社会人野球の魅力

たまには目先を変えて人事管理の話題でも。一昨日の日経新聞のスポーツ欄、「スポートピア」という連載コラム欄に、作家の伊集院静さんが「社会人野球の魅力」という一文を寄せておられます。

 まれにみる好試合の決勝戦だった。最後の打者がセンター方向にライナー性の打球を打った時には同点打かと思った。野手が捕球した瞬間、東京ドームにいた2万9千人の両チームの応援団から惜しみない拍手が沸き起こった。

 さすがに出場36チームの頂点に立とうとするだけあって迫力があった。テレビでの観戦であったが、両チームの勝利への気迫が画面からでもよく伝わってきた。…社会人野球とはこんなに熱い思いがぶつかり合う戦いなのか。素晴らしい野球だ……と思った。
 そしてもうひとつ感心したのは両チームの応援団である。試合終了の瞬間、両チームのナインに対して拍手を贈った。アマチュア野球にしかない潔さが感じられた。

 そういえば私が少年時代、社会人野球の地区代表になると町のあちこちに幟が立ち、市民、町民が応援したものだった。私の故郷(山口県防府市)には協和発酵のチームがあった。高校の野球部の先輩も何人か所属していた。代表が決定すると少年たちは球場に練習を見に行ったものだ。エースは町を歩いているとヒーローだった。職場の代表は町の代表だった。親しみのある野球だったのだ。
 今年限りで休部が決まっている日産は4強で終わった。名門チームの休部は不況によるものであっても残念このうえない。この社会情勢であるからこそ職場が一つになる活力が必要に思えた。一日も早く復帰して欲しいものだ。
 プロ野球はプロならではの醍醐味がある。…社会人野球を観戦すれば、野球の違った魅力を発見できる気がした。ぜひ一度観戦に。
(平成21年9月8日付日本経済新聞朝刊「スポートピア」から)

…いや、これはもう涙なくして読めない文章です。
さて、文中に出てくるように、日産自動車は今年限りでの休部を決めており、これが最後の都市対抗、11月に開催される社会人野球日本選手権が最後の試合となります。今大会の4大会すべてに先発したエースの石田祐介投手は準決勝敗退後の取材に対して「奇跡(休部撤回)を信じて最後まで前を向いていく」と語ったとか。その試合でも日産自動車の応援席には多数の観衆が集まり、一体となって熱のこもった応援を展開していました。あれだけの一体感を自然な形で醸成できるのは野球の応援ならではで、企業の労務管理としても大いに意義があるのではないかと思います。野球部はたしかに少なからぬカネがかかるでしょうが、とはいえ日産自動車のビジネスの規模から考えたら微々たるものではないでしょうか。伊集院氏は「早く復帰して」というものの、いったん休部すると再開は非常に困難なものと思われますので、一過性の不況・業績悪化を理由にやめてしまうのは人事管理の観点からは非常に惜しいという感じがします。
これに限らず、人事施策の多くはすぐには目に見えた効果が現れません。短期的な業績が重視される傾向の中では、なかなかコストをかけ続けるのは難しいという事情はあるでしょう。とはいえ、短気を起こしてやめてしまったり、次々と方針や制度を変更してしまっていては、得られるはずの成果も得られなくなり、ひいては組織の力を低下させることにもつながりかねません。世間では短期的業績への偏重に反省もみられるようですが、とりわけ人事施策は長期的な視点が必要ではないでしょうか。人事労務施策の基盤はつまるところ会社と従業員、人と人との信頼関係であり、それを築き上げるには長い時間と多くの努力が必要だというのは人事管理や労使関係の基本中の基本でしょう。信頼を失うのは一瞬でできますが…。


(9月14日追記)
9月9日付の産経新聞にこんな記事が載っていたようです。

 “最後の夏”が終わった。8月31日、東京ドームでの都市対抗野球大会準決勝。今季限りでの休部が決まっている日産自動車が、トヨタ自動車に0−1で敗れた。…
 10年前、一度は休部の危機を免れていた。99年に同社の最高執行責任者(COO)に就任したカルロス・ゴーン現社長は、観戦した都市対抗での応援に感銘を受け、部の存続にゴーサインを出した。しかし今年2月、3月期連結決算の営業損益が1800億円の赤字となることを公表したゴーン社長は2万人のリストラを発表。同時に野球部の休部決定を明かした。
 選手には、部の合宿所と会社をつなぐテレビモニターなどで休部が伝えられた。「急な話だった。もう来年は日産でプレーできない。自分の野球人生も終わりかと思った」。エースの石田祐介も途方にくれたという。
 日産のように企業が持つ野球部の運営には、選手給与、練習場の維持費、大会参加の経費などを含め、年間3億円前後かかるといわれる。だが、会社全体が出した大きな赤字のなかで、この程度の支出カットがどれほどの効果をもたらすのか。『都市対抗野球に明日はあるか』(ダイヤモンド社)の著者で、ベースボールジャーナリストの横尾弘一さんは「野球部の休部は、多分に企業が『これだけ努力しています』と世間へアピールする意味合いが強いんです」と指摘する。
 これまで野球部は、その活躍によって企業のPRを担ってきたが、今度はリストラの象徴として利用されたというわけだ。さらに横尾さんは「企業チームの休廃部は経営者の判断ひとつ。情熱がなくなったら、つぶされるんです。それは、プロ野球近鉄の例でも証明されました」という。…
http://sankei.jp.msn.com/sports/baseball/090909/bbl0909090043000-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/sports/baseball/090909/bbl0909090043000-n2.htm

現在残っているチームは90年代末以降の休廃部が相次いだ時期を生き残ってきているので、今回の経済危機ではその当時ほどの休廃部は起きていません。それでも、今回の不況では日産自動車および日産自動車九州のほか、都市対抗優勝3回の三菱ふそう川崎やデュプロといった歴史あるチームや、TDK千曲川、一光といった有力チームが休廃部しました。経済危機の深刻さと考え合わせて、これが多いのか少ないのかは判断が難しいところですが…。
いっぽう、今回の経済危機下でも、シティライト岡山やジェイプロジェクトなどの新規チームが発足したり、今年の都市対抗に出場した三菱重工横浜がクラブチームから企業チームに変わったりといった動きもあります。たしかに、経営者の情熱次第というところもあるのでしょうが、新規参入企業には人材確保という意図もあるようです。プロはもちろんのこと、社会人であっても学校を卒業してから本格的に野球が継続できるのは学生野球の中でもほんの一握りの「上澄み」であり、野球を通じて鍛えられた精神力や体力、人格・生活姿勢は企業にとっても魅力的なのでしょう。

都市対抗野球に明日はあるか―社会人野球、変革への光と闇

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