事前面接は解禁が望ましい

きのうのエントリの趣旨は三者構成原則についての話だったのですが、TTさんから派遣労働者の事前面接についてコメントがつきましたので、それについても少し書いてみたいと思います。
まず、「派遣の制度趣旨から言って、個別労働者の選別に直決(ママ)する事前面接の導入はおかしい」というのは、ある意味ではそのとおりという部分があります。
事前面接などの労働者を特定する行為が禁止されているのには、派遣法制定当時にさかのぼる二つの大きな論点があって、一つは、法制度面からの要請です。今回の改正法案で常用型の事前面接などの解禁が織り込まれたのは、前回の廃案となった法案を引き継いだものですが、その検討が行われた働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会の議事録をみると、厚生労働省の事務局(職安局需給調整事業課の松原哲也課長補佐)からこうした説明が行われています。

…特定を目的とする行為は、例えば労働者派遣に先立って面接をする、履歴書を派遣先に送付する、受け入れる労働者を若年者に限定する等ですけれども、現在この行為が禁止されております趣旨は、派遣先が派遣労働者を特定する場合には、禁止されている労働者供給に該当する可能性があること、労働者の就業の機会が不当に狭められるおそれがあることによるものです。
 しかしながら、期間の定めのない労働者については、派遣元との雇用関係が明確ですので、これを認めても、禁止している趣旨に反しないのではないかと考えております。
 一方で認めた場合、派遣先が派遣労働者を選択できることになりますので、差別禁止規定、個人情報保護などの規定は何らかの形で整備することとしております。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/08/txt/s0828-4.txt

