フェファー、サットン『事実に基づいた経営』

「キャリアデザインマガジン」第86号のために書いた書評を転載します。

事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?

事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?

あれ、そういえば去年邦訳が出た『影響力のマネジメント』の書評がまだだったかな?


 この本の原題は"Hard Facts, Dangerous Half-Truths, and Total Nonsense: Profitingu from Evidence-Based Management"である。訳題はこの副題を採用しているわけだが、この本の中心的なキーワードはなんといっても原題にある"Dangerous Half-Truths"だろう。実際、3部からなるこの本の約7割が、この「危険な半分だけ正しい常識」に関する第2部にあてられている。
 この本の訳題は「事実に基づいた経営」だが、これは簡単なようでいて難しい。現実には、事実ではなく、経験や慣習、あるいは正しいと思い込まれている常識などによって意思決定が行われてしまうことも多い。そして、その結果は往々にして良好ではない。
 もちろん、これらの常識には良いところもあるし、進める人もたくさんいる一方で、往々にして間違ったタイミングで間違った使い方をされているという意味で「半分だけ正しい」。合っている場合もあるが、一般化してすべて正しいとしてどんな意思決定にも行動にも使われたとすれば、業績にマイナスに働くばかりか、経営者の立場も社員の幸福も破壊することになる。だから「半分だけ正しい常識」は「全くのうそ」よりあるかに危険だ。
 この本の第2部(第3章〜第8章)では、こうした「半分だけ正しい」常識の実例が6つ紹介されている。
 たとえば、ワークライフバランスの問題だ。仕事とプライベートを混同してはならない、というのはまことに正論のようだが、実は危険な「半分だけ正しい」常識だ。事実をみれば、仕事とプライベートを切り離すことは難しく、互いに影響する。あるいは"War for Talent"だ。優秀な人材を採用することが業績向上には必要だ、というのも、人間の成長や、組織やシステムの持つ役割、力を見落とした「半分だけ正しい」常識だろう。一時期わが国でも猛威をふるったのが「金銭的インセンティブが個人、会社の業績を上げる」という「半分だけ正しい常識」は、対象者がインセンティブ対象にばかり注力したり、金銭以外のインセンティブを求める人には効果がないといった限界を露呈した。ほかにも、「経営戦略が決定的に重要だ」…しかし、いくら戦略を作っても実行されなければ意味がない。"Change or die?" …しかし、コストや効果、影響を考えずにやみくもに変革するのはまずいだろう。そして「リーダーは組織を完全に掌握すべき」…そんなの、無理に決まってる。
 こうした「半分だけ正しい」常識にとらわれず、調査や実験を通じて現実を把握して「事実に基づいた経営」を行うことは、実はかなり難しい。第2部の前後の第1部、第3部では、その必要性と実践について述べられている。事実に基づいた経営とは、単なるテクニックではなく、見識であり考え方であって、そしてその実践こそが重要である。この本ではその原則についても述べられているが、とりわけ目をひくのが、企業風土の重要性である。事実に基づいた経営とは、経営陣だけではなく、社員全員がそれを実践しなければならない。それが自然と行われる風土をつくることが経営陣の仕事なのだろう。
 結局のところ、この本が述べていることは一貫して「当たり前のこと」といえるかもしれない。しかし、当たり前が当たり前であることは、決して容易なことではない。著者らの前著にあるように、「当たり前とわかっている」ことと「当たり前にできる」こととには大きなギャップがあるのだ。この本の訳題の副題は「なぜ「当たり前」ができないのか?」というものだが、たしかにこの本はそれを考えるための材料、ヒントが多く含まれている。経営に携わる人に限らず、多くの企業人に広くお勧めしたい好著である。