池田信夫先生の御用組合

ものは言ってみるものだなぁ、と申しましょうか。28日のエントリで「コメント欄で引き合いに出されていたらご教示ください、と書いたところ、さっそく貴重な情報が寄せられました。ありがとうございます。
なんと、あの池田信夫先生が、先生のブログのコメント欄で私についてコメントしていただいているというのです。

労務屋氏へ (池田信夫)

2009-05-13 00:53:24

労務屋」こと荻野勝彦氏からコメントがついています。事実認識はそう大きく違わないようだけど、誤解がありますね。

<・・・長期雇用や職能給・職務等級給を維持すべきだ」と言っているわけですが、それはまるっきり無視されています>

こういうコメントが実に多いが、私は長期雇用の価値を否定したことは一度もない。長期雇用がすぐれているなら、法律で規制する必要はないでしょ。解雇規制が、効率賃金として合理的な範囲をこえて雇用を硬直化しているといっているのです。

<「御用組合ナショナルセンターが、総評(現在の連合)である」ってのは、旧総評の人が聞いたら怒るでしょうねぇ>

彼は労務屋でありながら、総評がGHQによって第二組合のナショナルセンターとしてつくられたことも知らないのかな。

第二次世界大戦後、占領軍・連合国軍最高司令官総司令部の保護と育成の下に再出発した日本の労働運動は,当時の経済・社会情勢を背景に激しく、かつ政治的色彩の濃いものであった。 労働組合主義と世界労連の分裂の結果できた国際自由労連指向を原則として、1950年(昭和25年)7月、総評は結成された> Wikipedia

のちに社会党の影響で左傾化し、同盟が分裂したが、総評は最初は産別をつぶすための御用組合だったのです。こんなことは「労務屋」としての基礎知識ですよ。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/cmt/af7e965f848079462718c38872fb7ecd、以下同じ)

池田先生のブログはコメント欄が別窓で開く仕様になっていて、このコメント欄の本文エントリは「「勤勉革命」を超えて」(http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/af7e965f848079462718c38872fb7ecd)です。うーん、この表現、まちがいなく池田信夫先生だ…そうか、「事実認識はそう大きく違わないようだ」か…って何をうっとりしてるんだ俺は(笑)。
ということで、このコメント欄コメントには反応しなければなりますまい。池田先生のコメントは2点あって、まずはこれです。

<・・・長期雇用や職能給・職務等級給を維持すべきだ」と言っているわけですが、それはまるっきり無視されています>

こういうコメントが実に多いが、私は長期雇用の価値を否定したことは一度もない。長期雇用がすぐれているなら、法律で規制する必要はないでしょ。解雇規制が、効率賃金として合理的な範囲をこえて雇用を硬直化しているといっているのです。

これのエントリは私としては、小池和男先生の本を池田先生がご紹介された際、池田先生が小池先生の本の結論を紹介していないのは残念だ、という趣旨で書いていて、池田先生が「長期雇用の価値を否定した」という趣旨ではないのですが、まあこれは私の書き方が悪かったのと、「こういうコメントが実に多い」せいで私のエントリも同じようなものだと思われてしまったのでしょう。
そこで、「長期雇用がすぐれているなら、法律で規制する必要はないでしょ。解雇規制が、効率賃金として合理的な範囲をこえて雇用を硬直化しているといっているのです。」についてですが、後段については私もかなり近い考え方を持っています。長期雇用は重要ですが、今のような長期雇用が減ったとはいえまだ6割以上もいるのは多すぎるのではないか、たとえば法制度が変更されて、勤務地限定や職種限定で、その勤務地や職種が存続すれば定年まで雇用するが、なくなれば当然に退職する、といった雇用契約が可能になれば、いまの長期雇用のある程度の割合はそちらに移行するのではないか、と考えるわけです。
いっぽう、前段については、「長期雇用が優れているのなら企業がそれをコミットすれば足り、法律で保護する必要はない」という主張は規制緩和論者が良く持ち出しますが、私はこれはやはり法的保護が必要だと思います。いかに企業が長期雇用をコミットしたとしても、法的保護がなければ機会主義的な解雇が行われる可能性はあるからです。機会主義的解雇が行われる可能性がある以上、労働者が企業特殊的熟練(これも池田先生には不評ですが)を形成するインセンティブは働きにくくなり、生産性が低下する危険性があります。
(6月1日修正)効率賃金仮説を採用するなら、効率賃金として合理的な範囲(これは一応企業が判断できると仮定していいでしょう)内については解雇規制は存在してもいいわけで、合理的な範囲をこえている部分は他の契約形態で雇用すればよいということになります。企業が本当に長期雇用をコミットしたい、してもいい人については、解雇規制は存在してもいいわけですが、現行の長期雇用は、それ以上に範囲が広くなっている可能性はあります。企業としては3年の有期契約では問題があるので長期雇用にせざるを得ないが、上記のような勤務地限定や職種限定の雇用契約、あるいは10年の有期雇用契約が可能ならそうした契約にしたい、という労働者もいるかもしれないからです。逆に、企業としては長期雇用にはできないから3年有期契約にしているが、可能であれば5年、10年の有期契約にして安定度を高めてもいい、ということもあると思います。それを困難にしている現行法制(期間の定めのない雇用か原則3年例外5年以下の有期雇用しか許されない)には問題があると思います。
次は労働運動史に関わる内容ですが、

