南欧の労働規制緩和

少し古い話になりますが、日曜日の日経新聞から。経済危機のギリシャ、スペインが労働規制の緩和に動いているそうです。

 【パリ=古谷茂久】ギリシャやスペインなど南欧諸国が労働市場規制緩和に動き出した。硬直化している労働市場流動性を高め、失業率を下げることで経済を活性化する狙い。

 ギリシャ議会は12日、改正労働法を可決した。被雇用者の解雇や最低賃金に関する厳しい規制を緩める内容で、月内にも施行される見通し。
 従業員151人以上の企業について、1カ月間に解雇できる従業員数をこれまでの全従業員の2%以内から、改正法では5%以内にまで拡大する。従業員が20人未満の小企業では規制そのものを撤廃する。
 被雇用者に対する解雇通告も、従来の2〜24カ月前を変更し、1〜6カ月前へと短くする。労働需要の変化に応じ、企業が雇用を弾力的に調整できるようにする目的だ。このほか若者の採用を促すため、25歳未満の被雇用者に対しては、最低賃金を下回っても特例的に雇えることとした。
 スペイン政府は6月、労働市場規制緩和策を閣議決定し、下院を通過した。雇用者が従業員を解雇した際に払う法定の「解雇補償金」を減額するほか、労働時間や給与の自由度を高めることなどが柱となっている。
 同国政府は、企業が従業員を解雇する際に発生する資金負担の一部を支援するために新たな基金を設立する意向も示した。スペインの失業率は全体で20%、25歳以下の若年層は30%を超えており、これを下げることが経済活性化に不可欠となっている。
http://www.nikkei.com/paper/article/g=969599969381959FE3E4E2E7EA8DE3E5E2E5E0E2E3E29494EAE2E2E2;b=20100718

「1か月間に解雇できる従業員数は全従業員の2%以内」というのは、解雇の定義にもよりますがかなり硬直的な規制という感じです。1割の人員削減に半年近くを要するというのでは大幅な経営悪化には対応できないでしょう。
解雇通告についても2〜24か月ということですが、これはホワイトカラー限定で、勤続10年までは2年毎に1か月、それ以降は1年毎に1か月増え、最大24か月ということのようです。1年前、2年前の予告というのは現実的でないことが多いでしょうから予告手当に代えざるを得ないと思われますが、勤続17年で12か月、勤続29年で24か月に達します。日本の大手企業の希望退職には及ばないにしても、これが法定されているとなるとかなりの負担でしょう(OECD Indicators of Employment Protection、http://www.oecd.org/dataoecd/25/52/42746078.pdfによる)。
スペインの解雇保証金は「客観的な(アンフェアでない)」理由による場合は勤続1年毎に2/3か月で最大12か月、使用者がアンフェアと認める場合には勤続1年毎45日で最大42か月となっているようです。安全にやろうとすれば日本の大企業の希望退職における最高水準を支払わなければならないわけで、これまた規模の小さい企業にまで法定しているのはかなり硬直的と申せましょう(同、http://www.oecd.org/dataoecd/26/5/42746545.pdf)。
さて日本と比較してみたいのですが、どちらが解雇しやすいかといった議論をしはじめるとまた変なのが来る(笑)のでそうした評価はしません*1。このOECDの比較にしても一定の前提をおいての評価であって各国の運用実態や明文化されない社会的制約といったディテールの違いまでは反映しきれていないという限界はあるでしょう。
そのうえでこの2国と日本を較べてみると、正社員の個別の(indivisualな)解雇については日本がかなり限定的な合理性・相当性を求めることを中心に規制しているのに対し、ギリシャは解雇予告(手当)、スペインは金銭解決の金額を高くすることで規制しているという手法の違いがあるようです。OECDのクライテリアだと個別の解雇についてもギリシャやスペインは日本よりも雇用保護が強いという評価になっていますが、まあこのあたりは制度の違いをどう評価するかによって異なってくるわけで、日本の規制緩和屋さんたちは合理性・相当性を重視して、それが限定的すぎると言って批判しているわけです。
ただ、おそらく重要なのはこれが正社員の個別の(indivisualな)解雇の規制、つまり池田信夫先生とかのいわゆる「働きが給料に見合っていない中高年正社員を解雇せよ」といった類の解雇に対する規制であって、非正規労働や集団解雇に対する規制はまた異なるということです。日本では非正規労働に対するいわゆる「出口規制」は比較的緩やかであり、また4要素/要件を満たせば正社員の大規模な整理解雇も可能です。労使で協議して相当の割増退職金を支給したうえでの大規模な希望退職*2といった雇用調整も行われています。ギリシャの「1か月間に解雇できる従業員数は全従業員の2%以内」という規制はまさに集団解雇を直接的に規制するもので、したがって非正規労働と集団解雇を加味した雇用保護についてはOECDギリシャは日本よりさらに手厚いという評価をしています*3。実はスペインも同様に集団解雇の保護が手厚いという評価なのですが、記事をみる限りでは今回の閣議決定はその部分の規制緩和までは踏み込んでいないようです。まあ記事にないだけで含まれているのかもしれませんが。
いずれにしてもスペインの失業率は20%超、ギリシャのそれも10%を超えているとのことで、雇用増・雇用情勢の改善につながりそうな施策はなんでもやろうという状況なのではないでしょうか。両国とも労組は反対の姿勢を示しているそうですが、今後の成り行きが注目されます。

*1:解雇規制の国際比較については東大社研に移られた黒田祥子先生の要領のよい解説がJIL雑誌491号に掲載されています。http://db.jil.go.jp/cgi-bin/jsk012?smode=dtldsp&detail=F2001110078&displayflg=1

*2:これが解雇(dismissal)にあたるかというとそうでもないのでしょうが。

*3:というか、この指標ではOECDは報告書記載のOECD30か国中日本は7番目に解雇がしやすい国という評価をしています。これはデンマークスウェーデンより解雇しやすいという評価で、そこまでの実感(この実感がどれほど根拠があるかという問題は大きいですが)はないのでOECDのクライテリアも少し怪しい感じはしますが、しかし国際的には非正規労働や集団解雇をそのくらい重視するのが一般的ということなのでしょうか。