであれこれおっしゃられても・・・という感じです。
 
つっこみどころは満載(笑)なのですが、二つばかり取り上げましょう。

最も否定的な評価が多かった項目は、「仕事に対するゆとり」で、経営側の肯定派−否定派がマイナス25%、労働側の肯定派−否定派はマイナス58.8%でした。3月15日付け朝日新聞に掲載されていた世論調査によると、「ゆとり教育」を見直すことに賛成の人が78%にのぼるとありましたが、大人とは誠に勝手なもので、自分たちには「ゆとり」を望んでも、子供には勉強してほしいということなのでしょう。

おお、なんと教育問題と労働問題のダブルパンチだ(笑)。しかしねえ、ゆとり教育の「ゆとり」と、仕事の「ゆとり」とは全然違うんじゃないかと思うんですが。いや、ゆとり教育のほうも理念としては同じだけれど、実態としてはそうはなっていない、ということなのかもしれませんが。
いずれにしても、仕事のゆとり、というのは仕事中に呑気に雑談したりテレビゲームで遊んだりすることじゃないわけで、子どもに家庭で時間だけ与えればテレビを見るだけでしょうが、それなりの企業人に会社で時間を与えたらそれなりの使い方をするはずです。たとえば、自分なりにちょっと仕事を深く掘り下げてみたいとか、すぐには必要ないけれど興味のあることを調べてみたいとか、そこまでやらなくてもいいけれど納得いくまでやってみたいとか。そういうことができる時間や配慮があるのが「ゆとりがある」ってことでしょう(いや、雑談したい人もまだいるかも知れませんがね)。教育も労働もわかっていないようですね、このお方は。まあ、金融経済の専門家であって、教育や労働の専門家じゃないから仕方ないわけですが。
もう一つくらい取り上げましょうか。

最近話題のライブドアニッポン放送の争いは、新旧勢力の争いとみなされます。ニッポン放送の1人当りの平均年収が1164万円であるのに対して(フジテレビは1529万円)、ライブドアは501万円です。ニッポン放送の従業員が揃って、ライブドアによる経営権取得に反対しているのも、働きに見合った賃金しか払わないと主張している堀江社長によるリストラを恐れてのことかもしれません。放送業界は日本語のコンテンツを扱い極めてドメステックな業界ですし、外資の出資制限もあるので、競争原理が働き難い業界といえます。既得権をもった企業または従業員が、既得権を脅かす外部からの侵入に反対するのは自然な人間心理といえましょう。

「金融経済の専門家」ですからニッポン放送やフジテレビの態度が気に喰わないのはよーくわかります。それはそれとして、放送業界には参入規制にともなうレントがあることは事実で、それが従業員の厚遇の原資になっているというのもそのとおりでしょう。ちなみに、「金融経済の専門家」たちも、規制によるレントの恩恵に大いにあずかっている(少なくとも、あずかってきた)ことは否定できない事実だと思うのですがいかがなもんでしょう(笑)。
で、とにもかくにもこの賃金水準できちんと経営が成り立っている以上は、それはそれなりに(トータルでは)「働きに見合った賃金」になっていると考えざるを得ないわけです、人事管理の上では。別に誰がニッポン放送の経営者になろうとレントがなくなるわけでもなく、ニッポン放送の賃金をライブドア水準に無理やり引き下げなければいけない理由はありません(まあ、ライブドアのグループ内であまりに賃金水準が違うのはまずいという判断であれば、ニッポン放送を少し下げてライブドアを上げるという調整はありうるかもしれませんが、それは賃金の技術論の範囲です)。無理にそんなことをしたら、それこそ人心が離反して経営が成り立たなくなる可能性は高いでしょう(関係各位がお好きな「司法の判断」に持ち込んでも負けまっせ、確実に)。堀江氏がこれまで買収した企業でリストラをやれたのはひとえにその企業が傾いていたからであって、だからこそ「会社が傾くような賃金は高すぎる」ということになったのです。
どうやら、「金融経済の専門家」の方々には、「あんな楽な仕事で、雇用も収入も保証されて、しかもあんな高いカネを貰っているなんて、けしからん」という素朴な倫理観というか、義憤(笑)がおありのようですね。JMM主宰者である村上龍氏も、どうやら同じような義憤(笑)をお持ちのようです、実は。しかし、この仕事はこれだけ大変だから賃金はいくらとか、この仕事は難しくて高い能力が必要だから賃金はいくらだとか、金融経済の専門家やベストセラー作家はとっても偉いから年収はいくらだとか、そんなことを決められるわけがないわけで、だからしかたなく?企業外なら労働市場で決め、企業内なら経営事情と団体交渉で決めているわけです。成果主義というのは、その企業内の個人別の決め方をどうするかという議論であって、そこに複数企業の平均の比較を持ち込むことはなんの意味もありません。
疲れてきたのでこれでやめますが、まあ、「金融経済の専門家」が成果主義にどんな感情を持っているのか、ということがわかったという意味では面白い代物ではありました。