ホワイトカラー・エグゼンプションの制度案まとまる

さて日経の「働きかた」特集につきあっている間にもさまざまなことが起きており、それがまたすべて日経絡みというのがなんと言いますか。まずは1月8日の朝刊1面を飾ったこの記事です。

厚生労働省は7日、働く時間ではなく成果で賃金を払う「ホワイトカラー・エグゼンプション」の制度案をまとめた。対象は年収1075万円以上の専門職に限り、週40時間を基本とする労働時間規制(3面きょうのことば)から外す。過労を防ぐために年104日の休日なども導入の条件にする。「岩盤」といわれる雇用規制を崩す第一歩となる。…
 政府は昨年6月の成長戦略でホワイトカラー・エグゼンプションの導入を決めた。この時点では対象を「少なくとも年収1000万円以上の専門職」と想定していた。
 「1075万円」という年収要件は当初案より対象が狭く、課長級技術職の民間給与で上位25%の水準にあたる。有期雇用の制度は年収1075万円以上の専門職の規制を緩めており、この水準に合わせた。残業代や手当はないが、成果が同じなら賃金の総額は変わらないようにする。
 職種は金融ディーラーやアナリスト、医薬品の開発者、システムエンジニアなどを想定。年収と職種の条件は労政審の分科会で議論して、法案成立後に省令で定める。
ホワイトカラー・エグゼンプションの導入には本人の同意とともに働き過ぎを防ぐ策の実施が必要となる。労使が(1)年104日の休日取得(2)1カ月間の在社時間などの上限(3)就業から翌日の始業までに一定時間の休息――のいずれかを選ぶ。在社時間などが一定基準を超えた社員には、医師の面接を義務付ける。

…課題が残っているのも事実だ。政府は「残業代ゼロ」との批判を気にしてか、対象者をかなり絞り込んだ。07年時は年収900万円以上の課長補佐級が対象者だったのに、今回は年収1075万円以上と高く、金融ディーラーや研究職など職種を限定した。
 制度を意味あるものとするには、高年収で専門職の人だけではなく、対象を広げる取り組みが欠かせない。
平成27年1月8日付日本経済新聞朝刊から)

記事にもありますが1月16日の労政審労働条件分科会に案が示されるということですので、それを見てみたいと思いますが、年収要件はまあちょっと高いなとは思いますがまずはこんなものかもしれません。
むしろ職種を限定することが期待外れで、これだと結局労使が「この人は職種要件に該当するのかどうか」の判断に迷う場面が出てきそうで、現行裁量労働制の問題点でもある予見可能性の低さが改善しないことになってしまいそうです。
働き先防止策としては年間最低休日規制104日、月間在社時間の上限規制、勤務間インターバル規制のいずれかを労使で選択するということになっているようで、後2者の具体的な水準が注目されます。さすがに労使で決定ということにはならないだろうと思いますが、しかし具体的な最低基準を定めるとなると職場によっては非現実的な数字になることもありそうで、結局は休日規制を選択する労使が多くなりそうな気はします。それはそれでいいということでしょう。
いずれにしても年収要件と職種要件は省令で定めるということなので労使の話し合いを通じて(法改正がなくても)見直しが可能になっていることは評価できます*1。最初は慎重にスタートするにしても、労働者の声を聞きながら、労使でよりよい制度に進歩させてほしいと思います。

*1:規制緩和が容易だからけしからんという向きはありそうですが、物価や賃金の上昇に合わせて要件を見直すためにも必要なことだと思います。

日経社説「雇用慣行破り柔軟な働き方を競え」

日経新聞は新年から社説でも「民が拓くニッポン」というシリーズ企画を展開していましたが、働きかた特集が最終日を迎えた1月11日、合わせたのかどうかはわかりませんが、「民が拓くニッポン」シリーズの最終回として表記「雇用慣行破り柔軟な働き方を競え」との社説が掲載されていました。今一つ不明な「働きかた」特集の意図を探るにも有益かもしれませんので以下見ていきたいと思います。

