生駒俊樹編『実践キャリアデザイン』

「キャリアデザインマガジン」100号に掲載した書評を転載します。

実践キャリアデザイン―高校・専門学校・大学

実践キャリアデザイン―高校・専門学校・大学

 「多摩地区高等学校進路指導協議会」という団体をご存知だろうか。その名のとおり多摩地区の国・公・私立の高等学校約120校が参加し、進路指導に関わる情報交換や実践報告、企業・大学のヒヤリング・見学などを行う研究会を、50年近く(!)にわたって毎週(!)継続しているという。まことに驚くべき勤勉さだが、編著者の生駒俊樹氏は長年にわたってこの会の事務局長を務め、自身も進路指導の実践を蓄積してきた。
 進路指導にはこのように長い歴史があるわけだが、90年代後半の「就職超氷河期」を境目に、その役割や期待は大きく変化した。もちろん、新卒就職を果たせなかった人は従来からいたし、将来の夢を実現するためにあえて時間的・空間的な自由度の高いアルバイトなどの働き方を選択する人もいた。新卒就職後三年の退職率(中卒7割・高卒5割・大卒3割=いわゆる七五三)も実は長期的にそれほど変動していない。その一方で、不本意ながら新卒で正社員就職ができない、あるいは正社員就職しても退職し、その後正社員として再就職できない若年者が増加した。その多くは非正規雇用での就労となり、雇用が不安定なだけではなく、技能蓄積やキャリア形成が進みにくく、したがって労働条件も向上しにくいという問題を抱えた。あるいは、就労もせず、教育訓練も受けないという状況に追い込まれる例も増加した。こうした中で、まず正社員就職させること、さらに容易に退職させないこと、そのための指導や教育が強く要請されるようになった。
 とはいえ、それが極めて困難な営みであったことも想像に難くない。確立された手法があるわけではなく、試行錯誤を余儀なくされただろうし、他方にはさまざまなツールを売り込んでくる業者やコンサルタントもいる。それらには有益なものも多いだろうが、しかし彼らは結果に責任を持つわけではない。
 この本は、編著者自身の高校・大学それぞれでの経験を含めた、進路指導・キャリア教育の実践事例集と言ってよいだろう。副題にあるように、第1部が高校、第2部が専門学校、第3部が大学にあてられていて、高校については実践事例が2例とハローワーク所長からのヒヤリング記録、専門学校は実践事例が2例、そして大学については実践事例が3例と研究者による解説記事が2本という構成になっている。
 とりわけ興味深いのが、実践事例の紹介であることは言うまでもない。専門学校はもとより、高校・大学もそれぞれに個性を有する学校において、その個性に応じたキャリア教育が行われているようすを、具体的な生の事例を交えながら紹介している。文体は書き手の個性が現れつつもおしなべて抑制的だが、しかし実践の背後にある苦心は窺われて余りあるし、個別事例の一般化には慎重であるべきだが、しかしその見解には説得力がある。いずれの事例もさらに詳細・多数の具体例を知りたいと思わされるし、実践者の苦闘振りをもっと伝えてほしいとも感じさせられるが、それはコンパクトな本なので致し方のないところなのだろうか。
 逆に、コンパクトにまとめられているだけに、進路指導担当教諭やキャリアセンターのスタッフが多忙の中を縫って通読し、さまざまなヒントを得るには好適といえるのだろう。また、非常に読みやすい本だけに、進路指導やキャリア教育を受ける側である学生や保護者にも一読をすすめたい。指導する側の考え方や努力を周知した上で指導を受けることは、その効果を大いに高めるのではないかと思う。
 最後に私個人の感想を述べると、民間企業の一人事担当者として、進路指導・キャリア教育に携わる人たちの熱意と苦心をこの本を通じて再確認し、こうした苦労を通じて送り込まれた新入社員をしっかり育成し、定着させていきたいものだとあらためて感じた。同業の諸氏にもぜひ手にとってもらいたい本だと思う。