2018年労働政策研究会議(1)

この17日に開催されたので参加してまいりました。開催校は明治大学で永野仁先生が段取りしておられましたが、永野先生は昨年は準備委員長を務めておられ、二年連続でまことにお疲れ様でした。
http://www.jirra.org/kenkyu/frame.html
さて午前中は3会場に分かれての自由論題セッションで、どれも面白そうな報告だったのですが、うろうろせずにグループCに居座ることにしました。最初はニッセイ基礎研の金明中先生の「無期転換ルールの導入は非正規労働者を減らすだろうか?−韓国の先例から読み解く」という報告で、実は今回私が一番聴講したかったのがこの報告です。というのも、金先生は無期転換ルール導入後の2010年のこの場でも韓国の労働市場について報告されていて(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100628#p1)、その際もこのあたりの情報を期待したのですが残念ながらご紹介がなかったため、待ってました!というわけです。
さて韓国では2007年に「有期2年で正規転換」が法制化されました。日本の労契法改正との違いは転換に要する期間が2年と短いこと、日本では労働者の申出を要するが韓国は自動的に転換すること、日本では期間の定めがなくなれば足りるが韓国では正規職となること、日本に較べ韓国は適用除外の範囲が広いことなどがあるようです。
金先生の報告ではそれ以降の韓国の非正規雇用の動向をさまざまなデータをもとに分析されています。期待どおり内容豊富で興味深い報告だったのですが、私の印象に残ったところをいくつかご紹介しますと、まず非正規雇用比率については直近のピークだった2004年8月の37.0%から法施行直後の2007年8月には35.8%まで減少し、2015年3月には31.9%で底を打ち、その後増勢に転じて2017年8月には32.9%まで上昇しているようです。男女別にみると男性の低下幅が大きく、年齢階層別にみると30代〜50代が趨勢的に低下しているのに対して若年層では上昇傾向にあり、これはここ数年の韓国労働市場で若年層に厳しい雇用情勢が続いている(「人九論」、人文学系大卒者の9割は就職できない、というのが流行語になっているとか)ことの反映だろうとのことでした。
勤続年数をみると、正規・非正規ともに長期化する傾向があり(もっとも正規職であっても90カ月=8年程度と日本(一般労働者で男性13年・女性9年)に較べるとかなり短い)、さらに非正規職の平均は30か月程度と無期転換の2年を上回っている(!)というのが実態とのことです。これは前述した適用除外の範囲の広さによるもので、企業は極力例外条項に該当する非正規職を活用しようとしているのだろうということでした。
マクロデータを使用した日韓比較分析では、韓国の非正規職比率には失業率上昇が影響していると推測されるのに対し、日本については韓国に較べて社会保険料が高いことから、労使とも社会保険料負担の軽い非正規雇用を選好しているのではないかと指摘されました。
また、韓国企業のパネルデータを用いた分析では、いろいろと条件を変えて分析したものの非正規職保護法が非正規労働者比率に効果があるという優位な結果は得られなかったそうです。
さらに、韓国政府が実施した労働者のパネル調査によると、2012年4月時点に「期間制・短時間労働者法」が適用される期間制労働者のうち、2012年4月に同じ仕事に就いているのは47.3%で、52.7%は離職していること、離職者の内訳は他の仕事に転職した者が69.4%、失業者と非労働力人口はそれぞれ12.8%、17.9%となっているとのことです。正規職化については、同じ職場で正規職に転換された者は5.8%、転職して正規職になった者は5.6%、合計11.4%が正規職に転換されていたようです。ということで、雇止めが多発しているという面でも処遇改善が進んでいない(むしろ格差は拡大)という面でも非正規職保護法はあまり効果を上げているとは言えないのが実態であるらしく、金先生はその問題点として(前述例外条項の広さに加えて)差別是正の救済が難しく、また経済環境の悪さもあいまって是正申請に消極的な労働者が多いことを指摘されました。また、韓国企業の遵法意識にも問題があり、例として韓国では最低賃金の引き上げが意欲的に行われている(2003年から2016年にかけて9割増!の上昇)ものの、2003年には5%にとどまっていた未満率が2016年には14%近くに達するという状況のようです(その後2017年には7.3%、2018年には16.4%とさらに大きく引き上げていますので未満率もさらに高まっているものと思われます)。
日本へのインプリケーションとしては、日韓では制度や経済情勢の違いはあるものの、やはり無期転換ルールだけではめざましい改善は見込みにくいだろうとのご見解のようで、さらなる待遇改善支援策を検討する必要があるとのことでした。
韓国政府は最低賃金引き上げに加えて来月からは週労働時間の上限を68時間から52時間に引き下げる(かなりの例外があるようですが)とのことで、非常に意欲的な雇用政策を展開しています。今のところその効果ははかばかしくないようで、失業率も労働条件も悪化しているのが実情のようです(まあ数字を見れば悪化しているとはいえ失業率4%前後、若年失業率11%前後なので国際比較上はまずまずの数字ではあるのですが)が、今後の展開に注目したいところです。まあ正直なところ、やはり労働政策というのは漸進的にやらないとうまくいかないのではないかというか、制度を変更することで実態を変化させられると考えることの危なっかしさといったものをあらためて感じるところです。実情にあわない政策を強行すると悪影響はけっこう長く尾をひくのだなとか…。
さて続いては東京大学社会科学研究所特任研究員の横山真紀さんが「両立支援策の利用が女性の賃金に及ぼす影響」と題して報告されました。お茶の水女子大の永瀬伸子先生のお弟子さんであるらしく先生はじめ応援が何人か来ていましたね。
この分野も両立支援の取り組みが始まってかなりの期間が経過してデータ類も蓄積されており、いろいろな成果が出てきていますが、この報告は育児休業に加えて短時間勤務についても分析したということです。
結論としては、出産後就労を継続した人についても、出産は有意に2割程度賃金を引き下げるという結果が得られており、育児休業はやはり有意に35%賃金を引き下げるとのことでした。短時間勤務については逆に有意に25%賃金を引き上げるとのことで、これらについては育児休業・短時間勤務の期間を変数に加えても類似の結果が出ていてかなりロバストな結果のようです。期間が長くなることは育休についてのみ有意な低下が見られますが軽微なもののようです。
この結果については、育休については主として育児休業給付が賃金の67%になることによるものであり、短時間勤務については「短時間勤務を取得できるということは、賃金の高い恵まれた女性であるということを示しているのかもしれない。」と解釈されています。私はこれには若干の疑問もなくはなく、なにかというと賃金にどこまで含まれているのかという点で、その場でも質問して確認させていただいたのですが基本的には回答者の方の判断で賞与も手当も含まれているだろうとのこと。となると、短時間勤務については月例賃金は時間割で減額する企業が多いでしょうが賞与については必ずしもそうでもなく(減額する企業が多いのですが)、手当類については減額すると不利益取扱いになりかねないということで従前の支給をしている例が多いはずです(特に通勤手当などは減額しにくい)。まあ大きくはないとしてもネグリジブル・スモールでもないはずで、賃金制度が結果に影響している可能性はあるのではないかと思います(まあ恵まれているには違いないのですが)。また、育児休業についても、育児休業給付の賃金日額には賞与は含まれていないので、これも解釈に影響するだろうと思いました。
さてまだ自由論題2件しか書けていないのですが本日は時間切れなのでここまでということで続きます。明日も少しは書きたい。