 日本が成長していくうえで壁になるのが労働力の減少だ。政府は保育サービスを拡充して女性の就労を支援するなどの対策を打ち出している。あわせて女性、高齢者らが働きやすい雇用の制度をつくっていかなければならない。
 その担い手は企業だ。潜在的な労働力を生かす環境整備へ、民の創意工夫を発揮するときだ。
…労働力の減少を乗り越えるために十分な備えをしなくてはならない。まず求められるのは、1人あたりの生産性の向上だ。
 人口が減っても国全体で生む付加価値の増大をめざしたい。…農業、医療、エネルギー関連などの成長分野に企業が進出しやすくする規制改革は欠かせない。経営者は技術革新や新しいビジネスモデルを生む力を一段と問われる。M&Aや研究開発などへの資金の有効活用はこれまで以上に重要になる。
 同時に、女性や高齢者らが就労しやすい社会にして、労働力を補う必要がある。パートや契約社員で働く期間が5年で打ち切られる恐れがある有期労働規制などは見直すべきだ。加えて肝心なのが、企業の行動だ。
 産業界では1日の勤務時間を4時間や6時間などにする短時間の正社員や、定年後も専門性があれば65歳や70歳まで継続雇用する制度が広がり始めている。企業はさらに知恵を絞って多様な働き方を用意してほしい。…
平成27年1月11日付日本経済新聞社説から、以下同じ)

イケア・ジャパンの短時間勤務制度の事例が紹介されているのですが省略しました。わが国ではすでにかなり充実した育児時間・介護時間制度がありますが、目的や時期に関わらず利用できるもののようです。ここまではいいのですが…。

 日本の会社は社員が雇用を保障される代わり、残業や長時間労働が当たり前だった。そうした雇用慣行にとらわれない柔軟な働き方を企業は生み出すときだ。
 千葉、常陽など地方銀行64行は女性行員向けに、配偶者が転勤した場合、退職しても転居先で働けるよう後押しする仕組みをつくる。本人に働く意欲があれば転居先の地銀に紹介する。転居先から戻れば、もともと勤めていた地銀での再雇用も検討する。
 同じ業種の企業が連携してあたかも一つの会社のようになり、働ける場所を広げる新たな試みだ。人材の手当てを一企業だけで考えるのでなく、相互に受け入れて戦力の確保につなげるやり方は、ほかの業界にも参考になる。

「日本の会社は社員が雇用を保障される代わり、残業や長時間労働が当たり前だった。そうした雇用慣行にとらわれない柔軟な働き方を企業は生み出すときだ」と書いて、その事例がこれですか?一応退職するから雇用保障は軽くなっているということかなあ。もちろん「雇用保障の見返りに単身赴任」という話はなくなる(それは非常にけっこうなこと)わけですが、しかし労働者からみればむしろ雇用保障は事実上強化されているように思うのですが…。
でまあ以前も書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141023#p1)、このスキームが成り立つのはひとえに地銀は地域で住み分けていて同一業種でスキルが共通する一方で市場では競合関係にない千葉銀行常陽銀行はほぼライバル関係にない)からであり、まあ地方紙など類似の事情がある業界を除けばなかなか「ほかの業界にも参考になる」とは参らないのではないかとは思います。たとえばそれぞれ東海村の日本原電と日立製作所の日立研究所にお勤めの研究職のご夫婦というのはありそうな気がするのですが、その一方が敦賀市の日本原電に転勤になったときに、もう一方がその比較的近場にある大津市のNECの研究所や草津市パナソニックの研究所に転職することを斡旋するというのが電機業界の取り組みとして行われるかというと、まあ(特に企業秘密を多く知る研究職となると)なかなか難しいのではないかと思います。

 重要なのは成熟産業から成長産業へ人が移りやすい柔軟な労働市場づくりだ。企業はグローバル競争の激化で絶えず事業構造を見直す必要があり、人員に余剰感が出やすい。労働力需要が旺盛な分野へ人材が集まるようにしなくてはならない。
 パナソニックは今春、役割の大きさに基づく賃金制度を全社員に導入する。管理職は年功要素を廃止する。長く勤めるほど賃金が増えるわけではない制度への転換だ。「社員が転職も視野に今後の自分のキャリアを考えるきっかけになる」(幹部)という。
 一つの会社で定年まで勤めるという働き方では活躍の場が広がらず、自らの力を十分に発揮できない場合がある。社員に意識改革を促すことは、人の移動が活発な社会をつくる第一歩だ。日本企業は社員に忠誠を求めるため副業を禁じてきたが、解禁することも社員の刺激になるだろう。
 新しい仕事へ挑戦する気持ちがわけば、転職に必要な技能を身につけるための職業訓練も効果が増す。柔軟な労働市場づくりでも企業の役割は大きい。

