恒例の(笑)春闘社説読み較べ その2

きのうの続きです。まず読売から。内容とは関係ありませんが文章・段落が短いという印象です。

 定期昇給の維持が大勢を占めた。デフレ不況から抜け切れない中で、労使双方が受け入れ可能な着地点なのだろう。
 自動車や電機など金属産業大手の経営側が、一斉に春闘の回答を示した。
 労働側の多くは「定昇確保が最低限のハードル」としつつ、賃金全体の底上げを図るベースアップまでは求めなかった。
 年齢や勤続年数に応じて加算されるのが定昇だ。1年ごとに月5000〜7000円刻みとする企業が多いが、定昇を維持しても総額人件費に大きな変動はない。
 年齢が増せば、育児や教育、住居費などの出費が膨らむ。終身雇用を前提とし、従業員の家計に配慮した制度である。
 昨年は、定昇を凍結する企業が電機大手などで相次いだ。リーマン・ショック直後の危機を乗り切る非常手段でもあった。
 企業業績は好転してきたが、先行きは不透明だ。物価も下落している。雇用を守り、従業員の士気を高める必要もある。定昇の維持は、こうした様々な要素を労使が勘案した結果だろう。
 同時に、今年の交渉は、賃上げが当然という時代が遠のいたことをも印象づけた。
 経営側から、今後は賃金を抑えていく必要があるとの発言が目立った。世界同時不況に伴う経営環境の激変と、少子化国内需要が減少する見通しから、コスト削減による企業体質の強化が、いっそう求められるというのだ。
 賃金に連動する社会保険料負担の増加も、企業が賃上げを渋る要因だ。定昇の上げ幅の縮小や、政府の子ども手当で家族手当は不要になるとの指摘もあった。
 非正規社員の処遇改善も課題だが、今後の正社員の賃金も、不安定要因が多い。
 だが、状況は厳しくても、企業が事業の拡大で雇用を増やし、賃金でも従業員に報いる姿勢がなければ、社会の活力が失われる。積極経営を強く後押しする政府の政策が、極めて重要である。
 これから中小企業の春闘も始まる。連合は大手との賃金格差の是正を春闘方針に掲げている。
 中小には定昇制度がない企業が約8割もある。だから、賞与を含め、年齢が50歳代へと上がっていくにつれて、大手との格差は広がるばかりだ。
 人材不足に悩む中小企業は多いが、魅力ある賃金制度にしていく努力も要る。広く雇用を拡大するには、中小企業に対する政府の支援も欠かせない。
(平成22年3月18日付読売新聞「社説」

きのうも書きましたが賃金制度の議論は「決め方」と「上がり方(決まり方)」を区別して整理することが肝要です。「年齢や勤続年数に応じて加算される」「1年ごとに月5000〜7000円刻みとする」というのは「決め方」に関わる書きぶりになっていますが、「5000〜7000円」という数字は「上がり方(決まり方)」の結果になっていて、混乱がみられます。「総額人件費に大きな変動はない。」も、どちらかといえば上がり方、結果の話でしょう。つまり、賃金は年齢や勤続年数のほか、社内資格や人事考課などで決められ、その結果として個人の賃金は平均的に月5,000円〜7,000円上がるわけです。そして、春季労使交渉で議論となる「定昇」はこの「上がり方」に係るものです。いっぽう、賃金制度の見直し、といった議論は「決め方」に関する部分が大きくなるでしょう。
「年齢が増せば、育児や教育、住居費などの出費が膨らむ。終身雇用を前提とし、従業員の家計に配慮した制度である。」というのも「決め方」の話でしょう。しかし、生計費はたしかに考慮される要素ではあるでしょうが、年齢や勤続、生計費配慮などが「決め方」に占める割合はこんにちでは決して高くありません。結果としての「上がり方」はそれなりに年齢や勤続、生計費などに応じたものになっているかもしれませんが。
それはそれとして、今次交渉に対する「企業業績は好転してきたが、先行きは不透明だ。物価も下落している。雇用を守り、従業員の士気を高める必要もある。定昇の維持は、こうした様々な要素を労使が勘案した結果だろう。」という評価は妥当なものと申せましょう。
「企業が事業の拡大で雇用を増やし、賃金でも従業員に報いる姿勢がなければ、社会の活力が失われる。積極経営を強く後押しする政府の政策が、極めて重要である。」という指摘もそのとおりで、事業が拡大し雇用が増える(人手不足になる)ことで賃金も上がる、というのはまったくの正論です。もちろん、賃金を上げることで従業員の意欲が高まり、企業が成長するというのもありうる理屈であり、人事屋にとっては一つの理想でもあるでしょうが、しかしやはりそれは順序としては不規則なことは認識しておく必要があると思います。
最後の中小企業の話では、「定昇制度がない企業が約8割もある」という「決め方」の問題と「大手との格差は広がるばかり」という「上がり方」の問題の混乱がみられます。また、人材不足なら賃金を上げて人材を求めるべきだ、という主張はもちろん正論ですがやや一面的で、労働条件は賃金以外にもいろいろありますから、「たしかに大手ほどには賃金は高くないかもしれないが、しかしこんなにいいところもある」という工夫の余地はたくさんあります。そこで知恵を使う努力も大切でしょう。

