金融経済の専門家、緊急雇用対策を語る(1)

ときどきご紹介している村上龍氏主宰のメールマガジン「JMM」ですが、昨日の『金融経済の専門家たちに聞く』のお題は「政府の緊急雇用対策、「10万人程度の雇用創出・下支え」は可能か?」というものでした。以下のご紹介は抜粋になりますので、ぜひ全文におあたりください。JMMのサイトで読むことができます。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/economy/question_answer581.html
この緊急雇用対策、このブログでも10月22日(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20091022)と10月26日(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20091026)にとりあげていますが、村上龍氏の設問はこうです。

 ■Q:1036
 政府は、緊急雇用対策で今年度末までに10万人程度の雇用創出・下支え効果を見込んでいるようです。そんなことが可能なのでしょうか。

「そんなことが可能なのでしょうか」という設問自体が「不可能に決まってるだろ」と言わんばかりで面白いのですが、「金融経済の専門家」たちはどうでしょうか。
今回の回答者は以下のとおりです(メルマガからのコピペにつき敬称略)。

□真壁昭夫  :信州大学経済学部教授
□津田栄   :経済評論家
□杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務
山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
□土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部教授

例によって(笑)確実に長くなりますので、2日に分けさせていただきます。本日は真壁氏から杉岡氏までの3人になりますが、どちらかというと明日のお三方のほうが面白いかもしれません(笑)。
それはそれとしてまずは真壁昭夫信州大学経済学部教授ですが、実は今回は各専門家とも比較的設問の意図に添った回答になっています。最大公約数を具体的に書き出せばこんな感じです。

  1. 政府の緊急雇用対策には財源の裏付けがなく、具体性・即効性を欠いていて、この対策によって「来年3月までに10万人の雇用創出・下支え」が可能とは考えにくい
  2. 民主党には成長戦略がないが、雇用対策としてもその策定が必要である

そこで最初の真壁氏の回答ですが、ほぼ上記最大公約数のような内容となっていて、他の5人の回答者とも多かれ少なかれ共通しています。全体の要約という意味でも有益なので、全文を引用したいと思います。
まずは、「財源の裏付けがなく、具体性・即効性を欠いていて、この対策によって「来年3月までに10万人の雇用創出・下支え」が可能とは考えにくい」という点です。

 この対策案を見て最初に感じたのは、職業訓練や人材育成策が主な内容になっているため、短期的に効果を発揮することが難しそうに見えることです。まだ具体的内容が固まっていないようなので、今年度末までの雇用創出効果がどれほどあるかを推定することは難しいのですが、政府が言うように、来年3月までに10万人の雇用を創出することは至難の業だと思います。
 例えば、生活費が支給される職業訓練枠の増加では、訓練が終了して、実際に職を得ることによって、初めて本来の意味での雇用が創出されたと考えるべきでしょう。また、介護や農林分野の人材育成でも、人を育てるこを主な目的としていますから、その効果が顕在化するには時間が掛かるはずです。それらは、緊急雇用対策というよりも、むしろ、今後、中・長期的に継続することによって、長い目で見た雇用の創出を目指す方策だと考えます。
 また、今回の雇用対策については、とりまとめを急いだこともあり、企業側からの要望が強い「雇用調整助成金」の要件緩和や、短期的に雇用者数を増やすような具体的な雇用創出策などは含まれていません。そうした状況を見ると、内容がはっきりしない対策で、大きな効果が出るようにプレゼンテーションする手法は、自民党政権とあまり変わらないという印象です。

まことにそのとおりで、この対策でどれほどの雇用が創出できるのか、理屈で考えれば、「来年3月まで」という期限で10万人というのは難しいと考えるのが普通でしょう。
真壁氏は「短期的に雇用者数を増やすような具体的な雇用創出策などは含まれていません」と指摘していますが、今回の緊急雇用対策には不況期には政府が予算を組んで雇用を創出し、それも呼び水となっていずれ景気が回復し雇用情勢も好転したらその予算は縮小・中止するという一般的な雇用対策も含まれていません。なにも公共事業をやれというわけではなく(それが即効性には優れているのですが)、この緊急雇用対策でも挙げられている介護や農業、環境・エネルギーなどの分野においても、政府が予算を投下して実施するに値する事業はあると思うのですが、それはせずにひたすらミスマッチ解消で雇用創出をめざすというのが基本戦略になっているわけです。しかし、ミスマッチの大きな理由が処遇の低さであることを考えると、予算を投入せずにその改善をはかるといっても限界はあるように思われるのですが。
次は、「民主党には成長戦略がないが、雇用対策としてもその策定が必要である」という点です。