まあそうなんですが安価な労働力需要が旺盛ですというのでは意味がないことには重々ご注意願いたいと思います。人件費の安さを競争力にするような「成長産業」なんてあっても仕方ないわけでしてね。まあ今現在は多少労働条件が低くても将来的には今以上に高くなるという見通しが立たないのであれば「成長産業」を称することはできないでしょう。逆にそういう企業・仕事があればなにも「意識改革」するまでもなく転職は進むのではないかと思います。これまでだって良好な求人の多い好況期には転職も多かったわけですし。
そのうえで、過度に足止め的・後払い的な賃金制度は労働者の選択を制約するので好ましくないということは言えると思います。まあどれだけ社員に定着してほしいかという企業の人事方針次第ではあるのですが。
「日本企業は社員に忠誠を求めるため副業を禁じてきたが、解禁することも社員の刺激になるだろう」については、まず昨日も書いたとおり兼業禁止は安全配慮と労働時間通算原則というきわめて実務的な要請による部分が大きく、理念面ではせいぜい勤務中には業務への集中を求めるという程度に過ぎません。日本企業が社員に忠誠を求めてきたという一面はあるにしても、兼業禁止はそのためではないと思います。副業解禁がどういう刺激になるのかはよくわかりません。副業にチャレンジしたみたところ思いのほか儲かるので会社をやめてそれに専念することにしましたという人もいますし(私の知人にも複数います)、副業をやってみたところあまり儲からないのでやはりこれからも会社勤めを続けようということになる人もいるでしょうから両面ではあるでしょう。なんにしても法的な問題を解決することが先決です。
なおパナソニックさんの賃金制度変更については「管理職は年功要素を廃止する。長く勤めるほど賃金が増えるわけではない制度への転換だ。」ということですから、これまでは管理職であっても年功要素があり、長く勤めるほど賃金が増えてきたということなのでしょうか。だとするとそれはさすがにグローバル企業ではかなり珍しい事例だと思います。年功要素をやめて賃金等級が上がらない限りテーブルが変わらない制度とするくらいでも総額では相当の人件費抑制になるでしょう。それで「社員が転職も視野に今後の自分のキャリアを考える」ほどのインパクトがあるかというとそうでもないような気もしますが、少なくとも「これ以上上がる可能性は低い」とかいうことになれば「きっかけになる」ことはあるかもしれません。
ということで、「企業による人員整理を容易にし、「成長産業」の低賃金の労働力に移動させるべき」といったトーンはかなり弱いように思われますので、比較的マシな部類というところかもしれません。

ドイツと日本、違うようで同じところ、本当に違うところ

さてもう一件、昨日(1/12)の日経新聞朝刊のコラム「核心」に平田育夫氏が登場しておられたわけです。お題は「ドイツとどこで差がついた?―痛みを先送りせぬ志」となっておりますな。
まずはドイツ企業が経営改革に熱心に取り組んだという話がきて、続けてこう書かれています。

…だが労働組合が強いドイツでは、社会保険負担を含む高い人件費や解雇規制が経営改革を阻んでいた。
 そんななか2003年にシュレーダー首相は構造改革に着手する。この人は左派、社会民主党の党員なのに、労働者に受けの悪い政策ばかり。失業保険の給付期間を短くし、健康保険で患者負担を求め、年金給付の伸びを抑えた。
 さらに社員10人以下の小規模企業での解雇を容易にする。社会保険の負担が減り解雇も容易になったので、企業は新規の採用を拡大。失業率は05年夏の11%台から最近では5%程度に下がっている。税収増と社会保障の改革で財政収支も改善した。
 シュレーダー政権はまた株式売却益への法人税を撤廃。これが企業の合併・買収や再編を容易にし、グローバル化や産業構造の変化への対応を助けた。
 日本でも同時期に、小泉政権が労働力の流動化策などの改革を議論し始めた。「日独の違いはこれらを着実に実行したドイツに対し日本では掛け声に終わったこと」と八代尚宏国際基督教大客員教授は言う。
 苛烈な改革を嫌われたシュレーダー氏は選挙に敗れ右派のメルケル氏と交代する。だが一連の改革は労働者を支持基盤に持つ左派政権だからできた面がある。ひるがえって日本の民主党政権は連合などの嫌う改革に関心が薄かった。
 メルケル政権は前任者の路線を引き継ぐ。日本の消費税に当たる付加価値税増税し、法人税を減税した。財政改善と競争力強化を狙ったものだ。
平成27年1月12日付日本経済新聞朝刊「核心」から)

