労働政策を考える(18)求職者支援制度

「賃金事情」2591号(8/5・20合併号)に寄稿したエッセイを転載します。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2010_08_20_H1_P3.pdf

 現在、厚生労働省労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会において、求職者支援制度の創設が検討されています。この2010年2月に議論がスタートし、おそらくは年内一杯くらいの取りまとめがはかられるものと思われます。中心的な内容は、失業給付を受給できない人が職業訓練を受ける場合の生活支援となっています。
 これまでの経緯をみると、2008年、国際的な原油価格や食糧価格の高騰、サブプライムローン問題などによって日本経済は厳しい局面に立たされ、その中で前職が非正規雇用などで失業給付を受給できない失業者の存在が問題視されるようになりました。同年8月に政府は「安心実現のための緊急総合対策」を打ち出し、その中の「ジョブ・カード制度の整備・充実」の一環という形で「訓練期間中の生活保障給付制度」が2008年11月に創設されました。これは失業給付と生活保護との間を埋める「第二のセーフティネット」とされ、失業給付を受けられない失業者に対して教育訓練を受けている期間の生活費(月10万円)を貸し付け、再就職など一定の要件を満たせば返済を免除するという形でスタートしました。
 当初は対象者がかなり限定されていましたが、その後リーマン・ショックを受けて雇用失業情勢が急速に悪化し、政府は相次いで総合経済対策を打ち出しました。それにともない、この制度も「生活対策」「生活防衛のための緊急対策」を受けた2009年1月には貸付額の引上げ(月10万円→12万円)や離職した派遣労働者等への適用拡大などを、同年2月にはアルバイト禁止要件の見直し(年200万円まで可)などを、同年5月には対象となる訓練の拡大(公共職業訓練受講者)などを行い、次々と拡充がはかられました。
 さらに、これに先立つ同年4月に打ち出された「経済危機対策」では「緊急人材育成・就職支援基金」による職業訓練、再就職、生活への総合的な支援が盛り込まれました。中央職業能力開発協会に3年間で7,000億円という基金が設定され、同年7月にはこれによる「緊急人材育成支援事業」がスタートし、「訓練・生活支援給付」と「訓練・生活支援資金融資」の両制度が創設されました。前者は失業給付を受けられない人が公共職業訓練等を受講する場合、その期間中に単身者月10万円、有扶養者月12万円が(従来制度のような貸付ではなく)給付されるという制度で、後者はさらに希望する場合には単身者は月5万円まで、有扶養者は8万円までの融資を上積みでき、かつ訓練修了6か月後までに6か月以上の雇用が見込まれる就職をした場合には貸付額の50%に相当する額の返済が免除されるという制度です。
 さて、これらの制度がスタートした翌々月の2009年9月に総選挙が行われ、民主党を中心とする新しい連立政権が誕生しました。そして、その年末に新政権が打ち出した「明日の安心と成長のための緊急経済対策」には「非正規労働者や長期失業者等に対し、職業訓練とその期間中の生活保障を行う求職者支援制度の創設に向けた検討」が盛り込まれました。これは、現行の「緊急人材育成支援事業」が3年間の時限的なものであるのに対して、恒久的な制度を構築しようとするものとされています。これを受けて、冒頭でご紹介した雇用保険部会での議論がはじまったわけです。
 もともとの制度導入以来、現実に対処しなければならない失業者が存在する中で、緊急的に制度が拡充されてきたという感があり、制度の位置づけや整合性といった面は後回しにされてきた感があります。緊急措置として時限的に実施するならそれでも問題は大きくないでしょうが、恒久化するとなるとそうもいきません。
 そもそも、この制度自体がどのような性格のものになるのかが大問題で、再就職支援のための訓練費用の助成という雇用政策的な給付とするのか、失業して困窮している人が再就職するまでの生活を支える福祉的な給付とするのか、それによって制度のあり方が大きく変わってきます。
 一応これについても根本から議論されているようではありますが、雇用保険部会で議論されているということ自体、すでに前者の結論が予定されているとみることもできます。この場合、雇用保険特別会計を財源として、雇用政策的な給付とすることになるでしょう。となると、たとえば現行制度では雇用保険料を一切負担していない新卒未就職者なども緊急避難的に対象となっていますが、新制度でこれらの人たちまで対象とすることには公平性の観点から疑問が残ります。また、現実問題として再就職の可能性が比較的高くなく、就労が期待できる期間も長くない高齢者の教育訓練に費用をかけるのは必ずしも賢明な支出であるとはいいがたく、60歳未満、あるいは65歳未満といった年齢制限も現実的な検討事項となるでしょう。また、当然それなりの再就職実績が上がるような仕組みにすることも求められるわけで、現行の緊急人材育成・就職支援基金による基金訓練修了者の再就職率が6割を切っているという現状は、再就職した人の中には必ずしも訓練とは関係のない仕事に就いた人もいることを考え合わせると、問題なしとはなかなかできないでしょう。
 むしろ、この制度については文字通り「第2セーフティネット」として考え、福祉的な給付として整理したほうがわかりやすいのではないでしょうか。この場合は一般財源によることになるため、その確保が課題になるでしょうが、生活保護を受けるほどではないが失業が長期化して困窮している人を救済する制度であれば、新卒未就職者や高齢者を給付対象とすることも難しくありません。再就職実績をうるさく問う必要もないでしょう。
 もっとも、どのような考え方をとるにしても、就労促進的な制度としていくことは必須でしょう。諸外国の中には、手厚い貧困救済策がとられているがために、低所得者が就労して所得を得るインセンティブが働きにくく、結果として貧困のままに固定されてしまうという問題を抱える国もあるといいます。この制度においても、訓練を受けていれば比較的高い水準の給付が継続的に受けられるとなると、再就職せずに訓練を受け続けたほうが楽で有利だと考える人が出てくる危険性があります。現行制度は3年の期限付きということもあってか、この制度のリピーターを出さないようなしくみは考慮されていないように思われます。
 したがって、どのような制度にするにしても、給付に職業訓練ハローワークでのカウンセリングなどを組み合わせることは必須だろうと思われます。それだけではなく、たとえばハローワークからの紹介を3回断ったら対象から外れるといった制度にすることも考えられるかもしれません。給付水準も、就労を阻害しないような水準にとどめることが必要でしょう。職業訓練を前提とする以上は再就職後に部分併給することは難しいでしょうが、受給期間が短かった場合には若干の一時金が支給される制度として早期再就職を促すことも考えられるかもしれません。
 この他にも、給付水準は地域による生計費の違いを考慮すべきか、給付対象とする訓練の範囲をどうするか、給付対象者の年収や資産などにどのような要件を設けるかなど、親が健在な若年の単身世帯主をどう考えるかなど、さまざまな課題があります。予断を持たず、十分に慎重な検討をお願いしたいと思います。