労働政策を考える(28)震災後の雇用対策

「賃金事情」2611号(2011年7月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。1次補正の説明なので今となっては激古です。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2011_07_05_H1_P3.pdf

 3月11日に発生した東日本大震災は、雇用面でも被災地に大きなダメージを与えました。5月2日に成立した平成23年度第1次補正予算と「東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律」には、雇用対策も多く含まれています。
 総額では1兆1千億円を超える規模ですが、その大半を占めるのが雇用調整助成金の拡充で、労働保険特別会計で7,269億円が計上されています。大きな内容としては2点あり、ひとつは支給限度日数の再起算、すなわち過去に雇用調整助成金の支給を受けた事業主においても5月2日から1年間に開始した休業等については過去の受給にかかわらず最大3年で300日の助成を受けることができるというものです。もうひとつは、この7月から撤廃が予定されていた休業対象者の緩和の暫定措置(被保険者期間6ヶ月未満の労働者についても助成対象とする)措置を継続するというものです。いずれも被災地域の事業主およびこれらと一定規模以上の経済的関係のある事業主が対象となります。雇用調整助成金制度は一時的な事業縮小の際の雇用維持を助成するものであり、被災企業が復旧すれば再度就労可能な人についてはこれを拡充・活用して雇用維持をはかることは理にかなっているといえそうです。
 もうひとつ規模が大きいのが雇用保険の延長給付の拡充で、労働保険特別会計で2,941億円が計上されています。これは被災により離職・休業を余儀なくされた人については、再就職が困難と考えられる特定受給資格者・特定理由離職者が受けることができる原則60日の個別延長給付をさらに原則60日延長するというもので、補正予算ではなく「東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律」で措置されました。被災にともなう離職・休業が長期化する可能性が高いことに対する対応と思われます。なおこの法律ではほかにも、特定被災区域の事業主で賃金の支払に著しい支障が生じている等の場合、労働保険料及び一般拠出金の免除ができることとされています。
 注目されるのは、一般会計で500億円が計上された重点分野雇用創造事業の拡充です。これは2009年末の「明日の安心と成長のための緊急経済対策」で各都道府県に1,500億円の基金が創設されてスタートしたもので、その後2回にわたって拡充されて3,500億円規模となっていました。これを財源に、介護、医療、観光、環境・エネルギーといった今後の成長分野と期待される分野の事業を各地方公共団体が民間企業等に委託し、雇用を創出しようというものですが、今回これをさらに500億円積み増し、「震災対応事業」として、被災した失業者の雇用機会を創出する事業を実施することとされました。
 具体的には、被災地におけるがれきの片付けや流出した漁具の回収、高齢者の住宅の片付け、施設の清掃等の復旧活動や、花壇づくりや農水産物の復興PR、コミュニティビジネス支援、観光地のPR、観光ガイドといった復興に向けての事業、被災者自身による避難所や仮設住宅等での飲食の配膳、清掃、食料・資材の調達・運搬、安全パトロールや子どもの一時預かり、あるいは義援金給付事務補や支援物資の仕分け・梱包・配送といった震災対応行政事務の補助といった事業を、自治体が直接、あるいは企業やNPO、商工会、農協お漁協等に委託して、被災により離職・休業している被災者を雇用して実施する、というものです。5月31日現在で岩手・宮城・福島の3件で20,000人の雇用が創出される見込みとのことで、単純計算すれば20,000人で500億円ですから一人250万円で、もちろんすべてが賃金に回るわけではなく、また雇用ももっと増えるものと思われますが、しかし被災し離職・休業している人にとっては貴重な収入となりそうです。
 このような、被災者みずからが復旧・復興のために働き、それにたいして対価を支払う支援プログラムはキャッシュ・フォー・ワーク・プログラム(cash for work program、労働対価による支援)と呼ばれており、大災害後に物流が回復して物資は行き届いているが、被災者がそれを購入するための手元資金が不足している状況で特に有効とされており、海外では大災害時に活用された事例もあるそうです。他人からの施しで収入を得るのではなく、自ら就労して賃金を得ることで被災者のプライドが維持でき、「役に立っている」という効力感や将来への希望の源泉になるといった人道上の意義も強調されています。わが国ではあまり行われてきませんでしたが、今回の大震災ではすでに複数の自治体やNPOなどの組織が先行してこうした取り組みを進めており、今回の一次補正ではそれを行政が組織的に展開しはじめるという見方もできるでしょう。事業によっては安全確保など課題もありますが、どのような成果があがるか注目したいと思います。
 そのほかを見ると、高年齢者や障害者など就職が特に困難な人を安定的に新規雇用した事業主に支給される特定求職者雇用開発助成金(原則大企業50万円、中小企業90万円)を拡充し、被災離職者や被災地域居住の求職者も対象とすることとされており、労働保険特別会計に63億円が計上されています。また、ハローワークの就職支援ナビゲーターを175人、求人開拓推進員を30人、相談員を949人増員することによる職業相談・求人開拓・雇用保険事務の強化、震災により破損した庁舎・施設等の復旧工事、職業転換給付金、職業訓練受講時の訓練手当といった手当の支給、ジョブサポーターの100人増員・被災学生等支援就職面接会の開催といった新卒者就労支援、被災者に対する公共職業訓練の拡充や訓練費用の免除といった被災者に対するさまざまな就労支援策として、一般会計13億円、労働保険特別会計133億円の計146億円が計上されています。
 さらに、被災労働者、復旧工事従事者等の労働条件確保対策ということで、労働保険特別会計に211億円が計上されていますが、その大半(149億円)は震災に伴う企業倒産に対応した未払賃金立替払の請求促進、迅速な支払にあてるとされています。そのほか、被災労働者への健康診断の実施、労災保険給付等の請求促進、迅速な支払等があげられています。
 内閣府の試算によれば、今回の一次補正による雇用面での効果は、雇用創出20万人強、雇用下支え150万人強、合計175万人程度とされています。これを見ても、一次補正は復旧支援のために、当面の対策としてなるべく失業を出さないこと、離職や休業を余儀なくされた人の生活を支援することが眼目と思われ、したがって今現在やれそうな支援策はとにかくやろう、といったものになっているものと思われます。こうした非常自体下においてはそれが必要なことなのかもしれません。
 その後の復興については、すでにさまざまな意見も表明されており、今後取り組みが本格化していくものと思われます。被災地における雇用の拡大、被災者の雇用の安定と労働条件の改善につながる、適切な施策が立案され実施されることを期待したいと思います。