新たな予算措置を要しない緊急雇用対策

22日のエントリのフォローですが、23日に予定どおり政府の緊急雇用対策本部から「緊急雇用対策」が発表されました。
まず「基本方針」というのがあって、「鳩山政権が目指す「国民一人ひとりが安全と安心、生きがいを実感できる社会」を実現する上で最も重要な基盤となるのは、雇用の確保である。このため、国民が抱える不安に対応し、政府を挙げて雇用の確保に取り組むため、「緊急雇用対策」を実施する。」とされています。次いで「3つの視点」として
(1)情勢に即応して「機動的」に対応する−急がれる対策を早急に実施する
(2)「貧困・困窮者、新卒者への支援」を最優先する−最優先課題として、最も困っている人を全力で支援する
(3)「雇用創造」に本格的に取り組む−未来の成長分野を中心に、政策を総合的に推進
が上げられています。確かに国民生活にとって雇用の安定は重要ですし、それに対する不安が拡がっている現状、重要度、緊急度、拡大傾向をふまえ、優先順位をつけて「必要な人に必要な支援を迅速に」行うというのはまことにもっともな考え方と申せましょう。
ただ、先日取り上げた新聞記事などを見る限り、具体的な内容は必ずしもその趣旨に照らして十分とはいえない印象であり、今回の発表をみるとその印象は拭いがたいように思われます。
その理由もかなりはっきりしていて、実はこの文書のいちばん最後のほうに「今回の対策は、現下の情勢に対応して急がれる取組をできる限り早期に実施するため、新たな予算措置を要しない既存の施策・予算の活用により、緊急に取りまとめるものである。」とひっそりと?書いてあるのです。まあ現下とか急がれるとか早期とかの建前はともかくとしても、補正予算の執行停止に躍起になったかと思えば次はマニフェスト実施で膨れ上がった概算要求の扱いに窮している現状では、とても「新たな予算措置」なんかできないということなのでしょうが、しかしそれではやれることは当然限られてきますが…。
そこで「具体的な対策」を見ていきますと、「1.緊急的な支援措置」と「2.「緊急雇用創造プログラム」の推進」の二本柱になっていて、「緊急的な支援措置」ではまず「緊急支援アクションプラン−貧困・困窮者、新卒者支援」が出てきます。これをみると、貧困・困窮者支援の目標は「今年の年末年始に、求職中の貧困・困窮者が、再び「派遣村」を必要とすることなく、安心して生活が送れるようにする。」となっていて、22日にご紹介したasahi.comの記事の記述はこれを踏まえたものだったのですね。「派遣村」はどちらかといえば(自民党に較べれば)民主党寄りのイベントではないかと思いますし、どうしてそこまで気にするのかが依然としてよくわからないのですが、あれが前政権の転落のきっかけの一つになったという認識があるのでしょうか。たしかに失業問題は政権にとってかなりマイナス材料になるわけではありますが…。
それはそれとして、具体的な「アクションプラン」のポイントをみてみますと…。

(1)平成21年後半(6月〜12月)に雇用保険受給期間が切れる受 給者数(推計を含む)の把握

(2)利用者の視点に立った情報提供・広報の展開
・「緊急人材育成支援事業」、「住宅手当」等各種支援策の分かりやすい広報

(3)実効ある「ワンストップ・サービス」など支援態勢の強化
 (ア)「ワンストップ・サービス・デイ」の開催
 (イ)ハローワークの雇用支援機能の強化
 (ウ)「求職者総合支援センター」とハローワークの連携
 (エ)年末年始の生活総合相談
  ・年末年始の生活や居住場所の確保等の支援
  ・ハローワーク職員による出張相談等の検討
 (オ)ハローワークにおける公的賃貸住宅情報の提供
  ・地方自治体等の協力を得て、離職者が利用可能な公的賃貸住宅情報を提供

(4)「きめ細かな支援策」の展開
 (ア)「緊急人材育成支援事業」の訓練メニュー・実施者の新規開拓
  ・教育訓練機関に加え、地域の企業、社会福祉法人NPO等の参加により、情報処理技術、介護・福祉・医療等の分野を中心に年内に約5万人分の確保
 (イ)「住まい対策」など派遣契約の中途解除等に伴い住居を失った貧困・困窮者支援施策の強化
  ・「住宅手当」「つなぎ特別融資」「総合支援貸付」の適正な運用の徹底
 (ウ)関連施策の展開
  ・住宅ローンの借入者に対する金融の円滑化を通じた生活の安定化を図るための施策の策定・推進(臨時国会に法案提出)
  ・社宅や寮に入居している派遣労働者について、離職後も引き続き一定期間の入居が可能となるよう、企業に対して要請
 (エ)生活保護制度の運用改善

