労働政策を考える(11)派遣規制

「(10)三者構成」は行きがかり上(笑)すでに転載しましたので(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100125#p1)、ここでは「賃金事情」2576号(2009年12月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。



 民主党を中心とした新政権が発足し、労働政策の動向も注目されるところですが、さる10月7日に厚生労働大臣から労働政策審議会に対して今後の労働者派遣制度のあり方について諮問があり、現在労働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会で検討が進められています。
 派遣法については、前政権でも昨年11月に改正法案が国会提出され、これに対抗して当時の野党がやはり改正法案を提出しましたが、後者は否決され、前者も衆議院の解散によって廃案となりました。今回の諮問の文面をみると、「同法案は、本年7月21日、衆議院の解散に伴い廃案となったところである。…上記の法律案において措置することとしていた事項のほか、…追加的に措置すべき事項についても検討を行い、改めて法律案を提出する」とされており、廃案となった法案にさらに追加的な措置を加えて改正を行うべきとの意向が示されています。実際には、廃案となった改正法案にも日雇い派遣の原則禁止やインハウス派遣の規制強化など問題のある内容が含まれていたわけですが、それに関してはこの連載の第1回(本誌2009年2月5日号・通巻2557号)で取り上げていますので、今回はそれ以外の「追加的な措置」について考えてみたいと思います。
 さて、10月25日に開催された労働力需給制度部会に「今後の労働者派遣制度の論点について」という資料が提示されていて、厚生労働省のウェブサイトで公開されています(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1027-9a.pdf)。多くの論点が列挙されていますが、主要なものについてコメントしていきたいと思います。
 第一にあげられているのが「登録型派遣」で、原則禁止すべきか、禁止する場合例外をどのように設定すべきか、派遣労働者の常用化のための方策を別途措置すべきか、といった論点が示されています。
 これは、登録型派遣は仕事がないと収入がなくなるなど不安定であることから、それを原則禁止して常用型派遣に移行させることで派遣労働者の雇用や収入を安定させようという趣旨でしょう。
 とはいえ、同じ会合で提示された資料(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1027-9c.pdf)をみると、登録型派遣で働く人の約45%は引き続き登録型派遣で働きたいと回答していることは見過ごせません。登録型派遣にはデメリットもありますが、仕事の内容や賃金、勤務場所、勤務時間などを見て仕事を選べるという大きなメリットがあります。正社員や常用型派遣では、これらが必ずしも希望に沿わない仕事にも従事せざるを得なく可能性もかなりあるでしょう。引き続き登録型で働く人のどれほどが「例外」として救済されるのかはわかりませんが、いずれにしてもこの現状をみれば、原則禁止が望ましい方向であるとは思えません。
 次にあげられているのが「製造業務派遣」です。これについても、やはり製造業務派遣を原則禁止すべきか、に始まって、禁止する場合に例外をどのように設定すべきか、いわゆる派遣切りに対して安定雇用を実現するための方策を別途措置すべきか、といった論点が示されています。
 これは、昨年秋以降に製造業務派遣の雇い止めや、契約期間中の解除(いわゆる「派遣切り」)が多発し、多くが失業を余儀なくされたことが念頭にあるものと思われます。
 とはいえ、製造業でこうした事態が起こったからといって、ただちに製造業務派遣を禁止するというのはやや短絡的な感があります。今回はたまたま製造業であったに過ぎず、条件が異なれば他の業種でも同様な事態が起こりうるのであれば、製造業だけを禁止対象としても対策にはならないからです。製造業が特に構造的に雇用調整が大規模になりやすいのかどうかの検証が必要でしょう。
 前述の資料(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1027-9d.pdf)をみると、製造業務派遣が受け入れられなくなった場合に困ることとして「業務量変動等に備え、調整弁を設けることができない」が約55%で最多となっています。こうした企業においては、仮に製造業務派遣が禁止された場合には、それに代えて直接雇用の有期契約労働者を採用することで対応することになるでしょう。この場合、生産量が減少すれば結局は有期契約労働者が雇い止めとなることは明白で、雇用の安定という面では効果は期待できません(直接雇用化という面では有効でしょうが)。また、直接雇用だと時間がかかる、コストが高くなるという回答も約47%、32%あります。時間がかかることも結局はコストアップ要因になることを考えると、製造業務派遣で働く人のかなりの部分は、それが禁止されて直接雇用に変わると賃金が低下する可能性が高いことになります。製造業務派遣の禁止が現実に製造業務派遣で働く人のために本当になるかどうかは疑問も大きいように思われます。
 また、資料には記述がありませんが、本当に禁止するとしたら相当の移行期間が必要でしょう。同じ資料によれば、製造業務派遣が禁止されると人が集まらなくなるとの回答が約24%もあり、マッチング機能が相当低下することが見込まれます。これに対しては有料職業紹介などで製造業務派遣を代替する需給調整機能を整備する必要があります。これは短期間で簡単にできるとは考えにくく、したがって施行までにはかなりの長期間をおく必要があるものと思われます。
 その他の論点としては、「日雇い派遣」や「専ら派遣・グループ企業派遣」などもあげられていますが、これは前述のとおり第1回で取り上げました。「均等(均衡)待遇」はきわめて重要な論点で、一歩間違うと労働市場や人事管理を大混乱に陥れる危険性もありますが、これについてもこの連載の第8回(本誌2009年9月5日号・通巻2570号)で取り上げていますので再読いただければ幸いです。
 残る論点で実務的に重要なのは8番めにあげられている「違法派遣への対処」で、「直接雇用みなし制度」を導入すべきか、派遣先の労働契約申込義務を創設することは考えられないか、という論点が示されています。
 これについては、雇用期間をどう考えるかが決定的に重要で、派遣契約の期間を引き継げば足りるということであれば受け入れ企業にとってはそれほど大きな問題にはならないかもしれません。結果的に貴重な戦力を引き抜かれる形になる派遣会社にとっては、とりわけ優秀な人材がこれで失われるとなると経営上打撃かもしれませんが。ただし、一部で主張されているように期間の定めのない雇用に移行するとした場合には、これまた現場に大混乱をもたらしかねませんので注意が必要です。
 このように、提示されている論点には慎重な検討を要するものが多いように思われます。もちろんすべてを否定するわけではなく、現状をみれば派遣労働者の雇用や処遇を安定、改善していくための政策的支援は必要だろうと思います。しかし、それは派遣業そのものの規制によるのではなく、能力向上やキャリア形成の支援によることが望ましいのではないかと思われますが、残念ながら現在の議論ではそうした観点は重視されていないようです。本稿が掲載されるころには議論も進み、方向性もかなり明らかになっているものと思われますが、公労使がそうした観点からも知恵を出し合っていただいていることを期待したいと思います。