日記

日本キャリアデザイン学会の会務があってこれがなかなかに厄介であり、それでもまあこの週末の研究大会の際の総会でとりあえず一山越えることは越えました(まだこれから相当の作業量はあるのですが)。想定した範囲の中ではもっとも穏当に事が運びましたのでまあよかった。長年培ったリーマンとしての汎用スキルが生きるお役目なのでお役に立てるのはうれしいのですがさすがにブログに手を回す余裕はなかったな。ということでこのかんのあれこれについて書いていきたいと思います。

日本キャリアデザイン学会第15回研究大会

ということでまずは研究大会の感想ですが上記の経緯により1日めはほぼ会務の方に没頭しており、2日めの自由論題セッションからの参戦となりました。会務はなくなった代わりに酒が残っておりましたが(こら)。
さて私が参加したのは「ワークとライフのマネジメント」というお題で富士電機内田勝久さんが仕切っておられました。最初は帝塚山大学の井川静恵先生と摂南大学の平尾智隆先生の連名で、平尾先生が報告されました。製造業で従業員数500人強の企業の人事マイクロデータとアンケートを組み合わせて、さまざまな要因がワーク・ライフ・バランス満足度にどのように影響しているのかが分析されています。特に人事マイクロデータから上司−部下関係を抽出して、各上司それぞれについてダミー変数を設けることで「上司がワーク・ライフ・バランス満足度に与える影響」を確認しようというのはなかなか野心的な試みのように思われます。比較的サンプル数の多い生産、営業、研究開発・品質管理の3部門について、上司−部下関係が単層で明確な一般社員を対象に分析されており、サンプルサイズは223と半分程度になっています。
結果をみると、相関はそれほど多く見られない印象ですが、面白いところをいくつかご紹介しますと、まず賃金水準はワーク・ライフ・バランス満足度に有意な相関はなかったとのことで、まあそんなものかとも思うわけですが興味を引かれるところでもあります。時間外勤務時間がWLB満足度と負の相関を示すのは納得いくところですが、それを部門に分解するとなぜか有意でなくなっているのも面白いところです。
仕事配分については「能力に応じて公正」が全体と生産・営業においてWLB満足と有意に正の相関を示しているのに対して研究開発では有意ではなくなっています。「能力以上の高度な仕事をしている」については生産において有意に負の相関を示しているのは納得いく結果ですが、研究開発においては有意に正の相関を示しているのが非常に目をひきます。能力以上に高度な仕事をしていれば普通に考えて忙しく・労働時間が長くなりがちだろうと思われるわけで、それでもWLB満足度が高まるというのは、仕事の面白さや(職務付与を通じた)評価の高さなどを通じた職務満足がWLB満足度をも高めるということなのでしょうか。研究部門では「仕事の進め方に自分の意思が反映」がやはりWLB満足度と有意な正の相関を示していますので(これは納得がいくところ)、能力以上の仕事→労働時間を含む仕事の進め方の自由度が高い、というルートかもしれません。いっぽうで生産部門では「能力以下の仕事」が「能力以上」と同じくWLB満足度と有意に負の相関を示していますので、仕事の面白さや評価が低いことがWLB満足度にも悪影響を与えることも示唆されているようにも思えます。
上司については個別に見て、上司13人中、営業の1人がWLB満足度に有意に負の、1人が正の相関を示したということでした。
感想としては、まずはこうした良質な人事マイクロデータの提供を得られるだけの信頼関係を企業との間に構築したことについて敬意を表したいと思います。
内容については、この結果をふまえて発表者の方は「部下のワーク・ライフ・バランス満足度について、上司の役割やマネジメントが重要であることが示唆される」と結論づけておられ、まあもちろん一般論としては私も(というか多分どこからも)特段異論のないところではありますが、しかしこの結果を理由に「あなたはWLB満足度と有意に負の相関があったので上司として無能です」とか言ったら絶対に納得しないだろうなとも強く思いました。
つまり、当日も何人かの方が類似の指摘をしておられましたが、上司なのか職場なのかという区別ができないのではないかと思うわけです。WLB満足度が低いと言われた上司にしてみれば、そんなこと言われたって他の部署に較べると仕事が忙しすぎるとか、(当該上司は営業の人でしたので)苦情処理やトラブル対応で呼ばれれば24時間対応せざるを得ないんだよとかいう事情を主張するかもしれません。これについては他の条件が変わらない中で上司が代わったときにどう変化するかを見る必要がありそうで、発表者によれば今後このデータをパネルデータにしていく予定ということですから、将来的には検証できる可能性はありそうです。
その他にも、せっかくの良質なマイクロデータなので外野からはあれもこれもと望みたくなるわけですが、質疑の中でもこの集計・分析はまだ探索的なものだとの説明もありましたので、今後の発展を楽しみに期待して待ちたいと思いました。
続いては中央の佐藤博樹先生と法政の松浦民恵先生の「「変化対応行動」と仕事・仕事以外の自己管理−ライフキャリアのマネジメント」と題する報告でした。電機連合総研が昨年実施した1万人規模の大規模アンケートを用いた研究で、この調査についてはこの7月に電機総研の「ライフキャリア研究会報告」電機総研研究報告書シリーズ17としてまとめられていて非常に興味深い結果が得られています。「電機連合NAVI」最新号に集計速報が掲載されていますね。
さて今回の報告は上記レポートとはまた異なった内容で、タイトルにあるとおり「変化対応行動」と「仕事・仕事以外の自己管理」の観点からの分析です。「変化対応行動」とは他社や他業界に関心やネットワークを持つ「知的好奇心」、情報収集や自己研鑽に励む「学習習慣」、経験のない仕事や新しいやり方に挑む「チャレンジ力」で構成される概念で、「仕事・仕事以外の自己管理」については「仕事をするときと仕事をしないときの『けじめ』がうまくつけられているか」という設問で、具体的には「土日は仕事のメールを見ない」とかいうことになるのでしょうか。
結果としては3つの仮説が検証されました。第一は「変化対応行動」ができている人材は、将来に対する不安感が低く、エンプロイアビリティが高いと考えられる、というもので、不確実性が高まる中でなにを学べば大丈夫なのかはわからないので、新しいことをやるとか学びの習慣があるとかいったメタレベルの能力がより大切になる、という話ではなかったかと思います。第二は、社内外での多様な人々と交流している人はより多く変化対応行動を取っているということから、企業によるダイバーシティ経営の取組が変化対応行動の向上に貢献できる、とのことでした。
そして第三として、企業としては「変化対応行動」ができ、かつ「仕事と仕事以外のけじめ」をつけられる人材の確保、育成が重要というものでした。これは非常に興味深かったので少し詳しくご紹介しますと、変化対応行動とけじめの2軸4象限をとったときに、代表的な3象限について以下のような傾向が見られたとのことです。

