労働政策を考える(29)雇用形態による均等待遇原則

水道橋駅前を妙に聞き取りにくく何言ってるかわからない声の宣伝カーが通るのでなにかと思ったら世界経済共同体党でした。そりゃまあ何度も選挙に出ていて幸福実現党よりはるかに歴史はあるわけですし(規模は大差ですが)、街宣車とかあっても不思議ではないでしょうが、しかしどうして今頃やっているのかなあ。選挙近しという霊感でも感じられたのでしょうか。
さて余談はさておき「賃金事情」2613号(8月5・20日合併号)に寄稿したエッセイを転載します。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2011_08_20_H1_P3.pdf


 この6月に、厚生労働省の「非正規雇用のビジョンに関する懇談会」が発足しました。設置要綱をみると、非正規雇用については従来パート労働者、有期契約労働者、派遣労働者といった態様ごとに施策が講じられてきたところ、この懇談会においては、「呼称や態様を問わず広く「非正規雇用」を対象として、非正規労働者の雇用の安定や処遇の改善の観点から、公正な待遇の確保に必要な施策の方向性を理念として示す「非正規雇用ビジョン(仮称)」を策定することとする。」ということです。社会保障改革に関する集中検討会議に厚生労働省が提出した「社会保障制度改革の方向性と具体策」という資料にも、「非正規労働者の雇用の安定や処遇の改善に向けて、公正な待遇の確保に横断的に取り組むための総合的ビジョンの策定」との記述があります。
 第1回の懇談会に提出された「論点」という資料をみると、まず「そもそも「非正規雇用」とは何か(概念整理)」、続いて雇用の安定性、処遇、職業キャリアの形成、セーフティネットといった観点からの非正規雇用の問題点や課題が論点としてあげられています。その上で「非正規雇用をめぐる問題への基本姿勢」として「どのような働き方であっても、働くことが報われる社会、公正な見返りを得られるような社会を築くことが重要」との考え方が示されています。最後に「非正規雇用に関する施策の方向性」と、これは項目のみが示されました。
 これだけでは具体的になにをやろうとしているのかイメージしにくいのですが、7月に開催された第2回の懇談会の資料の中に労働政策研究・研修機構の「雇用形態による均等処遇についての研究会報告書」が含まれているのをみると、どうやら欧州諸国にみられる「正規・非正規労働者間の不合理な処遇格差を禁止する法制」をわが国にも導入してはどうか、という議論になるようです。
 具体的にはどういうものかというと、この報告書では、EU、ドイツ、フランス、イギリス、スウェーデンにおける「雇用形態による「均等待遇原則」」について整理されており、「非正規労働者の処遇改善の観点から、賃金を含む労働条件等につき、雇用形態(パートタイム労働・有期契約労働・派遣労働)を理由とする不利益取扱いを禁止するもの」であるとされています。これはあくまで「不合理な処遇格差の是正」を意図したものであり、「客観的(合理的)理由があれば許容される」ものとなっています。格差の理由が客観的・合理的か否かの判断は「勤続年数、学歴、資格、勤務成績、技能、生産性、移動可能性」などが広く考慮されており、勤続年数については勤続による職業能力向上の観点から、通常、使用者の立証を要しないとされ、残業や転勤の有無といったものについては、それらが職務遂行に重要であることを使用者が立証しなければならないとされているようです。
 つまり、性別、人種、宗教、信条などを理由とする差別的取扱いを禁止する「人権保障に係る「均等待遇原則」」が比較的厳格に考えられているのに対し、「雇用形態による「均等待遇原則」」は合理的理由があれば格差が許容される、非正規労働者に対する優遇は認める、間接差別は禁止しないなど、緩やかな規制であることに特徴がありそうです。