<「御用組合ナショナルセンターが、総評(現在の連合)である」ってのは、旧総評の人が聞いたら怒るでしょうねぇ>

彼は労務屋でありながら、総評がGHQによって第二組合のナショナルセンターとしてつくられたことも知らないのかな。

第二次世界大戦後、占領軍・連合国軍最高司令官総司令部の保護と育成の下に再出発した日本の労働運動は,当時の経済・社会情勢を背景に激しく、かつ政治的色彩の濃いものであった。 労働組合主義と世界労連の分裂の結果できた国際自由労連指向を原則として、1950年(昭和25年)7月、総評は結成された> Wikipedia

のちに社会党の影響で左傾化し、同盟が分裂したが、総評は最初は産別をつぶすための御用組合だったのです。こんなことは「労務屋」としての基礎知識ですよ。

歴史的経緯はもちろん私も承知していますが、総評が労働組合主義で反共だからといって「御用組合」とまで言うのは、とりあえず普通の用語法ではないと思うのですが。御用組合というのは、経営者の支配介入を受けて自主性を失った労組のことをいうのが通常だろうと思います。GHQは日本の民主化のために労働運動を育成しようとし、それが急進的に左傾化するのをみて、日本の共産化を防ぐために総評の結成を支援した(関与の程度については諸説ありますが)わけで、経営者の支配介入下におかれた御用組合をつくろうとしたわけではありませんし、現実にできた総評もそうしたものではありませんでした。
もちろん、池田先生が労働組合主義・反共をもって、あるいは事実上の為政者の影響下にあることをもって御用組合と定義するのであればそれはご自由です。私としては別に池田先生が間違っているということを言いたかったわけでは一切なく、したがって「旧総評の人が聞いたら怒るだろう」という書き方にしたわけです。まあ、御用組合と言われて怒らない労組関係者も珍しいとは思いますので、いささかフェアでない書き方かもしれませんが…。また、「総評(現在の連合)」というのも、間違いではありませんが旧総評の人が聞いたら怒るかもしれません。「俺たちを連合と一緒にするな!」と思う人もいそうですので。

Wikipediaにおける御用組合

池田先生がWikipediaを引用されたので、私もWikipediaの「御用組合」の項目を閲覧してみたところ、こんな説明がされていてちょっとびっくり。

概要
 本来、被用者(労働者)によって組織されている労働組合は、労働組合法によって雇用者(使用者)側の直接の介入を禁じるものと定義づけられているが、間接的な介入によって合法的に、または司法の目を盗んでの直接的な介入によって雇用者側は労働組合を手中に収める事が可能である(例えば組合幹部の出世を約束することを引き換えに首切りや賃下げに応じさせる、など)。こうして雇用者側に支配された労働組合をこのように呼ぶ。これらの行為は日本においては労働組合法で黄犬契約として禁止されている。
 被用者に対する賃金の引き下げや労働条件の変更などは、労働組合の了承をとらねば施行することができない(法的に絶対そうだとは言い切れないが、経営上労組と決定的に対立していては円滑なリストラは困難なのが実情)ため、御用組合がある企業においては、雇用者は被用者の社会的な生殺与奪の権利すら得ることになる。経営者と癒着した労働組合幹部が、労働貴族と化すことも少なくない。
 かつての総評は、全日本労働総同盟系労組を「御用組合労使協調」とする主張した
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E7%94%A8%E7%B5%84%E5%90%88

おそらく早晩修正がなされることとは思いますが、これはひどいですね。
冒頭部分からかなり変ですが、少なくとも「これらの行為は日本においては労働組合法で黄犬契約として禁止されている。」というのは明らかに間違いです。いうまでもなく、黄犬契約とは労組に加入しない、あるいは労組を脱退することを条件とする労働契約のことですね。
また、「被用者に対する〜」の段落についても、労組の理解・協力がなければリストラが困難だというのは概ねそうだとしても、労組が了承すれば賃金の引き下げや労働条件の(不利益)変更がすべて可能かといえば当然そうではなく、労組の了承はこれらの合理性を判断する一要素にすぎません。
ちなみに、履歴をみると「これらの行為は日本においては労働組合法で黄犬契約として禁止されている。」という追記は2009年5月15日 (金) 23:16Tom-springという利用者の方によって行われているようです。まあ、比較的最近なので明らかな間違いも見過ごされているのでしょう。 「被用者に対する〜」の段落の記述は、2005年1月5日 (水) 13:52にEszigという利用者の方がこの項目を作成して以降、基本的にそのまま放置されているようですが…orz
自分で直すのが正論なのかもしれませんが、面白いのでそのままにすることにしました(笑)。誰かが修正する前に、ぜひ見て笑ってください。というか、wikipediaってこのくらいの正確性だと思って使わないといけないんですねぇ。

ついでに

はてなキーワードのほうもなかなか笑えます。
御用組合

 労使協調を重視する労働組合
組合が複数ある企業の場合、闘争的な労組の組合員が協調的な組合を揶揄する場合に多用される。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%b8%e6%cd%d1%c1%c8%b9%e7

一行目はともかく、二行目はそのとおりかも。自分で直すのが正論なのかも(ry