ブラック企業を早期公表?

今朝の日経新聞から。

 厚生労働省は違法な従業員の長時間労働を繰り返す大企業に対し、是正勧告の段階で社名を公表する方針を固めた。毎月の残業時間が月100時間を超す従業員が一定割合を占める状況を対象にする方向だ。これまでは是正勧告に従わず、書類送検した企業だけを公表していた。過酷な労働を強いる「ブラック企業」の監視を強め、労働環境を改善させる。
 塩崎恭久厚労相が18日に臨時で全国労働局長会議を開いて指示する。対象になるのは複数の都道府県に事業所を置く大企業で、中小企業は除く。休日出勤を含めた残業時間が月100時間を超える従業員が4分の1を占め、その状態が複数の事業所で常態化していることなどを条件にする見通しだ。
 現行の労働基準法では違法な長時間労働を繰り返している企業に対し、まず労働基準監督署が是正勧告や改善指導を実施する。それでも従わない場合には書類送検し、社名を公表する仕組みになっている。
 ただ労基署が是正勧告を繰り返しても、従わない企業もある。3月下旬には安倍晋三首相が対策の検討を表明し、厚労省に指示した。
 厚労省は1月から、時間外労働が月100時間を超える企業への立ち入り調査の強化などを進めている。
平成27年5月15日付日本経済新聞朝刊から)

これには記事にもあるように3月には首相がそうしろと言っていたという背景があったわけです。

 安倍晋三首相は27日の参院予算委員会で「社会的に影響力の大きい企業が違法な長時間労働を繰り返している場合(労働基準監督署が)是正を指導した段階で公表する必要がある」と表明した。過酷な労働を課す「ブラック企業」が社会問題化していることを踏まえ対応を強化する。自民党若林健太氏への答弁。具体的な方法や実施時期は今後、塩崎恭久厚生労働相の下で検討するとした。
 現状では労働基準法に違反した企業にまず是正指導して、従わなかった場合に書類送検して社名を公表してきた。首相は「長時間労働は過労死につながりかねない問題だ。今までの措置を一歩進め、法違反の防止を徹底し、企業における自主的な改善を促す」と狙いを説明した。
 厚生労働省は2014年から長時間の過重労働や残業代不払いが疑われる企業に、重点的に監督指導をしてきた。一方、問題企業の社名を早い段階で公表しないと、改善に向けた動機づけにならないとの指摘が与野党から出ていた。
平成27年3月28日付日本経済新聞朝刊から)

具体的なやりとりを国会会議録から転載しておきます。

若林健太君 …違法な長時間労働を行っている企業について、いわゆるブラック企業として社会問題化しているわけでございますが、全国的に展開している企業の一部にも、違法な長時間労働を行い、労働基準監督署から再三指導を受けているにもかかわらず、改善しないという事案も存在しているようでございます。
 このような悪質な企業について、今までの取組を一歩進めて企業名を公表するべきではないか。この予算員会でもそういった議論が再三行われているようでありますが、この点について、是非総理の御見解をお伺いしたいというふうに思います。
内閣総理大臣安倍晋三君) 長時間労働は過労死等にもつながりかねない問題でありまして、昨年十一月、過労死防止法の施行に合わせて、賃金不払残業や過重労働等が疑われる企業に対し重点的な監督指導を行ってきました。また、本年一月からは長時間残業に関する監督指導の徹底を図っています。
 労働基準関係法令違反の疑われる企業に対して、法違反が認められる場合には是正を指導し、それでも是正意欲が認められないような重大又は悪質なケースについて、これまでは書類送検を行い、それに合わせて原則公表するという取扱いを行ってきたところであります。
 しかし、今まさに若林委員が御指摘のように、これはやはり目に余る状況が続いているから企業名を公表しろと、そういう強い国民の声、また若林委員からも、また与党からもそういう強いお申出がございました。私も、なるほどそのとおりだなと、こう思っていたところでございまして、今後、今までの、今申し上げましたような措置を一歩進めまして、法違反の防止を徹底し、企業における自主的な改善を促すため、社会的に影響力の大きい企業が違法な長時間労働を繰り返しているような場合には、是正を指導した段階で公表する必要があると考えています。具体的な方法等については厚生労働大臣の下で検討することとしています。
 こうした取組を始め、働く人の権利の回復と法の遵守の更なる徹底に力を尽くしていく決意でございます。