 最後は産経新聞です。

 平成22年春闘は、電機や自動車、鉄鋼など大手製造業の経営側が労働組合に一斉回答した。焦点の定期昇給(定昇)は維持されたが、年間一時金(ボーナス)で満額回答が相次いで見送られるなど景気の不透明感を反映した。
 連合が応援する民主党が政権与党について初めての春闘だが、今回も賃金に重点が置かれた。働き方の多様化や非正規社員の待遇改善など、いま解決しなければならない問題について、突っ込んだ話し合いが見られなかったのは残念である。
 今回の春闘日本経団連など経営側は「厳しい経済環境を考えれば、賃上げは難しい」とベースアップ(ベア)だけでなく、定昇の凍結もあり得るとの立場で臨んだ。このため、連合は早々にベア要求を断念し、定昇維持に全力を挙げる構えを示していた。定昇の確保を果たしたことで、組合側は「最低限の要求は獲得した」と強調している。
 だが、連合は派遣など非正規社員の待遇を交渉テーマに位置づけていたものの、具体的な成果が得られる見通しは立っていない。定昇確保の交渉に時間が費やされ、正規と非正規の待遇格差や短時間正社員の創設といった労働形態の多様化など働き方をめぐる問題も前進したとはいえない。
 これでは、働く人の立場で交渉に当たるべき連合などの労組が、自らの役割を放棄していることにならないか。春闘の形骸(けいがい)化は言われて久しいが、実効性の見込める新たな労使交渉を構築する必要があるだろう。
 民主党子ども手当の創設を打ち出したが、少子化対策では女性の働き方の見直しや育児環境の整備なども欠かせない。こうした「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」の実現に向け、春闘で労使が時間を割いて交渉する姿は見られなかった。
 厳しい雇用環境の中で、雇用創出に効果があるワークシェアリング導入の政・労・使の協議は進んでいない。鳩山由紀夫政権は連合との政策協議には熱心だが、経済界との対話を敬遠している。今後は政府を巻き込み、労使で条件整備なども話し合うべきだ。
 異なる業種の労使が横並びで春先に集中交渉する春闘が定着して50年以上が経過した。今後は、労使で協議するテーマや時期などについて、もっと柔軟に変えていくべきだろう。
(平成22年3月18日付産経新聞「主張」)

まあ産経は民主党や労組はあまりお好みではないだろうなとは思うのですが、それにしても「具体的な成果が得られる見通しは立っていない」「前進したとはいえない」とまで否定するのはやや気の毒というか、不公平な感はあります。たしかにあまり目立たない(のはマスコミが取り上げないからという側面も多分にあるのですが)かもしれませんが、実際にはそれなりに努力してそれなりの成果も上がっています(たとえばhttp://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/shuntou/2010/shuukei_part/part_daketsu.pdfとか)。「「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」の実現に向け、春闘で労使が時間を割いて交渉する姿は見られなかった」というのも、これhttp://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/shuntou/2010/shuukei_jitan/jitantorikumi01.pdfとかをみるといささか厳しすぎるような気が…。まあ、末端の単組レベルになると、どうしてもまずは賃金の話が大切で、それをやめてまでも「時間を割いて」とはなりにくいことも事実でしょうが…。
さて、「実効性の見込める新たな労使交渉」というのが具体的にどういうものなのかが不明です。多様化とか非正規とかくどくどと書いているところから想像するに、これらの代表もふくまれた交渉ということでしょうか。これは一義的には労働サイドの問題で、経営サイドとしては団体交渉を求められれば誠実にこれに応じるということになるでしょうが…。
また、政労使の協議に及び腰なのは指摘のとおり政府であって、労使に「巻き込め」と言われてもツラいものがあります。まあ、「労」は政権の有力支持基盤なんだからなんとかしろよ、ということかもしれませんが…。
最後は「労使で協議するテーマや時期などについて、もっと柔軟に変えていくべき」というご主張ですが、実際にはテーマについてはかなり幅広くなってきています。産経としてみれば賃金交渉そっちのけで違うテーマをやるくらいのことをしろ、と言いたいのかもしれませんが、実はすでに賃上げ交渉は二年に一度だけという「隔年春闘」も一部では定着しています。とりあえず春闘では「賃金制度の見直し」だけを合意して、具体的な協議を通年で行うというケースもあちこちでみられます。産経には物足りないかもしれませんが、このあたりは長い目でみてやってほしいという気もしないではありません。