  変化対応高・けじめ有 変化対応高・けじめ無 変化対応低い・けじめ有
性格 社交性・計画性・情緒安定性が高い 社交性・計画性・情緒安定性が低い 社交性・計画性・情緒安定性が低い
地位・志向 管理職多、昇進速い 管理職多、昇進速い 管理職少、昇進遅い
働き方 残業短く時間配分に満足 残業長く時間配分に不満 残業短く時間配分に満足
意識 決められた時間内で最善を尽くす 決められた時間を過ぎてもやりとげる 決められた時間内で最善を尽くす
経験 多様な人々との仕事経験が多く、社外活動参加が多い 多様な人々との仕事経験は多いが社外活動は少ない 多様な人々との仕事経験が少なく、社外活動参加が少ない

当然それぞれのカテゴリの内実はまた多様でしょうし、上記は私が非常に大雑把にまとめたものなので報告者からは困るねえと言われる可能性は高いのですがご容赦いただくとして、この「変化対応高・けじめ有」のタイプは意欲も満足度も高く働き方改革にも肯定的で家庭参加も進んでいるということで、企業はこうした人材を育成し確保すべきだとの結論でした。
私の感想としては、第一・第二の結論については実務実感にも一致するものでおおいに賛同するところですし、第三についても大筋ではそうかなあとは感じました。
でまあ第一・第二に較べて第三に対する書き方がやや微妙なのは、この調査結果によれば「変化対応高・けじめ有」は現状すでに49.1%とほぼ半数に達しているらしくそれだけいれば十分じゃねえかと直観的に思ったからです。もちろんこれは電機連合傘下の組合員と管理職を対象とした調査なのでそれなりに雇用も安定し技能も労働条件も相対的に高い人が多いものと思われ、また電機産業は他産業と比較しても変化の速さとそれへの対応や人事管理の先進性などで先行しているため相当のバイアスはありそうで、労働市場全体でみればまだまだ「変化対応有・けじめ有」は少なく、その育成・確保が重要ということだろうとは思います。
ただまあ「変化対応高・けじめ無」も25.3%いて「変化対応有・けじめ有」とあわせると4分の3になり、「管理職が多く昇進が速い」類型が4分の3というのはまあ人材のポートフォリオとしては上限だろうなあと思わなくもありません。当然ながら全員が「管理職が多く昇進が速い」というわけにはいかないのは明らかですし、変化対応行動が低くて社交性・計画性・情緒安定性は低いし社外活動もしてないけれど決められた時間内で確実に仕事をこなしてくれる人というのも一定数いないと組織が成り立たないのではないかとも思います(とりあえず現状の企業組織においては、という前提ですが)。「変化対応高・けじめ無」も困ったもんだというよりは一定程度は存在するのが多様な組織というものではないかなあ。
ということで、「変化対応行動」ができ、かつ「仕事と仕事以外のけじめ」をつけられる人材の確保、育成が重要という結論には大筋では同意見ではあるのですが、含意としてはそこ(だけ)を重視するというよりはそれぞれの類型に目配りしながらバランスを意識しながら人材の確保、育成をはかっていくということではないかと感じました。
ということで今日のところはここまでにさせていただいて明日に続きます。なんとか少しずつでも進めたい。