第189回国会参議院予算委員会会議録第13号
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/189/0014/18903270014013a.html

ということで是正勧告時点で企業名を公表しようという話になったようですがうーんしかしこれはどうなのか。2点あります。もちろん行き過ぎた長時間労働は問題であり解消すべきものであり、それに行政として取り組まれることは重要なことだと思います。ただし方法論としてどうなのかと申し上げたいわけです。
まず1点め。現状では残業が月100時間を超えていたり長時間労働に起因する労災申請があったりした事業所を重点臨検し、法違反の問題があれば是正勧告を行って指導、改善をはかるという話になっているわけです。でまあ「それでも是正意欲が認められないような重大又は悪質なケースについて、これまでは書類送検を行い、それに合わせて原則公表するという取扱いを行ってきた」わけですね。
ですから、若林議員の質問された「…違法な長時間労働を行い、労働基準監督署から再三指導を受けているにもかかわらず、改善しないという…悪質な企業について、今までの取組を一歩進めて企業名を公表するべきではないか」という話についてはだったら送検しろよという話ではないかと思います。もちろん検事さんとしてみればそんなん行政指導でなんとかしてくださいよという話かもしれませんが、しかしそれほど悪質であれば送検をためらうべきではないと私は思います。それで企業名も公表されるわけですから。
まあ中には是正勧告を無視してもまさか送検されることはなかろうとたかをくくっている企業とか、送検されて罰金払うほうが楽で安上がりとか考えている経営者とかいうのもあったりいたりするのかもしれませんが、しかしまあそういうのにすぐに言うことをきかせるために是正勧告時点で企業名公表というのもずいぶん乱暴な話だなとは思います。
つまり法違反の問題といってもいろいろあるわけで、たとえば36協定の有効期限が切れてましたなどというのも違法ですがさすがにこれは是正勧告が来ればすぐに是正されるでしょう。あるいは就業規則イントラネット上でいつでも誰でも見られるようにしてあったところシステム変更のときにどっかいっちゃってて焦りましたという話は実際に聞いたことがありますがこれだって法違反には違いありません(自分たちで気づいてこっそり直しちゃったそうですが)。もちろん悪質なものも多々あるわけですが、要するに一口に是正勧告といってもその内情はさまざまであり、それを一律に「是正勧告を受けたから社名公表」でいいのかと思うわけです。
実際問題としては、今どき影響力のある企業でその実態が実はとんでもなくブラックだということになれば法違反があってもなくても週刊誌にすっぱ抜かれたりウェブ上で叩かれたりして世間に喧伝されるわけであり、まあ相当の風評ダメージも受けるわけです。それでもなお国が社名公表することの意味はつまるところほかならぬ国が悪い企業認定したというところにあるわけであり、これはかなり重いペナルティーであって、だから障害者雇用などにおいては法律に書いて社名公表できるようにしているのだと思うわけですね(この点情報公開法を使って雇用率未達成企業を公開させるのとは重みが大きく違うと思う)。もちろん公表して悪いというものではなく適切に運用すればいいと思いますが、しかし抑制的に考える必要もあろうとは思います。これがどうなのかのその1。
そこで厚労省がどうするかというと最初の記事を再掲しますと、

 厚生労働省は違法な従業員の長時間労働を繰り返す大企業に対し、是正勧告の段階で社名を公表する方針を固めた。…対象になるのは複数の都道府県に事業所を置く大企業で、中小企業は除く。休日出勤を含めた残業時間が月100時間を超える従業員が4分の1を占め、その状態が複数の事業所で常態化していることなどを条件にする見通しだ。