 わが国でも、すでにパート労働法には類似の規定があります。同法の第8条では「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」、すなわち業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、残業・休日出勤や配置転換、転勤の有無といった働き方が通常の労働者とまったく同じで、かつ期間の定めのない労働契約を締結している(有期労働契約の反復更新でこれと同視すべき場合を含む)短時間労働者については差別的取扱いを禁止しています。これは、「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」については格差が許容されるような「合理的理由」はない、と読むことも可能でしょう。現実には、所定労働時間が8時間であることは6時間であることに較べて特別の価値が本当にないのかと言われれば疑問もなくはないでしょうが、しかしそれは待遇の格差の理由とできるほどには大きくない、という法改正をしたわけです。
 さて、報告書はこれについて「雇用形態に係る不利益取扱い禁止原則は、雇用形態の違いを理由とする異別取扱いについて、その客観的(合理的)理由につき使用者に説明責任を負わせることで、正規・非正規労働者間の処遇格差の是正を図るとともに、当該処遇の差が妥当公正なものであるのか否かの検証を迫る仕組みと解することができる。このような仕組みは、正規・非正規労働者間の不合理な処遇格差の是正及び納得性の向上が課題とされている日本において、示唆に富むものと考えられる」と述べ、パート労働者にとどまらず、あらゆる非正規労働者を対象に包括的に雇用形態に係る合理的理由のない不利益取扱いを禁止することを強力にプッシュしています。やはりパート労働法ではすでに、短時間労働者から求めがあれば使用者は待遇の決定に当たって考慮した事項について説明しなければならないと定められています(第13条)。
 しかし、わが国と欧州の労使関係、雇用慣行、労働市場などの実情は相当に異なっていることを考えると、これにはかなりの問題や弊害があるように思われます。
 欧州では、報告書にもあるように「職種・職務給制度が中心で、正規・非正規労働者いずれについても産業別に設定される協約賃金が適用されること等から、正規・非正規労働者間の基本給についての処遇格差をめぐる紛争は、あまりみられない」のが実情です。これに対し、わが国においては長期雇用のいわゆる正社員については職能給などが主流であり、多くは有期契約である非正規労働においては職務給が主流です。こうした賃金制度の違いは当然人材活用の仕組みや運用の相違を反映しています。そもそも企業としては、有期契約とする以上はいずれ状況によっては(それが稀な事情であっても)契約を更新せずに雇止めすることはあり得ると考えているわけですから、事実上定年までは雇用しますと約束している長期雇用とは本質的な部分で異なります。契約の期間の定めを有無を理由とする格差は、契約更新を反復して事実上期間の定めのない契約と同視すべき場合を除けば常に合理的であると考えるよりないでしょう。
 このような無用な規制を設けることは、無視できない弊害をもたらします。 たとえば、パート労働法改正後に一部の業界・企業で現実に起こったように、企業は「処遇の差が妥当公正なものである」ことを明確にするために、正規労働者と非正規労働者の業務や職域などを明確に区別しようとするかもしれません。これは結果的に非正規労働者の勤続の短期化や、低付加価値業務への固定化などをもたらし、雇用の安定や処遇の改善とは逆行する結果をもたらすでしょう。また、紛争の増加も実務的には懸念されるところですし、他にも心配な点はあります。
 もちろん、格差があるのは合理的だが、大きすぎて不合理だ、という話はあるだろうと思います。ただし、これについてはわが国の実情を考えれば均等ではなく均衡、バランスの問題として考えるべきだとの結論がすでに出ており、労働契約法第2条2項で労働契約の原則として定められてもいます。理念規定で実効性が乏しいという指摘もありますが、しかしこれは労使交渉などを通じて改善をはかっていくべきものではないでしょうか。
 非正規労働者の処遇を改善したいとの善意はよくわかりますし、それが社会的に問題視される中でなんらかの手立てを打ちたいという事情も理解できるものです。しかし、他国の例を無批判に持ち出し、実態に合わない規制を設けて企業にそれを強制しようとすると、かえって逆効果になりかねません。非正規労働者の処遇改善については、非正規労働者のスキルを向上させ、キャリアを伸ばすことを通じて雇用の安定や労働条件の向上を実現していくのが正論であり、それを阻む法規制などがあるのであればその改正をはかるのが正しい取り組み方ではないかと思います。