厚生労働省の組織

日経新聞で「ザ・厚労省」という連載特集記事が進行していますが、3月28日には有識者のコメント特集が掲載されていました。きょうはその中から「雇用」に関する意見を取り上げてみたいと思います。各界の論者が、「厚生労働省という組織の問題点」にポイントを絞ったコメントです。

 八代尚宏国際基督教大教授
 非正規社員の比率が三割を超すなかで、労働基準法違反を取り締まって労働者を保護すべき「労働警察」は人手不足で十分な役割を果たしているとはいえない。全国の公共職業安定所に勤務する二万二千人の国家公務員を基準監督署に移し、窓口の職業紹介や失業保険給付事務などを地方や民間に移すべきだ。これこそ労働行政に必要な集中と選択である。
(平成21年3月28日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 いきなりまことに刺激的なコメントですが、とりあえず職安の職員を監督署に移すとか、職安業務を地方や民間に移すことについてはここでは論じません。
 で、労働基準監督業務の強化が必要だという意見は賛同できるものです。サービス残業の是正も大事ですが、設備を危険な状態に放置したままで作業させている使用者や、残業代どころか賃金自体を遅配欠配する使用者、労働災害を適正に処理しない使用者など、悪質な使用者も残念ながらまだまだいます。これらの指導、是正はまことに急務と申せましょう。個別の場面においては、身の危険を感じる場面もあるかもしれませんが、そこを勇敢に取り組んでこそ「労働警察」といえるのではないでしょうか。そういう事業所こそ労働者が理不尽な目にあわされていることも多いわけですし。また、非正規社員の比率が高まっていることに関しては、労働基準法違反よりむしろ本来加入すべき社会保険、労働保険に加入していないといった法違反のほうがより問題ではないかと思われます。そういう意味では、これらの是正にあたる社会保険事務所の職員も、必要であれば増員すべきであろうと思われます。これらこそ、公権力を有する公務員でなければできない、公務員がやるべき仕事と申せましょう。

 長谷川裕子・連合総合労働局長
 厚労省を厚生と労働に分けるべきだ。厚労省の扱う行政範囲が広すぎる。国会審議では、注目の集まる年金や医療など厚生分野の議論はたくさんの時間を確保できている。一方、労働分野の審議時間は少なくなっている。都道府県ごとに労働局を維持する組織体制は守るべきだ。

 なるほど、なるほど。たしかに、少子高齢化の中で元々社会保障が大問題な上に、雇用問題がこれほど大事になってしまうと、たしかに厚生労働大臣は大変でしょう。こういうときこそ、副大臣などが仕事を分担する(お、これもワークシェアリングといえなくもないか?)などして十分な対応が取れるようにする必要はありそうです。ただ、厚生労働省の組織はといえば、内実をみればごく一部を除いて依然として旧厚生省と旧労働省に分かれたままなので、またぞろ分けるまでもないような気はします。ということで、長谷川氏が指摘するように、重要なのは審議時間の確保と申せましょう。たしかに「厚生労働省でこれだけ」とやられると社会保障に押されて労働の取り分が少なくなる、というのは役所内の力関係の反映として起こりうることかもしれません。だからまた役所を分けるかどうかは別として、必要な審議時間が確保されないために法律が成立しないのは困る、というのはまことにわかるものがあります。

 樋口美雄・慶大教授
 非正規社員の問題は貧困や格差固定化の大きな原因になっており、景気循環的要因だけではなく、職場における差別や階層化、教育訓練機会の欠如、安全網の手薄さ、法的不備といった構造的要因から生じている。この問題を解決するには、局壁を越えた総合的な対策が求められる。有期労働の問題は各局によって個別に対応されており、総合的に取り扱う組織体制の整備が必要ではないか。

「職場における差別と階層化」というのがなにかよくわかりませんが、まあこれは記者の問題なのでしょう(「法的不備」というのもよくわかりませんし。政策問題なんですからなんだって法的不備といえば法的不備ですよね)。省内に「非正規労働対策室」みたいなのを作って総合的な政策づくりをすべきだ、というのは、まあ一つの考え方としてはあるのかもしれません。非正規だけに絞ってしまうと、正規や個人事業なども含めた全体が見えなくなってしまうのではないかという心配も一方ではあるわけですが。

 小野文明・日本マニュファクチャリングサービス社長
 日本の製造現場の海外移転は加速の一途をたどっている。ものづくりとはかけ離れた単純な労働者供給制度の派遣を現場に適用した結果だ。日本で独自に進化した「請負」をベースに新たな立法化の検討をお願いしたい。

これまた「日本の製造現場の海外移転は加速の一途をたどっている。ものづくりとはかけ離れた単純な労働者供給制度の派遣を現場に適用した結果だ。」というのがまことに謎です。まあ、日本マニュファクチャリングサービス社の請負を活用しておけば日本にとどまれたのに…ということかもしれませんが、それにしても製造派遣のせいで製造現場が海外移転している、と考えている人はあまりいないのではないでしょうか。それはそれとして、請負については請負のための法律を整備したほうがいいことは間違いなさそうで(小野氏の考えるものと同じかどうかは別として)、これは重要な課題と思われます。これだけは組織の話ではありませんが。