価値観が経済の差を生む

昨日の日経新聞「経済教室」で、大竹文雄先生の「エコノミクストレンド」が掲載されていました。
そのものはWeb上では発見できなかったのですが、日経の会員制サイト「日経ネットplus」に大竹先生ご自身による要約?が掲載されていましたので、備忘的に一部転載しておきます。
http://netplus.nikkei.co.jp/forum/academy/t_563/e_2138.php
「日経ネットplus」は会員制だから転載はまずいのかなあ。会員制とはいえ無料なので、一部ということでお許し願いたいところですが…。

パリ政治学院ののアルガン教授とエコール・ポリテクニックのカユック教授による、文化と労働市場に関する一連の研究も興味深い。カトリック、仏教、イスラムプロテスタントに比べて、経済変動に伴って男性の雇用を女性の雇用より守るような制度を好む傾向があることを示している。つまり家族を男性が養うべきというマッチョな男性に対する選好がある国では、男性に関する解雇規制が強くなる傾向があるという。…
 アルガン教授とカユック教授の最近の研究によれば、不正に社会保障給付を受け取ることへの罪悪感が小さい社会では、失業保険が充実せず、解雇規制が強いということが明らかにされている。彼らは、見つからなければ政府の給付を不正に受け取ってもいいと考える人の比率が高い国ほど、失業給付の水準が低く、解雇規制の程度が高いことを、OECD諸国のデータを使って実証している。受給に関する道徳観が高いのは北欧諸国で、低いのはフランスやギリシャなどの地中海沿岸諸国であった。ちなみに、日本は、OECD諸国の真ん中くらいになる。
…価値観や文化が、経済状況に影響を受けて作られる可能性を分析した研究もある。
 例えば、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のギウリアーノ教授 と国際通貨基金IMF)のスピリンバーゴ氏は18歳から25歳の頃、つまり、高校や大学を卒業してしばらくの間に不況を経験するかどうかが、その世代の価値観に大きな影響を与えることを米国のデータを使って明らかにしている。この年齢層で不況を経験した人は、「人生の成功が努力よりも運による」と思い、「政府による再分配を支持する」が、「公的な機関に対する信頼をもたない」という傾向があるそうだ。この価値観は、その後、歳をとってもあまり変わらないということだ。
http://netplus.nikkei.co.jp/forum/academy/t_563/e_2138.php

カトリック、仏教、イスラムプロテスタントに比べて、経済変動に伴って男性の雇用を女性の雇用より守るような制度を好む傾向があることを示している」とのことですが、日本はこの研究の対象国になっているのでしょうか?どの宗教に分類されたのかが興味深いところですが…まあ、仏教でしょうかね?それとも、個人対象の調査なのでしょうか?日本の場合、男性が多い正社員の雇用調整より女性が多い非正規労働の雇用調整が先行するわけですので、「男性の雇用を女性の雇用より守るような制度」の国だとはいえそうな気がしますが。
「不正に社会保障給付を受け取ることへの罪悪感が小さい社会では、失業保険が充実せず、解雇規制が強いということが明らかにされている」というのは、日経新聞の本文を読むと、ふまじめな受給者を排除するために政府は失業給付の水準を低くしたり給付期間を短く制限したりするが、それだけだと失業による所得低下リスクが残ってしまうので、それを下げるために失業リスクそのものを下げる、すなわち解雇規制を強化する、という説明がされています。すると雇用調整が難しくなり、経済全体の生産性が低下する。すなわち、市場競争を重視する伝統的な経済学の想定する「極端に利己的な人々」を前提とすると、競争が阻害されるという皮肉な結論になるということです。その逆に、国民が「不正に政府からの給付を受け取ってはならない」という高い公共心を持っていると、充実した失業給付と規制が少ない労働市場が実現でき、その実例が北欧諸国だ、ということだそうです。ちなみに日本は真中くらいとのことですが、新聞のグラフをみると日本も北欧(オランダ、スウェーデン)ほどではありませんが公共心は高いほうに入るようです(図ではオランダ、イタリア、スウェーデン、カナダ、日本の準で、次いでドイツ、英国、米国、スペイン、ロシア、フランス、中国、メキシコの順となっています)。北欧の公共心が高いのは国民とか政府に対する信頼の反映とかではなく、北欧の充実した幼児教育の段階から、公共心教育が強力に行われているからではないか…というのが私の推測なのですが、はたしてどんなものなのでしょうか。
高校や大学を卒業してしばらくの間の年齢層で不況を経験した人は、「人生の成功が努力よりも運による」と思い、「政府による再分配を支持する」が、「公的な機関に対する信頼をもたない」という傾向がある、というのも感覚的にはうなずける結果です。まったくの推測ではありますが、日本でも、いわゆる「ロスト・ジェネレーション」の人たちは同様の結果が強く出そうな気がします。もっとも、高校や大学を卒業してしばらくの間の年齢層で不況を経験すると比較的成功をおさめるケースが少なくなりそうですので、そう考えるとこれは人々が「成功は自分の努力、失敗は不運」と考えたがる、という傾向の反映が大きいような気もしますが、当然そういったことはコントロールされているのでしょう。
大竹先生は「制度の改革や教育によって文化を変えることによって、私たちが豊かになる可能性があるか否かを明らかにしていくことは、重要な研究ではないだろうか。」と締めくくっておられますが、北欧のように幼児期から強力に公共心教育を行う(というのは私の推測ですが)ことで市場が効率的になるなら、それも考慮に値するのかもしれません。まあ、日本ではなかなかそうした画一的な価値観の教育は受け入れられにくいかもしれませんが…。

濱口桂一郎『新しい労働社会』

新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書)

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「まあ、しゃあないわな。」
「・・・・・・御意。」


そういえば、『社会学入門』を早く読まなければ。