2018年労働政策研究会議(2)

昨日の続きで、17日に開催された標記会議の感想を書いていきます。自由論題の3つめは、JILPTの藤本真主任研究員から「小企業で働く人々のキャリア展望と能力開発活動−なぜ小規模企業勤務者は乏しい能力開発機会を問題と感じないのか」と題して報告がありました。JILPTの2016年調査(人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査)をもとに、29人以下の小企業勤務者の能力開発について分析されています。
結果はたいへん興味深いもので、まず「仕事を効率的に覚えるために経験したこと」については「仕事のやり方を実際に見せてもらった」「とにかく実践させてもらい経験させられた」「相談に乗ってもらったり助言を受けた」といった日常的な仕事の流れで経験する事項については企業規模による相違は少ない一方、「企業理念」「人材育成方針」「業務マニュアル」といった企業の準備が必要な事項については規模の大きな企業の従業員ほど多く経験しているという結果が示されました。
Off-JT自己啓発の実施についても規模が大きいほど右肩上がりで実施率が高いという明らかな傾向がみられ(9人以下ではそれぞれ5.5、6.4%→300人以上では20.8、25.3%)、小規模企業では能力開発の機会が乏しくなっています。それでは、こうした現状に対して小規模勤務者がより高い問題意識を持っているかというと、むしろ逆で、多くの設問で小規模企業のほうが問題意識が低いという結果になっています(たとえば、「特に問題はない」との回答は9人以下で49.6%、29人以下で36.2%、299人以下で27.7%とリニアに下がっています)。
その理由としては「キャリア志向」が指摘でき、今後のキャリアに対する考え方が規模が大きくなるほど明確になる傾向が見られます。たとえば「将来のことは考えていない」は9人以下の59.9%から300人以上の43.0%にやはりリニアに減少しています(なお規模が大きいほど昇進志向が高く独立志向が低いという結果が出ているのは規模間の違いとして納得いくものがあり、調査の有効性をサポートするものといえると思います)。
その上で「キャリア志向と問題意識」「企業規模とキャリア志向」の2段階で計量分析されているのですが、まずキャリア志向と能力開発に対する問題意識の低さについての計量分析では、「将来のことは特に考えていない」が問題意識の低さと有意で正の強い相関を示しているほか、企業規模9人以下がやはり有意で強い正の相関を示しています。逆に、役職者、勤務先が宿泊・飲食、企業規模が30〜99人・100人〜299人などでは弱いながら有意で負の相関がみられます。実感に合う結果といえそうです。
企業規模とキャリア志向の弱さについては、9人以下が強い正の相関、10〜29人も相当の正の相関を有意に示しています。他にも、男性は有意に負の相関を、役職者は有意に地位が高いほど大きく負の相関を、職種では「学術研究、専門・技術サービス」「教育・学習支援」「医療・福祉」で強い負の相関が有意に示されていて、これも実感に合う結果といえるのではないでしょうか。
結論としては「小規模企業勤務者の能力開発が客観的には様々な問題を抱えながらも、小企業特有の組織構造や就業状況から、勤務者自身が明確なキャリア志向・キャリアビジョンを持ちにくく、そのために現状を評価・改善していくことにつながるような、能力開発に対する動機・意欲を持ちえないでいるのではないかということが示唆された」ということになりました。その上での政策インプリケーションは、高齢化が進行する中では小規模企業の活性化は困難で、成り行きでは能力開発面からも(すでに衰退傾向にある)小規模企業のさらなる衰退は不可避であり、その活性化には地域・産業レベルでのまとまった新陳代謝などが必要であって、小規模企業セクターを日本の産業社会の中にどのように位置づけるかに関わる、社会的・政策的な取り組みや検討にかかっていると指摘されています。
私の感想としては、一方で小規模企業には政策的な期待が高いのも現実であり、ただしそれはベンチャーとかスタートアップとかいった開業間もない若い小企業への期待なので、この分析でも創立後経過年数で区分して調べるとまた異なる結果が出てくるのではないかという印象は持ちました。ただまあ政策的にはそれが「成長戦略」だということになっているのですが、開業が多いから経済成長するのか、経済成長しているから開業が多いのか、というのは案外難しい問題だろうとも思います。
たとえば高度成長期のことを思い出してみると、「あゝ上野駅」とかで歌われている世界が典型的で、「♪〜お店の仕事はつらいけど胸にゃでっかい夢がある」ということで、まあ具体的にはのれん分けなどで独立して自分の店を持つとか言う話でしょうが、しかし明確なキャリアビジョンがあり、そのために身に着けるべき能力とかもそれなりに明らかだったわけです(方法論として効率的だったかどうかは別問題ですが)。
こうした開業と経済成長の好循環がなかなか望めない現状で、もちろん成長産業のベンチャーやスタートアップは大切ですし支援も必要でしょうが、それほど野心的でもない多数の労働力・雇用の受け皿になっている小企業(減少したとはいえ雇用者数の7割以上を占める)の位置づけをどう考えていくのかは、たしかに重い課題だろうと思います。