労働政策を考える(16)障害者雇用

 またまた連載中断となりますが、なにかとスケジュールが押していて書く時間がとれず、とりあえずお蔵出しでしのぐことにします。本日は賃金事情2587号(6/5号)に寄稿したエッセイです。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2010_06_05_H1_P3.pdf


 障害者雇用

 この4月から改正障害者雇用促進法が段階的に施行されており、とりわけこの7月からは、障害者雇用納付金制度の対象事業主の拡大(常用雇用301人以上から201人以上へ)、障害者雇用率制度における短時間労働の取扱いの変更(週所定労働時間20時間以上30時間未満の労働者が0.5人カウントで対象となる)が行われます。また、今回の法改正によるものではありませんが、除外率の引き下げ(10%)も実施されます。障害者雇用の一段の拡大が期待されており、各企業には法の趣旨をふまえた前向きな対応が期待されています。
 これと並行して、現在、2006年に国連総会で採択(日本も2007年9月に署名、2008年5月に発効)された「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」の批准に向けた法改正の検討が、公労使の三者に障害者代表を加えた四者構成による労働政策審議会障害者雇用分科会で進められています。
 障害者権利条約は、その第4条で障害を理由とするいかなる差別もなしに、すべての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを締結国の一般的義務と定め、障害者に対する差別となる既存の法律、規則、慣習及び慣行を修正し、又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとることとしています。労働および雇用についてはその第27条に定められており、障害者が他の者と平等に労働についての権利を有するとした上で、「あらゆる形態の雇用に係るすべての事項に関し、障害を理由とする差別を禁止」「公正かつ良好な労働条件、安全かつ健康的な作業条件及び苦情に対する救済についての障害者の権利を保護」「適当な政策及び措置を通じて、民間部門における障害者の雇用を促進」「職場において合理的配慮が障害者に提供されることを確保」などが示されています。つまり、わが国がこの条約を批准するためにはこうした要請に対応した立法措置が必要であり、障害者雇用分科会ではそれに向けた検討が進められているわけです。
 この4月27日には「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する中間的取りまとめ」が発表されました。これを読むと、差別の禁止及び合理的配慮の提供について国内法制に位置づけることが必要であることについて異論はなかったとされています。条約を批准するためには必須のことですから、当然の結論ではあります。
 ここで重要になるのが「合理的配慮」です。たとえば、ある従業員がなんらかの事情によって障害者となり、従来どおり就労できなくなった場合を考えます。単なる差別禁止だけでは、この従業員が配置転換されて労働条件が低下したり、解雇されたりしても致し方ないということになりかねません。そこで、事業主に対して障害に応じた「合理的配慮」を求めることが必要となり、「障害者に対して合理的配慮を行わないことは障害を理由とした差別にあたる」という考え方が導入されるわけです(もちろん新規採用においても同様です)。したがって、その内容は業務内容や障害の程度など個別のケースによって異なるものとなりますし、事業主にとって過度の負担となる配慮を求めるものでもありません。障害者雇用分科会での中間とりまとめでも、合理的配慮は個々の労働者の障害や職場の状況に応じて提供されるものであり、多様かつ個別性の高いものであるので、法律では合理的配慮の概念を定め、具体的な配慮の内容等については、配慮の視点を類型化しつつ、指針として定めることが適当であること、事業主にとって配慮の提供が過度の負担となる場合には、事業主が合理的配慮の義務を負わないということについて、異論はなかったとされています。もっとも、指針などの具体的な内容については、相当の議論が必要となるでしょう。
 さて、わが国の障害者雇用促進法は第5条で「すべて事業主は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであつて」と定めるなど、社会福祉的な考え方に立脚しており、障害者雇用率制度も障害者雇用納付金制度もこうした理念によっていますが、これらと差別禁止とは相容れにくいという考え方があります。実際、米国では障害者雇用について「差別禁止+合理的配慮」という法制度があるだけで雇用率制度はありませんし、英国では1995年に障害者差別禁止法が制定された際に雇用率制度が廃止されました。ただ、障害者雇用の促進という面では、米国では障害が重いほど合理的配慮に多額の費用を要するため、就労が厳しくなりがちになることが深刻な問題になっていると聞きます。
 もっとも、大陸欧州では差別禁止と雇用率の双方を有する国も多く、国連の障害者権利条約も前述した民間部門における障害者雇用促進のための「適当な政策及び措置」について「積極的差別是正措置、奨励措置その他の措置を含めることができる」として、締結国の判断に委ねています。障害者雇用分科会の中間とりまとめでも、障害者雇用率制度は引き続き残すべきとの意見に異論はなかったとされています。
 ただ、雇用率制度は維持するとしても、その水準をどのように設定するかや、障害者雇用納付金制度のあり方などについては議論がありうるのかもしれません。現行制度は「事業主が平等に負担すべき」という社会連帯の理念を基本に、ダブルカウントや除外率といった政策的な調整が行われているわけですが、差別禁止・合理的配慮という理念が加わることで、それに沿った見直しを求める意見が出てくる可能性もあります。
 とりわけ注目されるのが、特例子会社制度をどう考えるかでしょう。この制度の導入の趣旨は「障害者雇用に特別の配慮をした子会社で障害者を集中的に雇用する場合、子会社を親会社と同一の事業主体と擬制し、そこに雇用率制度を適用すれば障害者雇用推進にかなりの効果が期待され、また、障害者自身にとつても能力を最大限に発揮する機会が増大することとなり、この法の目的にも合致する」(昭51.10.1職発447号)というものですが、障害者を特殊な環境のもとにおくものでノーマライゼーションの理念上好ましくないとの批判もあります。社会福祉の観点からは是認されうるが、差別禁止の観点からは容認しがたいとの意見もありそうです。とはいえ、厚生労働省が発表した平成21年6月1日現在の障害者の雇用状況をみると、特例子会社はすでに265社が認定されています。56人以上規模の民間企業(法定雇用率1.8%)に雇用されている障害者の総数が332,811.5人(重度ダブルカウント後)、前年比伸び率が2.2%なのに対し、特例子会社は13,306.0人(同)と、プレゼンスはそれほど大きくありませんが、前年比では1割以上増えており、全体を大きく上回る伸びを示しています。単に法定雇用率を達成する以上の社会的意義を意識して設立・経営されている特例子会社も多く、また、特例子会社では労働条件や職場環境なども比較的良好であることが多いとも言われています。こうした実態をふまえた現実的な議論が必要でしょう。
 障害者雇用分科会の中間とりまとめをみると、これらの他にも中小企業の取り扱い、公的助成のあり方、紛争解決のあり方など、さまざまな検討課題があります。署名からすでに2年半が経過していることを考えると、すでに対応が遅きに失しているのではないかとの懸念も理解できます。とはいえ、わが国の障害者雇用の現状を考えれば、さまざまな制度を差別禁止の理念で見直すことは障害者雇用の促進という面で心配もあり、時期尚早との感も否定できません。検討を急ぐにしても、それが拙速に陥ることのないよう、十分な議論を期待したいと思います。