世代を超えたキャリア形成を目指して

1日開きましたが日本キャリアデザイン学会研究大会の感想の続きを。23日の後半はB-1セッション「世代を超えたキャリア形成を目指して」に参加しました。実はそれほど関心があったわけではないのですが、ファシリテータを仰せつかっていたので選択の余地がありませんでした…なぜ私が。まあ私は学者でも教員でもないので、なにか割り当てようとすると消去法でこれになってしまうのかもしれませんが、しかしなにもしなくてもいいんですが…。
さてこのセッションは研究報告が3本ありまして、最初は山陽学園大講師の神戸康弘先生の「欧米における仕事の精神性研究の現状と課題」という報告でした。近年、欧米(特に米国と見受けました)の経営学研究では「スピリチュアリティ(精神性)」という概念が注目されているとのことで、この8月に開催された全米経営学会でも数多く取り上げられたことが報告されました。どことなくオカルトめいた響きのある言葉ではあるのですが、内容的には精神性の高い企業の特徴としてたとえば「目的意識の高さ」「個人の成長を促進」「信頼と開放性」「権限委譲」「感情表現に対する寛容さ」をあげている研究があるそうです。
人事管理論との差異化としては、死生学とか「ゾーン体験」「フロー体験」といった概念を取り込もうとしているとのことで、いまひとつピンとこないものがあります*1が、そこは研究のフロンティアというのはそういうものなのでしょう。まあこの報告自体が「米国における最新の研究動向の紹介」という性格のもので、私自身はこの報告(正確にはその事前審査)ではじめてこの概念を知ったので、耳学問としては勉強になりました。
続いて大手前大学講師の坂本理郎先生による「若年層のキャリア形成を支援する人間関係に関する研究」と題する報告で、これは従業員約850人の中堅企業の過去3年間の大卒新入社員全員(35人)についてインタビュー調査を行い、初期キャリア形成を明らかにしようというもので、少なくとも来年、再来年も実施することが決定しているそうです。いわばインタビューのパネルデータができるわけで、まことに勤勉な話です。
結果を概観すると、成長度の高い若手は企画や開発に従事し、多様で緩やかな人間関係を形成しているのに対し、従来型の営業や製造に従事する若手は職場内の限定された濃密な関係性を持ち、中でも成長度の低い若手は人間関係が希薄であるという傾向がみられたとのことです。
まあ納得のいく結果ではあるのですが、人事評価と成長度の評価とがよく一致しているとのことで、現時点での能力・業績で成長度を判断しているように思われます。もちろん、新入社員時点ではなんの仕事もできないからゼロの横一線だと考えればそれでいいのでしょうが、現実にはやはり最初の仕事をやらせてみた段階で能力の差というものは歴然としており、とりわけこうした規模の企業では新入社員の多様性も高いのではないかと思われる(根拠なし)わけで、「最初はぱっとしなかったけれど大きく伸びた」「最初は期待したけれど思ったほどではない」といった違いを考慮に入れないと実態に合わないのではないかという印象を受けました。
最後は北海道医療大学准教授の長谷川聡先生が「団塊世代以降の退職後社会生活の価値観とイメージに関する考察」と題して報告されました。報告者ご自身も指摘されておられましたが、高齢者はすでにキャリアの大半を終了しており、過去のキャリアの研究対象とされることは多い一方で将来のキャリアについては関心を持たれにくい傾向があり、したがって聴講者も少なかったのですが、逆にいえば貴重な研究ともいえるわけです。実際、この報告でも団塊世代に較べてそれ以降の世代はボランティア活動への指向が弱まっており、現行のボランティア支援重視の政策には疑問もあるなどといった興味深い知見とインプリケーションが含まれておりました。
また、この報告は(財)健康・生きがい開発財団が認定する健康生きがいづくりアドバイザーを対象に行ったアンケート調査という非常にめずらしいデータに基づいており、その点でも興味深いのですが、いっぽうで特有のバイアスが含まれている可能性があることにも注意が必要と感じました。
全体を通じて、本セッションのコメンテータを務められた山口憲二新島学園短大教授による適切なコメントもあって質疑応答も活発で、また報告者にはタイムキープにご協力いただき、ファシリテータとしてはたいへんありがたいセッションとなったため、私でもなんとかつつがなく終了させることができました。みなさまに御礼申し上げます、ってまあ見てないと思いますが。
さてその後は総会となり、続いて再任された川喜多喬会長(法政大学経営学部教授)の講演となりました。川喜多先生は例によって豊富な知識と見識を縦横無尽に駆使し、関係分野の研究者、実務家が学際的に糾合してキャリアデザイン研究に取り組むことの重要性を訴えられました。会長講演ということもあってか過激な川喜多節は抑制されておられるようでした。
なお交流会は乾杯のご発声はだれがやるかとか中締めのあいさつをするかしないかとかその場でバタバタしましたがまあこれは通常の宴会ノウハウの範囲内なのでとりあえずこなしました。こちらもご協力いただいたみなさまありがとうございました、って見てないって(笑)。
翌日もキャリアデザインに関連する文部科学、厚生労働、経済産業の3省の官僚を招いて研究者と討論するシンポジウムをはじめ、野心的で充実した企画となっていたのですが、所用で参加できずまことに残念でした。ウェブサイトなどで概況が公開されるといいのですが…。

*1:神戸先生は精神性の高い企業としてサウスウェスト航空をあげておられましたが、これはビジネススクールの人事管理論のテキストの常連ですし。