現場からみた労働政策(1)派遣規制で失業は減るか

「労基旬報」紙に、「現場からみた労働政策」というコラムを連載することになりました。http://www.jade.dti.ne.jp/~roki/
 第1回掲載紙の販売期間が過ぎましたので、ここにも転載しておきます。これまで書いてきたことと思い切りかぶりまくりますが…。


派遣規制で失業は減るか

 雇用情勢が悪化する中、非正規労働、とりわけ派遣労働が問題視されています。現実には、派遣労働者は増えたとはいえ労働者全体の4.7%、非正規労働者の12%程度にとどまる(厚生労働省「平成19年就業形態の多様化に関する総合実態調査」による)少数派ですが、近年人材派遣業者の法違反が相次いだことや、いわゆる「ワーキングプア」問題の中で日雇い派遣が注目を集めたことなどから、非正規労働問題の象徴的な存在として受け止められている感があります。昨年末には、日比谷公園で行われたホームレス支援活動が「年越し派遣村」と銘打たれ、メディアで大きく取り上げられました。
 こうした中で、派遣労働は政治的にもホットイシューとなり、日雇い派遣についてはすでにその禁止を含む労働者派遣法改正法案が昨年11月に国会に提出されました。さらに、政府・与党には「製造派遣の禁止」や「派遣業者の仲介料の上限規制」などの踏み込んだ規制を行うべきとの意見もあるそうです。野党には登録型派遣を原則禁止すべきだとの主張もみられます。
 いっぽうで、こうした規制強化に対して「かえって失業者を増やすだけ」という意見も多くみられます。どう考えればいいのでしょうか。
 はじめに、すでに派遣法改正法案に盛り込まれている日雇い派遣の禁止から考えてみたいと思います。
 まず、最近はかなり少なくなりましたが、法案提出当時には日雇い派遣を禁止すれば正規雇用が増えて雇用が安定する、といった議論が往々にしてみられました。しかし、少し考えればそうはうまくいかないことは明白です。規制したところで日雇いなどの短期労働のニーズが減少するわけではありませんから、日雇い派遣が禁止されれば直接雇用の日雇いが増えることになるでしょう。むしろ、マッチングの手段が減少する分、失業が増える結果になりかねません。実際、厚生労働省が平成20年11月4日に発表した資料(「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律等の一部を改正する法律案概要」)をみると、日雇い派遣の原則禁止は「あまりにも短期の雇用・就業形態であり、派遣元・派遣先双方で必要な雇用管理責任が果たされていない」、具体的には「禁止業務派遣、二重派遣等、法違反の温床」「労働災害の発生」が理由とされていて、雇用の安定を意図しているとの趣旨ではないようです。
 しかし、こうした理由であれば、禁止の例外となる職種が多数限定列挙されてはいるとはいえ、日雇い派遣の原則禁止はかなり行き過ぎた規制のように思われます。法違反に対しては取締や罰則の強化で臨むというのが一般的な考え方でしょうし、労働災害の発生についてはそれが懸念される職種について限定的に規制すれば足りるはずだからです。実態をみれば、厚生労働省が2007年に実施した「日雇い派遣労働者の実態に関する調査」によれば、日雇い(短期派遣)で働いている人の45.7%が今後も「現在のままでよい」と回答しています。実際、たとえば学生アルバイトや定年後の高齢者など、都合のいい時に手頃な仕事で小遣い稼ぎをしたいという人たちにとっては、登録さえしておけばいろいろな仕事を携帯メールなどで紹介してくれる日雇派遣はかなり便利な存在に違いありません。こうした多くの人たちに不便を強いてまで日雇い派遣を原則禁止するのが本当にいいのかどうかは考え直してみる必要があるでしょう。
 もう一つ、今回の改正法案で目立つ内容としてグループ企業への労働者派遣の割合規制があります。すでに子会社が専ら親会社に対してのみ派遣を行う「専ら派遣」は禁止されていますが、これを連結子会社にまで拡大したうえで、その割合の上限を8割に規制する、というものです。前出の厚生労働省の資料によれば、その意図するところは「本来直接雇用する者を派遣として、労働条件を切下げ」るといった問題点に対処するため、ということのようです。実際、一部業界では女性一般職を系列の人材派遣会社にいったん転籍させた上で従来と同じ仕事に派遣させ、賃金の抑制や雇用の柔軟性確保をはかっているという話も耳にします。こうした行為があるとすれば、それは当然規制されてしかるべきでしょう。
 とはいえ、それがなぜ「8割」という上限規制になるのかは理解に苦しみます。悪質な行為があればグループ企業への派遣割合がいかに低くともそれは規制されるべきですし、8割を上回れば必ず悪質な行為が行われるというわけでもありません。実際、定年後再雇用や、出産・育児等のためにいったん退職した人の再就労の受け皿として、グループ企業への派遣が有意義に活用されている実例は多数あります。常識的に考えて、再就労先として働きなれた、あるいは勝手がわかっているかつての勤務先やそのグループ企業を希望する人は多いでしょうし、そのマッチングの手段として、広くグループ内に派遣先を求めることができるグループ内派遣は有効といえましょう。実際、今回の改正法案が定年退職者を例外としているのもそうした趣旨と考えられます。一律の上限規制はこうしたマッチングの効率を低下させる恐れがあり、少なくとも出産・育児等のために退職した人についても例外とするなどの配慮が必要と思われます。
 さて、この年初来とみに言われている製造派遣の禁止ですが、これはおそらく昨年秋以降製造業の売上・生産高が急速に低下したため、そこで就労していた派遣労働者が失業するケースが増加したことを受けたものと思われます。とはいえ、今回の不況でたまさか製造業が大きな影響を受けたからといって、ただちに製造業への派遣を禁止するというのが合理的かどうかは疑問です。また、仮にこれを禁止したとしても大半は有期雇用に置き換わるだけで、それで失業が防げるかと言うと疑問があります。
 そもそも、昨今の雇用失業情勢を考慮すれば、たとえば年末に「年越し派遣村」に集まってきた失業者の中には「日雇い派遣でも製造派遣でもいいから働きたい」と思っている人も多数いただろう、というのは容易に想像できるところです。こうした情勢下で規制を強化し、就労機会を制限しようとすることが本当にいいかのどうか、あらためて考えてみる必要があるのではないでしょうか。周知のように、今年は2007年に製造派遣の期間上限が3年に延長されてからその3年が経過し、多くの派遣労働者が上限に到達する「2009年問題」の年でもあります。厚生労働省は昨年9月の通達で、派遣可能期間満了後にいわゆるクーリング期間をおいて再度派遣労働者を受け入れることに否定的な見解を示しましたが、これも現下の情勢においてはいたずらに失業を増やす結果につながる危険性があります。過度に建前にとらわれることなく、就労促進・失業抑止に資する規制のあり方を柔軟に考えるべきではないかと思います。