つまり、特に登録型派遣においては、派遣労働者は派遣が行われていない間は単に登録しているにとどまり、派遣先はもちろん派遣元との間にも雇用関係がありません(だから一人の労働者が複数の派遣会社に登録するということも普通に行われています)。そこで派遣先がみつかると派遣元との間に雇用関係ができるわけですが、派遣である以上はあくまで派遣元が雇用し、派遣先に派遣するという手順でなければおかしい。したがって、派遣元が雇用する前に派遣先が面接などを行ってしまうと、この「派遣元が雇って派遣先に派遣する」という理屈が崩れてしまうわけです。もともと派遣法は原則禁止されている労働者供給事業の中から、ある一部分の類型の「労働者派遣」として切り出して法制化したものですから、「派遣元が雇って派遣先に派遣する」という形が崩れてしまうと、それは労働者派遣に該当しなくなって、「禁止されている労働者供給事業に該当」してしまう危険性がある、ということになるわけです。
したがって、すでに派遣元に雇用されている常用型の期間の定めのない派遣労働者については、事前面接を認めてもこの部分で問題は発生しないことは明らかで、そこで「認めても、禁止している趣旨に反しない」ということになります。
それではなぜ、現在は期間の定めのない労働者まで含めて禁止されているのかというと、もう一つの論点として、派遣法制定時に「臨時的・一時的」な労働需給の調整のためのもの、という整理が労使間で行われている、ということがあります(ただ、これは法律に書かれているわけではありませんし、国会審議などでもそうだという政府見解が示されているわけではありませんので、厚労省事務局からの説明には当然これは出てきません)。
それがなぜ事前面接などの禁止になるかというと、臨時的・一時的であれば、その臨時の仕事ができるのであれば誰でもいいはずではないか、という理屈です。派遣先は派遣元に「これこれの仕事ができる人」と注文し、派遣元はその仕事が出来る人を派遣する。その人がその仕事ができるということは、派遣元が責任をもって保証する、したがって派遣先は事前面接などを行う必要はないはずだし、行うべきではない。こういう理屈ではないかと思われます。逆にいえば、この「事前面接を不要とする理屈」があるから、登録型派遣というスタイルが可能となっているともいえるわけです。
この理屈をさらに推し進めると、登録型であろうが常用型であろうが、派遣はその仕事さえきちんとできればよい。派遣先にとって、派遣労働者に子が何人いようが、どのくらいの距離を通勤していようが、それは関係ないはずだ。しかし、事前面接などを認めると、派遣先は子の多い派遣労働者、遠距離通勤の派遣労働者などを避ける傾向を示すのではないか。となると、それは「労働者の就業の機会が不当に狭められるおそれがある」ということになるのではないか…ということになるのでしょう。そこで「差別禁止規定、個人情報保護などの規定は何らかの形で整備」ということにつながると考えればわかりやすいように思われます。
ですから、この二つめの論点を重視するのであれば、たしかに「派遣の制度趣旨から言って、個別労働者の選別に直決(ママ)する事前面接の導入はおかしい」ということになるでしょう。それはそれで一つの理屈だろうと思います。
ただ、派遣法制定当初から、派遣労働者の受け入れ実務にあたる人事担当者、あるいは現に受け入れる職場のマネージャーなどからは、これに対する違和感が多数表明されていました。そもそも、「この仕事ができさえすれば誰でもいいはずだ」という理屈自体が人の気持ちや個性を軽視した、言葉は悪いですが「人間をモノ扱いするような」印象を与えるわけで、現実には派遣される労働者も受け入れる職場の労働者も生身の人間ですし、職場の雰囲気や人間関係はそれぞれに異なっています。当然、そこには相性の善し悪しがありますし、ベテランのマネージャーであればせっかく来てもらった派遣労働者が職場になじめずに短期で退職してしまった、という経験のある人も多いでしょう。これは双方にとって幸福なことではありません。
もちろん、事前にすべての情報を派遣労働者に周知することは困難ですし、派遣元を通じても相当の情報提供は必要でしょうが、それにしても事前面接を行うことでお互いの情報を交換することがマッチングに資することは否定できないでしょう。前述した子どもがいる、通勤が遠いといった情報についても、それで「お断り」となってしまうリスクがある一方で、それを事前に派遣先に承知しておいてもらうことのメリットも大きいのではないかと思います。まあこのあたりは一長一短ですが、少なくともデメリットだけではないでしょう。
こう考えると、実は事前面接などであらかじめマッチングを確認しておくことは、常用型以上に登録型においてこそ重要だとも思われます。常用型と異なり、派遣型だと派遣を開始したもののなじめずに辞めた場合、次の派遣先が見つかるまでの間は仕事がなくなってしまいます。逆に、登録型は常用型と違って自ら仕事を選べるわけですから、事前面接で得られた情報から「この職場には合わないような気がする」と判断したら断ることもできます。「仕事が選べる」という登録型の利点を生かす手段として、事前面接の場での「逆面接」は有効なツールとなるのではないでしょうか。
まあ、「直接雇用が本来、派遣は臨時的・一時的であるべき」という原理原則を重視するという考え方もありうるでしょう。もちろん、派遣労働の中には一部に劣悪な就労実態もあるでしょうし、政策的支援が必要な派遣労働者がいることも事実だろうと思いますから、それに対する政策的対応は必要であり、別途進められるべきものと考えます。とはいえ、その一方で派遣労働がまだ少数とはいえかなりの規模に達し、それなりに多くの人が自ら選択して満足度高く就労している実態をみると、はたして今回も従来の延長線上で派遣労働を一律に「日蔭者」扱いするような政策を継続することが本当に派遣労働者のためになるのかどうかは大いに疑問と申せましょう。派遣労働には職種限定で働いてプロフェッショナルなキャリアを形成できるとか、登録型の場合は派遣先を選択できるとかいったメリットも大きいわけですから、むしろ、派遣労働を多様な働き方の一つのあり方として前向きに認知して「市民権」を与え、そのキャリアのあり方や能力開発について建設的な議論を進めることのほうが大切なようにも思われます。建前にとらわれたりメンツにこだわったりすることなく、実態をふまえた検討が進むことを期待したいものです。