(5)その他、求職者の貧困・困窮者が安心して生活が送れるようするために必要な施策を引き続き検討
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kinkyukoyou/koyou/honbun.pdf

これは一部省略していますのですべてではありませんが、ハローワークでのワンストップサービスや年末年始相談と、あとは「住宅ローンの借入者に対する金融の円滑化を通じた生活の安定化を図るための施策」が目新しいくらいのもので、あとはほとんどが既存施策の再掲という印象です。これが「緊急支援アクションプラン」と言われるとやや看板倒れの感が否めませんし、実際問題としてもどれほどの効果があるものやら…。
派遣村をやらせたくないなら、貧困・困窮者にひとり3万円とか5万円とかの越年資金(これもなつかしい響きのある言葉ですが)を給付したほうがよほど効果的だと思いますが、まあこれは「新たな予算措置」が必要になるので論外扱いなのでしょう。
さて、「新卒者支援」のほうは、目標として「来春以降の新卒者の就職を支援し、第二の「ロスト・ジェネレーション」をつくらないようにする。」を掲げています。うーん、「ロスト・ジェネレーション」がこうした政策文書に登場するとは。そこで具体的な中身はこうです。

(1)新卒者の就職支援態勢の強化
 (ア)「高卒・大卒就職ジョブサポーター」の緊急配備
  ・支援態勢強化のため、就職支援の専門職をハローワークに緊急配備
 (イ)大学等の就職支援の充実

(2)求人開拓と「雇用ミスマッチ」の解消−「就活支援キャンペーン(仮称)」の展開−
 (ア)求人・求職、内定関連情報の収集・提供
 (イ)学生を対象とした合同就職説明会等の実施
 (ウ)企業に対する求人拡大への要請
 (エ)採用意欲のある中小企業等の掘り起こし
  ・「雇用創出企業」をとりまとめ、公表(年明け予定)

(3)「4月就職以外の道」の選択の支援
 (ア)企業に対する中途採用・通年採用の拡大への要請
 (イ)学生・生徒の学校での学び直しや地域活動参加への支援、新卒無業者への第2セーフティネットの活用

ロスト・ジェネレーション」の主因は、前回の雇用調整局面では、新卒採用が大幅に抑制されたうえ、経済の低迷・企業の業績不振が長期にわたり、雇用調整が長引いたことに求められるでしょう。
それと今回とを比較すると、企業による求人という面ではかなりマシになっていると言えそうです。前回はかなりの有力企業においても「採用ゼロ」「若干名」といった極端な絞り込みが行われ、現在になって各企業の組織面、人材育成面でその弊害が現れています。それに懲りた各企業は、今回はせいぜい「半減」くらいにとどめており、主力企業では「ゼロ」といった極端なケースは珍しいのではないでしょうか。
問題はいつごろ景気が回復し、雇用失業情勢が上向くかです。景気は一応最悪を脱したとされているようですが、景気より遅れて動く雇用はまだ悪化しています。通例のように2年とか3年とかで雇用情勢が改善してくれば、現在の就職難に見舞われている人も、その頃には第2新卒などの形で比較的良好な職が得られるのではないかと期待できるでしょう。逆に、厳しい情勢が長引くと、第2新卒などでも就職困難な「ロスト・ジェネレーション」が再来する危険性はたしかにあります。
そう考えれば、何度もの繰り返しになりますが、やはり景気回復、経済成長こそが最善の雇用対策であることは間違いないわけで、これは「緊急雇用対策」の範疇は越えるのかもしれませんが、それにしても現政権の政策にそうした観点が希薄なように感じられるところは心配です。
いっぽうで、「求人開拓と「雇用ミスマッチ」の解消」は重要で、「採用意欲のある中小企業等の掘り起こし」も有意義ではないかと思われます。第2新卒などで職を得ようとするときに、正社員としての就業歴があるかどうかはかなり重要なポイントになるため、まずは不本意をおしてもなんとか新卒で正社員就職することが望まれるからです。就職難のかたわらで「人手不足で困っている、求人を出してもなかなか応募がない」と嘆く中小企業も常に存在するからです。再就職に有利というだけでなく、多くの中小企業は高い人材育成力を有しており(もちろん人材育成のできない企業も規模の大小を問わずありますが)、職業能力の向上という意味でも正社員就職は有利です。ここには情報不足によるミスマッチが起きている可能性はかなりあり、うまくマッチングを進めることができれば新卒就職対策として効果的なものになり得るでしょう。もちろん、採用する側にも環境整備は必要であり、行政としても単に情報提供だけではなく環境整備への支援も図って欲しいとの思いはありますが…。
なお、極めて即効性の高い支援策として、公務員の採用増というのは考えられないのでしょうか。民間の採用が厳しいときには公務員の採用を増やし、その分民間が多く採るときには公務員の採用は縮小する。あとで介護とか環境とか出てきますが、そのほかにも必ずしも人員が十分でない公的部門もあるでしょう。「新たな予算措置を要しない」と言われるとこれもできないということにならざるを得ないのかもしれませんが、それこそ単年度主義を脱すればこうした考え方もできるのではないかと思うのですが。それほど大きな数にはならないかもしれませんが…。
さて、「緊急支援アクションプラン」の次は、「雇用維持支援の強化」として雇用調整助成金の支給要件緩和や企業間の出向活用による雇用維持支援が続いていますが、これまた既視感が強いものです。
それに続くのが「中小企業の支援」で、具体的にはこうなっています。