 もう一つ気になるのは、民主党政権の政策運営の中に、経済を成長に導く、いわゆる“成長戦略”の発想が見られないことです。民主党の政策を見ていると、国全体で獲得したパイを分配する方法を変えようという姿勢は見えるのですが、そのパイを増やす為の方策が見当たらないと思います。具体的には、わが国の産業を強くするための政策が見られないのです。
 家計部門、特に、生活困窮者等に、今まで以上にベネフィットを提供することには異論はありません。しかし、それを実施する為には、扶養者控除の制度などを廃止して、財源を確保することが必要になります。その結果、今まで控除のベネフィットを受けていた人々から、当該ベネフィットを取り去って、それを生活困窮者などに分配することになります。それは、単に経済的な便益の分配方法を変えているだけということになります。
 分配方法を変えるだけではなく、国全体の経済的な便益を増加させることも重要だと考えます。具体的には、わが国企業の競争力を強くして、企業が獲得するパイを大きくすることを考えるべきです。企業が得るパイが増えれば、労働分配率に応じたベネフィットが家計部門にも分配されることになるはずです。家計部門の得る所得が増えれば消費も刺激され、景気拡大のプロセスを本格化することが可能になると思います。
 雇用対策でも同じことが言えます。政府が予算を組んで雇用を創出しても、それを継続するだけの原資がなければ、いずれ、その雇用は剥げ落ちることになります。それでは、長期的に雇用を拡大することにはつながりません。むしろ、今のような時期だからこそ、自国の産業を強化して、経済全体が獲得するパイ自体を大きくすることを考えるべきだと思います。それができれば、無理なく、雇用が増加することができるはずです。

これもそのとおりで、やはり雇用「創出」というからにはマッチング強化で雇用者を増やすだけではなく、新規求人を増やすような施策を期待したいわけです。しかし、残念ながら今回の「緊急雇用対策」にもその他の民主党の政策と同様、そうした発想はあまりみられません。


続いて経済評論家の津田栄氏ですが、氏は真壁氏のような間接話法ではなく、予算措置がないことを明確に述べ、それにともなう限界を指摘します。

…対策の進め方ですが、…新たな予算措置を要しない既存の施策・予算の活用によるとしています。つまり、推進体制の確立と広報強化のもと、新規の予算が伴わない既存事業の見直しや基金の前倒し執行で当面間に合わせようということです。
 こう見てくると、この緊急雇用対策は、支援や促進という言葉が使われるだけでどういった形で行うのか見えず、対策の進め方としても会議や推進チームの設置や広報活動にとどめていますから、具体性に欠けるように思えます。

カネをかけずにやろうとしているから具体性に欠ける、という指摘はもっともでしょう。さらに、津田氏は創出されるであろう雇用の質についても疑問を呈します。

…また、働きながらの介護福祉士ホームヘルパーの資格の取得についても、重労働のわりに低賃金で離職率が高いという雇用環境があまり変わらないのでは、需要がどこまであるかわかりませんし、農業への就業や観光人材の育成などでも事業自体利益が出るわけではありません。NPOにいたってはほとんどボランティアですから就業しても給与は微々たるもので、下手をすると持ち出しになります。

こうした低質な求人が創出されたとしても、それに就こうという人がいないのでは雇用創出とはならず意味がない、という指摘は重要だと思われます。バッドワークを増やしてその合計数を誇られても困りものです。
次の指摘も重要です。

…中小企業に雇用調整助成金の支給要件の緩和やつなぎ融資を提案しても、景気が回復して事業がやっていけるという見通しが立たない限り、現状の雇用を維持するのが精一杯で、おいそれと新規雇用にまで向かうことはできないと思います。

