神津里季生『神津式労働問題のレッスン』

連合の神津会長の本。書店で見かけて即決で買って読みました。

神津式労働問題のレッスン

神津式労働問題のレッスン

2章構成になっていて、もともとサンデー毎日に連載されたエッセイをまとめて書籍化する企画があったとのことでそれが第2章になっています。第1章では昨年9月末からの一連の出来事を中心に連合の立場・主張が記載されています。第2章のエッセイは35話あるのですが、「犬猫の立派さに較べて人間たちは」という基本構造がほとんどに共通しているので、週1回1話読むならいいでしょうが、さすがにこれだけで一冊の本にするのは無理としたもので、そういう意味でも第1章が置かれているのは必然という感じがします。
個人的見解とのことで、実際そうだろうなと思うところもあります(安倍総理に対する社労族としての評価とか)。昨年秋以降の政治動向および各政党に対する連合の立場・視点・見解なども、なるほど連合にとってはそういうことなのかと腑に落ちるところも多く、たいへん興味深いものでした。メディアに対する評価も多分に(すべてではない)そうだよねえと思った。
一方でしかしほとんどはお立場をふまえて書かれているようで、正直私としては意見が異なる部分が相当にあると申し上げるを得ないわけですが、特に印象に残った部分について雑駁な感想をいくつか。
まず52ページで、近時春闘における中小・非正規の底上げの成果について書かれているのですが、連合非組織の中小への波及についてこう述べられています。

 この壁をぶちやぶるには、中小企業が主役という意識を世の中全体がもっと持つ必要がある。そしてただ単に「安ければいい」という消費者行動を改めていく必要がある。取引慣行の是正を含めて、これまでの悪しき常識にメスを入れていかなければならない。
(p.52、強調引用者)

けっこう唐突感があるのですが、しかしこの一文が挿入されていることは非常に重要だと思います。最近も私のツイッターのタイムラインに「わが社の○○が売れないのはなぜだろう」「それは御社が賃金を上げないから」といった感じのツイートが流れてきてまあそうだよなと思ったわけですが、いっぽうで「私の賃金が上がらないのはなぜだろう」「それは貴方が○○を買わないから」という一面もあるわけですね。まあニワトリと卵みたいな話ではありますが、過去このブログでも何度か書きましたが労働者は消費者でもあるわけです。商品やサービスに正当な対価を払わないなら、労働に対しても「正当な」対価は支払われにくいだろうなと。だからこれも何度か書きましたが連合は企業等に賃上げを求めるだけではなく、組織構成員に対しても「賃金が上がった分は消費を増やしましょう」「賃上げが価格転嫁されても同じ数量を消費しましょう」と働きかけてほしいと思っています。神津会長も少なくとも個人的には同様の問題意識をお持ちであるようで頼もしく思います。
もう一か所紹介させていただきますと、組合員の皆さんへの呼びかけとしてこういう記述があります。

 労働組合は集会をたびたび行う。またかよ、という感じで動員されるときや、いやいやのおつき合いということもしばしばだろう。でもいやいやであってもどうかお願いします。これら集会を整然と行うことができるということ自体が労働組合の力なのだから。何かあれば人々を集めることができるというパワーは労働組合の力なのだから。実際に集まっている当事者の方はあまり気が付いていないかもしれないが、経営側は、あるいは政府も、実は奥底でけむたく感じていることも事実なのである。
 そしてそういうことを通じて皆さん方は労使関係の一方の担い手となっているのである。
(p.95)

「けむたく感じている」という表現はかなり違和感があるというか残念なのですがそれは別として、少なくとも経営サイドは組合員の方々が思っているよりかなり気にしていることは、(さすがに具体的には書けませんが)私も経験を通じて痛感しているところです。これまた過去何度も書いていると思いますが、労働組合というのは(一部の人がいうような)執行部がサービスを提供して組合員がその対価として組合費を支払うというものでは断じてない。組合費の支払いも、集会への参加も、職場会での発言も、すべて組合員の組合活動への参加の一形態であり、その参画こそが労組の交渉力になるわけです。健全で緊張感ある労使関係に多くを期待している私としては、ぜひ多くの方々に神津会長の呼びかけにこたえてほしいと願っています。
ひとつだけ物足りなく感じた点も書きますと、上記のように連合組織外への波及についての言及があるにもかかわらず、組織拡大に対する熱意がいまひとつ感じられないようには思いました。あまりに当然のことなので、あえて書きはしなかったということなのだろうと思いますが…。
なおこれは余談になりますが神津会長がかつて新日鉄広畑硬式野球部のマネージャーとして1981年の都市対抗野球大会に出場していたことは初めて知りました。この大会は私が大学進学して上京し、真夏の後楽園球場で(まだ東京ドームはなかった)はじめて都市対抗野球を観戦した大会でもありますので、わたくし的には感慨深いものがあります。記憶があまり定かではないのですが、私の大学生時代の新日鉄広畑は投手陣は藤高・西村と左右(右左か)の二枚看板、野手ものちに広島カープで大活躍した正田選手などを擁する強豪チームで、上位の常連だったように記憶しています。