(1)中小企業で活躍する人材への支援
 ・中小企業の求める若手人材を育成するための「新・若者挑戦塾」の受講生と中小企業とのマッチング支援の強化や、中小企業の現場に人材をつなげる国内インターンシップ制度の参加者数の拡大
(2)中小企業の雇用維持・拡大への支援
 ・雇用の維持・拡大に努めている企業に対する低利融資制度(雇用調整助成金等が支給されるまでの「つなぎ融資」や「セーフティネット貸付」)の活用促進
 ・中小企業に対する金融の円滑化を通じた事業活動の円滑な遂行及び雇用の安定を図るための施策の策定・推進(臨時国会に法案提出)

「企業間の出向活用」といい「新・若者挑戦塾」といい、このあたりなんだか経済産業省の影がさしているような。「若者自立塾」の受講生は支援してもらえないのでしょうか。あるいは、厚生労働省の事業だから当然マッチング支援は行われているだろうということなのか。若者自立塾については2005年から3年間で1,800人の利用者の6割が就労、という話があったと思いますが、「新・若者挑戦塾」のほうはどうなんでしょうか?
いずれにしても、これまたこのブログでも何度も繰り返し書いてきたことですが、「新・若者挑戦塾」のような供給サイドの施策は、需要がないことには効果が限られるわけですから、そういう意味では需要のある中小企業での就職を念頭に供給サイド施策を行うのは理にかなっているといえそうです。あとはその中身が本当に需要に沿ったものになっているかどうかですが、新・若者挑戦塾は中小企業基盤整備機構がやっていて、内容も中小企業のニーズを踏まえているのでしょうから、それなりに「中小企業の求める若手人材を育成」しているはずだということかもしれません。
「緊急的な支援措置」の最後は「女性の就労支援等」で、第一に「都市部(待機児童を多く抱える地域)における質の高い保育サービス整備を加速する方策の早急な検討」が上げられているのは、問題意識としては適切だと思います。ただ、「方策の早急な検討」では「緊急的な支援」としての効果は皆無ではないかと申し上げたくもなるわけで、どうもこのあたり「新たな予算措置を要しない」を逸脱する政策についてはどうにも歯切れが悪いようです。かといって、残りが「セミナー等への講師派遣」とか「ポスドク等若手研究人材を活用した共同研究プロジェクトの着実な実施と参加した研究人材の就業機会の拡大」とかでは…。
さて、二本柱のもう一方である「「緊急雇用創造プログラム」の推進」については、22日のエントリでYOMIURI ONLINEの記事についてのコメントとして書いた内容とほとんど同じなので、ここでは繰り返しません。いいかげんエントリが長くなってきてくたびれてきましたし(笑)。一言だけ申し上げておくと、これらの施策は雇用創出の数だけではなく、創出された雇用の質がどうかという面でもかなりの疑問が残ります。介護は成長分野かもしれませんが、現状の介護労働の就労条件は決して良好ではないわけです。グリーン雇用にしても、農林業が良好な就労条件を実現できるのであれば、そもそも現状のような縮小は起こっていないはずです。政策的に雇用創出をはかるのであれば、できるだけ良好なそれを増やしてほしいものだと思います。
もっとも、介護分野については、就労条件の改善をはかるためには雇用保険の新たな財源が必要であり、保険料率や自己負担の引き上げ、被保険者の拡大などをはかる必要があるでしょうから、「新たな予算措置を要しない」というわけには参らず、したがって論外ということでしょうか。しかし、だったらいっそのこと書かなければいいと思うのですが、そうもいかないという事情もわからなくもないですが…。
林業については規制緩和によって効率的な経営組織(株式会社とか)の参入を促進するといった一見カネのかからない施策もあるのですが、既存の農業者、林業者などに対する補償等を考えると現実にはかなりのカネがかかってしまうかもしれません。