まあこれだけではなんとも言えないのではありますが、首相の「是正を指導した段階で」に対して記事は「是正勧告の段階で」と微妙な違いがあるのが気になります。「是正を指導した段階」だと企業がアクションをとる前というニュアンスがあると思うのですが、「是正勧告の段階で」だと行政指導のプロセス内、つまり企業がアクションをとった後も含みそうにも読めるからです。これはけっこう大きな違いですが、記者がなにも考えずに書いているだけという可能性もありますが…。
で、対象となるのは「複数の都道府県に事業所を置く大企業」で「休日出勤を含めた残業時間が月100時間を超える従業員が4分の1を占め、その状態が複数の事業所で常態化して」おり、かつ法違反があって是正勧告を受けた企業ということのようで、もちろん国会審議を受けてそれに沿ったものになっているのだとは一応はいうわけでしょう。ただそもそも若林先生のおっしゃる「全国的に展開している企業の一部にも、違法な長時間労働を行い、労働基準監督署から再三指導を受けているにもかかわらず、改善しないという事案」というのもどこのことだろうと思うところもあるわけです。「全国的に展開」していて「違法な長時間労働」があって「再三指導を受けて」いて「改善しない」、まああれかなワタミとかすき家とかユニクロとかお考えなのかなあ。「月100時間以上が1/4」…まあ、あるのかもしれません。
そこでここからがどうなのかその2になるのですが、どうも気になるのが若林先生が「改善されない」と言われているのが何についてなのか、という点です。読みようによっては「違法が改善されない」のではなく「長時間労働が改善されない」と言っているようにも読めるからです。
そう考えると「休日出勤を含めた残業時間が月100時間を超える従業員が4分の1を占め、その状態が複数の事業所で常態化」というのも、さらっと読むと民間の大企業で月100時間以上が1/4なんて普通ありえないように思われるわけですが、しかし記事をそのまま読むかぎりではこれは必ずしも国会審議で取り上げられたような話に限られるわけでもない可能性はあり、たとえば「本社と工場に20,000人の従業員がいて月100時間を超える人はまれにしかいないが、横浜と京都に研究所があってそれぞれ90人の研究者と10人の事務スタッフがいて、そこでは25人の研究者(同一人であることを要しない)が月100時間を超えている状態が2か月続いている」ということであれば該当しうる可能性もあります。これなら技術オリエンテッドな企業ならなくもなさそうな話であり、また率直に申し上げて(まあまったく問題なかろうとは言いませんが)個別にみれば何がそんなに悪いのさという話も多いでしょう。
さてもちろんこれは(そのこと自体の善し悪しはまた別の議論として)適法に行われている限りは「違法な長時間労働」にはあたりません。しかしこれだと内容にはおかまいなしでとにかく長時間労働があるところに出向いて行って法違反にあたりそうなものを探し出して是正勧告を出せば企業名公表できるという話にも見えるわけで、要するに長時間労働の見せしめにしようと思えばできそうに思えるわけですがそういう別件逮捕みたいな手口は本当にいいんですか。いやまあ本当にそうすると決まったわけではなく(そんなことにはならないと思いたい)、言いがかりではあるのですが、しかしどうなのかという感はなきにしもあらずです。まあ記事の限られた内容から邪推に邪推を重ねればという話ではあり、まさかそんなことないですよねえ。
さて行きがけの駄賃でさらに余計なことを書きますと、以前も取り上げたことがありますが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150408#p1東京大学とか大丈夫ですかこれ国立大学法人には労働基準法が適用されるところ東京大学は全国に研究拠点を展開し、影響力の大きさは場面によっては民間大企業をはるかに上回り、いくつかの拠点では1/4を超える人が月100時間以上やっているのが常態化しているだろうと容易に推測され、かつ上記エントリで指摘したように裁量労働制の対象にならない人まで裁量労働制を適用している疑いが非常に濃いわけで、是正勧告して企業名ならぬ大学名公表してみてはいかがでしょうか。世間で笑われて楽しいだろうと思うなあ。
さらに話のついでで厚労省はどうなのかと悪態をつきたくもなるわけですが(笑)、これはさすがに「1/4が常態化」がセーフかなあ。いやどうかな、以前も取り上げた(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100804#p1)霞国公の調査結果によれば厚労省の平均残業時間は旧労働が73.4時間、旧厚生が71.7時間なので、これはさすがに100以上が1/4はいるだろうという感じではあります。まあ2010年の話ですので現状は相当に改善されていると信じますし、調査が調査だけにサンプルのバイアスもありそうなので、現時点では大丈夫なのでしょうきっとたぶん。あとはもう全国展開も影響力も法違反も(上記調査では不払い残業の存在も指摘されており労基法違反でないにしても法違反には違いない)文句なし(失礼)なわけなので。
ということで戯言はともかく最初に戻って本当に悪質な企業はためらわず送検すべきということではないかと思います。そして永田町や霞が関の思惑はどうあれ、監督の現場はそういうまともな方向で動くだろうと最後は妙な?信頼感を表明して終わります。