つまり「景気が回復して事業がやっていけるという見通しが立」つようにすることが最大の雇用対策だということであり、マクロ経済政策の重要性にも言及しています。

 まして財源が伴わないで、制度をいじくって精神論で訴えても効果はあまりないのは、これまで経験済みのはずです。…これまで、雇用情勢が一段と悪化しないで踏みとどまっているのは、国内のエコカー減税などの緊急経済対策や海外の景気対策で輸出が下げ止まっていることに加えて、雇用調整助成金により9月で200万人近くの労働者が失業しないように国が企業に補てんしているからであって、…そもそも、雇用問題は、経済が拡大していけば、自ずと解決していきます。…財源が伴う中長期的な経済対策を打ち出している…例えば、アメリカのグリーン・ニューディール政策や中国の補助金による内需拡大政策など、大規模に行っています。
 しかし、日本には、生活支援や雇用対策などに予算を付けた経済政策はありますが、財源の伴った中長期的な経済対策が見られません。つまり、経済を拡大させていくような成長戦略が見当たりません。最近の民主党周辺から聞こえるのは、お金持ちから低所得者層へ所得を再分配することで消費が拡大して景気が回復するということですが、果たして、経済を成長させる政策を採らないで所得を移転するだけで本当に景気が回復する、あるいはそれが成長戦略といえるのでしょうか。…
 そして、民主党政権が力を入れようとする介護、医療、農林水産業、あるいは環境事業についても、成長分野として見て戦略を立てようとするならば、労働者の支援ばかりではなく、アメリカのように、その事業のために予算を使っていくべきでしょう。そうすれば、雇用もある程度解決するのではないでしょうか。
アメリカのオバマ大統領が国民にグリーン・ニューディール政策で数百万人の雇用を創出すると約束したように、日本国民もそうした政策を政府に期待しているのではないでしょうか。

これも非常にもっともな指摘のように思われます。
かつて、小泉政権の初期に雇用失業情勢が悪化した際、島田晴雄氏が座長を務める経済財政諮問会議の特別部会がサービス業での雇用創出構想を示したことがありますが、そのときの数字は530万人でした。今からみればこれもたいした大風呂敷であったわけですが、しかしこうした中期的な成長戦略はやはり重要ではないかとも思うわけです。


次は生命保険関連会社勤務の杉岡秋美氏です。

 我々が緊急の名の下で、農林業や介護で雇用を吸収するとか言われて思い浮かべるのは、政府が現金を支出する財政政策です。旧政権の特別会計を使った政策の雇用調整助成金は、現在230万人が助成の対象になっていますが、これの09年度の支出見込みは550億円とされています。森林整備のために何人雇うプログラム、介護保険制度での介護労働者の取り分を高めたり、介護雇用を増やすための助成金といった具体的なのが見えると、緊急かつ直接の効果が見えてきます。
 10万人に一人10万円かけるとして100億円、100万円かけるとして1000億円ぐらいの予算が示されていれば実効性を信じることが出来そうですが、予算作成作業中でしかも歳出削減にやっきになっている現段階で、そのような物を期待するのは無理な話です。仮に出てくるとしたら、厚生労働省で言えば雇用対策などの名目で事項要求された項目が、年末年始の本予算作成のプロセスで実現されるのを待たなければならないでしょう。今出したら、行政刷新会議の絶好の標的です。

津田氏と同様に、財源の裏付けのない緊急雇用対策が信用できるか、というところでしょうか。杉岡氏は続けてこの緊急雇用対策をこうこきおろしています。

…新政権としては、年末を控え、雇用についてもきちんと考えているのだというポーズを示す必があったのだと思いますが、「緊急」という名前は不適切でした。名前から期待されるものとのギャップがありすぎ、悪くすると国民との間に誤解を招きかねません。
 今回は、新政権の発足直後の混乱と理解され、ただ無視されるだけで終わりそうですが、どこかの時点で雇用の基本政策について、予算を含めた具体的な説明をする必要があるのだと思います。

いやはやこれはまたひどいいわれようですね。まあ、政府の理屈としては「緊急にとりまとめ」る必要があったから、時間がかかる「新たな予算措置」「を要しない既存の施策・予算の活用」によるものとしたのだ、ということのようではあるのですが。なるほど、緊急雇用対策というのは、緊急に効果の出る雇用対策という意味ではなく、緊急に取りまとめられた雇用対策という意味だったのかな。それにしては、一応「来年3月まで」と、そこそこ「緊急」な期限を切って「10万人」という目標を掲げているのは変な話だ、ということになるわけですが…。
ということで、話の途中ではありますが本日はここまでにさせていただいて、残りのお三方は明日に回させていただきます。