この後は財政出動を否定してなにやら新自由主義礼賛めいた文章が続きますが、もちろんこれに同調する人も多いわけなので書いて悪いというわけではないでしょう。
そこで引用部分ですが、シュレーダー首相当時の改革(労働分野については首相顧問を務めたフォルクスワーゲン人事担当役員のペーター・ハルツ氏にちなんでハルツ改革と呼ばれる)については賛否両論あるものの、マクロ経済に関しては概ねポジティブな評価なのではないかと思われます。昨今のドイツ経済の好調についても「メルケルではなくシュレーダーの功績」という人もいるそうです。社会的な側面からは批判もあるようですが、それは主に不安定・低賃金労働が増加したことと格差が拡大したことで、新自由主義の立場からは「それが何か」という話かもしれません。
ただ労働分野についてその内容を具体的に見ていきますと、まず有期雇用契約についてはドイツでは基本的に正当事由が必要とされているところ、新規事業の立ち上げ後4年間は理由を問わず4年間までの有期契約を可能としたということで、わが国の規制もこの間緩和されていて(2003年改正で理由を問わず原則3年例外5年となり、反復継続5年の有期雇用が可能)、ドイツより緩やかなものになっているといえるでしょう。
派遣についてはドイツでは上限期間が段階的に延長されて最終的には撤廃(無制限)されている一方、原則として正社員と同額以上の賃金を支払わなければならないという均等処遇規制があるため、これまたこの間(1999年、2004年、2006年に改正)さまざまな規制緩和が行われてきた日本との比較は微妙です。
失業保険の給付期間の短縮も実施されましたが、実は日本でも2000と2003年(ハルツ改革の少し前ですが)の2段階で求職者給付の給付期間の短縮と給付率の引き下げが行われています。その後制度は紆余曲折があって第二セーフティネットの導入をはじめいろいろ変化しましたが、制度が大きく異なるので単純な比較は難しいにしても、全体的に見て日本のほうが失業者扶助においてドイツより手厚いという人は少ないのではないかと思います。
そして解雇については、記事にもありますが正確にはドイツではそれまで5人以下の企業では解雇保護法が適用されないとされていたところそれを10人以下に緩和したわけです。逆に言えば11人以上の企業には解雇保護法が適用されて合理性などが求められているわけです。もっともドイツでは解雇紛争が解決金で和解することも多いのですが、その水準は月給×勤続年数の全額ないし半額程度が相場ということです。
いっぽうでわが国はといえば、労働契約法が解雇に合理性相当性を求めているところではありますが、JILPTが2010年に発表した『労働政策研究報告書No.123 個別労働関係紛争処理事案の内容分析』(例のhamachan先生ほかによるレポート)をみると、従業員10人以下の小規模零細企業においては事実上解雇が自由に行われているというのが実情であり、さらに11人を上回って100人に近い規模の企業であってもかなり安易に解雇が行われている実態にあります。さらにそれを仮に労働審判などに持ち込んだとしてもさほど高額でない金額で解決しているケースが多く、ほとんどの場合は上記ドイツの相場を下回っているのではないかと思われます。つまりドイツではたしかに規制緩和が実施されたものの、実態としてはまだわが国のほうが個別的な解雇のハードルは低いということになります(整理解雇については別途の規制となりますがハルツ改革でここが規制緩和された形跡はなく(あるかもしれません。ご存知の方、ご教示ください)、やはり単純な比較はできませんがここでもドイツが日本より大きく緩やかであるとは言えないようです)。
もちろん、法人税や健康保険、年金などの分野ではドイツに較べると日本の実行度はかなり低いということに異論はない(健康保険・年金の絶対的な水準比較がどうなのかはちょっと自信がないのですが)のですが、とりあえず労働政策に関しては意外にも?日本が「労働者に受けの悪い政策」をやってこなかったとは言えないのではないかというのが私の結論です。例によって有識者の発言が断片的に引用されていて前後の文脈が不明なのですが、八代尚宏先生の「日独の違いはこれらを着実に実行したドイツに対し日本では掛け声に終わったこと」の「これら」はおそらく健康保険と年金を指しているのではないかと推測します(私は以前八代先生がそういう趣旨で日独を比較する発言をされたのを聞いたことがあります)。
まあ確かに民主党政権時代には労働政策のバックラッシュの動きもかなりあったので「進んでいない」という印象はありますが、実は(相当部分は小泉改革時代に)雇用分野の規制緩和は実行されているというのが事実ではないかと思います。