労働政策を考える(26)労組法上の労働者性

「賃金事情」2067号に寄稿したエッセイを転載します。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2011_05_05_H1_P3.pdf
当初弁論が行われたので高裁判決は覆るであろうということで書いたのですが間抜けにも締切=入稿日の数日後に最高裁判決が出て初校で大幅に直すことになり編集の方にたいへんにご迷惑をおかけしました。ちゃんと調べて書きましょうねえ。
ということであわてて書き直したせいで「両判決とも2009年に中労委がソクハイ事件の命令で示した基準を援用している」などという不適切な記述をしてしまいました(新国立劇場事件はCBC管弦楽団事件に近い)。反省。

 2004年、プロ野球オリックス・ブルーウェーブ近鉄バファローズの合併の際、これを一方的に進めようとしたオーナーサイドに日本プロ野球選手会が反発し、ついにストライキが決行されたことがありました。選手会労働組合であり、プロ野球選手が労働者であることを世に示した事件でした。
 いっぽうで、プロ野球選手は年俸契約で、中には数億円という高額の年俸を得る選手もいます。残業代を受け取っているという話は聞いたことがありませんし、試合中に負傷するなどしても労働災害にはなりません。統一契約書の文面を見ても球団に雇われて働いているのかどうかは判然としませんし、税法上は個人事業主として扱われる(実際、1997年には多数のプロ野球選手が関与する脱税事件が発覚して社会問題になっています)ことになっています。こうした実態からは、プロ野球選手を労働者、選手会労働組合というのには違和感もあるかもしれません。2004年にもオーナーサイドの一部にはそうした意見もありましたが、選手会は自らが労働組合として団体交渉を求めうる立場にあるとして東京地裁・東京高裁に申立てを行い、裁判所も選手会を支持しました。
 労働基準法第9条が「労働者」を「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と定義しているのに対し、労働組合法第3条は「労働者」を「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によつて生活する者をいう。」と異なる定義をしています。つまり、労組法の定義は必ずしも「使用され」「賃金を支払われ」ることを要せず、たとえば失業者や家内労働者なども包含した、より幅広い概念となっているわけです。これは労働基準法が最低基準を規制することで労働者の保護を意図しているのに対し、労働組合法が労働組合結成および団体交渉の促進を意図しているという目的の違いによるものと考えられ、プロ野球選手も失業者などと同様、労働基準法上の労働者ではないが、労働組合法上の労働者ではあると解されていることから、冒頭のような状況になりました。
 さて行政の労組法コンメンタールをみると、労働組合法上の労働者性については「他人に使用され、労働を提供し、その対価である報酬(賃金、給料、手当等その名称のいかんにかかわらない。)によって生活する者は、本法上の労働者である。したがって、単に雇用契約によって使用される者のみに限定されず、組合契約、請負契約、委任契約等によって労働に従事する者であっても、他人との間において使用従属の関係に立ち、その指揮監督のもとに労務に服し、労働の対価として報酬を受け、これによって生活する者は「労働者」である。」となっており、名称の如何にかかわらず実態をふまえて判断すべきものとされ、また、使用従属関係が希薄であっても、団体交渉によって待遇などの維持改善をはかるのが適切である場合には労組法上の労働者に含めるべきと解されています。学説の多くもこれを支持し、労働委員会においてもこの考え方を適用して幅広く救済を行ってきました。裁判所においても、1年有期の自由出演契約を放送局と締結しているオーケストラの楽団員について、実態判断で労組法上の労働者性を肯定した最高裁判決があります(CBC管弦楽団事件、最1小判昭51.5.6)。
 ところが近年、新国立劇場事件、INAXメンテナンス事件、ビクターサービスエンジニアリング事件など、契約の形式的側面を重視して労組法上の労働者性を否定し、中労委の救済命令を取り消す高裁判決が相次ぎました。これらはいずれも上告され、一部はすでに最高裁の判断が示されています。
 このうち、INAXメンテナンス事件では、同社とINAX製品の修理補修業務の委託契約を締結しているカスタマーエンジニアの労組法上の労働者性が争われています。大雑把な概略をみると、まず中労委は、同社がカスタマーエンジニアを顧客との関係において同社の従業員として取り扱っていること、カスタマーエンジニアとして契約内容を一方的に受け入れざるを得ず、報酬も個別交渉で決定する余地がないこと、自らの裁量で行うことができるのはせいぜい顧客への訪問スケジュールの調整程度であること、業務マニュアルが詳細に規定されていること、従業員と同様の人事考課が行われていること、業務依頼を断るのはごく例外的であること、報酬は考課による格差や休日業務への加算が存在し労務対価性が認められることなどを指摘して、労組法上の労働者性を肯定しました。
 これに対し東京高裁は、個別的業務委託に対してカスタマーエンジニアが自らが事業者として行う修理補修等の業務を行うとの理由で拒絶することが認められること、受注した業務を実際にいついかなる方法で行うかは全面的に委ねられていること、独自に営業活動を行い、収益を上げることが認められていること、したがって自らが事業者となる業務の営業活動を重視するか、同社からの発注を積極的に受注するかの選択が可能であることを指摘し、カスタマーエンジニアは業務の依頼に対して諾否の自由を有し、業務の遂行に当たり時間的場所的拘束を受けず、具体的な指揮監督を受けることもなく、報酬は行った業務の内容に応じた出来高であり、その基本的性格は業務受託者でありいわゆる外注先とみるのが相当としました。その上で、発注連絡時間が定められている、制服の着用等が求められ、業務終了後は各種の報告をしなければならず、研修やエリア会議の出席が求められる、会社の認定制度やランキング制度により報酬額が左右されるなどの諸点については基本的業務委託契約の受託内容による制約にすぎないとし、同社とカスタマーエンジニアとの関係はその基本的部分において法的に使用従属関係にあると評価することは困難としました。
 この高裁判決に対しては、契約の形式的内容を重視しすぎ・実態を軽視しすぎで適切でないというのが学界の多数説のようで、こうした判断をとればプロ野球選手もCBC管弦楽団事件も労組法上の労働者性を失うとの指摘もあります。ただ、実態としてはカスタマーエンジニアも多様であったらしく、現実にINAX製品以外の修理補修も自営業者として手がける「町の水道工事業者」といった人もいる一方で、全面的に同社からの発注に依存した専属的な人も多かったようです。この事件の発端となったのも、同社からの発注以外の仕事も多数行う業者が、同社の発注に対して同社指定でない部品を使用した結果不良工事となり、顧客からのクレームが発生したため契約を解除したところ、当該業者が合同労組に加入して団交を求めたという経緯であり、こうした事情が裁判所の心証に影響を与えた可能性は否定できないように思われます。
 この事件と新国立劇場事件については、4月12日に最高裁の判断が示されました。判決はカスタマーエンジニアが事業の遂行に不可欠な労働力として同社の組織に組み入れられていたこと、その契約内容は同社が一方的に決定していたこと、その報酬は時間外手当相当額が加算されるなど労務の提供の対価とみることができることなどを指摘し、労組法上の労働者性を認める逆転判決となりました。
 新国立劇場事件においてもやはり同様のロジックで労組法上の労働者性が認められました。学界では妥当な判断として歓迎されているようですが、両判決とも2009年に中労委がソクハイ事件の命令で示した基準を援用しているのが目をひきます。今後これが判断基準として定着するのか、続くビクターサービスエンジニアリング事件などの最高裁判決が注目されます。