「労働政策を考える」派遣労働の見直し

「賃金事情」誌http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/index.htmlで、また連載をはじめました。連載タイトルは「労働政策を考える」。第1回は2月5日号に掲載されています。販売期間が過ぎたので、転載させていただきます。初回は派遣法の関係です。これまでこのブログで繰り返し書いてきたことなので、目新しい内容はありませんが…。


派遣労働の見直し

 昨年秋以降、いわゆる非正規労働者の雇止めが拡大し、雇用失業情勢が悪化していることから、労働者派遣の規制強化を求める声が強まっています。すでに日雇派遣の禁止などを含む労働者派遣法改正法案が国会に上程され、審議されていますが、それに加えて与党の新雇用対策プロジェクトチームは「派遣会社が派遣先の企業から得る仲介料に上限を設けることで、派遣社員の報酬引き上げにつなげる案」が示されているそうです(平成21年1月4日付日本経済新聞朝刊)し、舛添要一厚生労働相は製造業への派遣労働を規制する考えを示した(平成21年1月4日付日本経済新聞夕刊)そうです。
 これら一連の見直しは、実現すれば企業の人事管理にかなり大きな影響を与えることが予想されますが、果たしてその効果はどれほどのものかといえば、いささか疑問もあります。
 まず、すでに国会に提出されている改正法案のおもな内容からみていきたいと思います。第1は、いわゆる日雇派遣の禁止で、日々又は30日以内の期間を定めて雇用する労働者について、原則、労働者派遣を行ってはならないとしています。ただし例外があり、具体的にはいわゆる26業務のうちソフトウェア開発、機械設計、事務用機器操作、通訳、翻訳、速記、秘書、ファイリング、調査、財務処理、添乗、案内・受付、研究開発、書籍等の製作・編集などが列挙されています。
 これについては当初、与党のプロジェクトチームは「日雇い派遣は「雇用が不安定」との理由で原則禁止」という見解をとり(平成20年7月3日付日本経済新聞朝刊)、雇用安定をめざすものとされていました。しかし、厚生労働省が発表した改正法案の概要資料(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/11/dl/h1104-1a.pdf)をみると、日雇派遣は「需給調整システムとして相応しくない」、すなわち「あまりにも短期の雇用・就業形態であり、派遣元・派遣先双方で必要な雇用管理責任が果たされていない」のが問題とされ、具体的には「禁止業務派遣、二重派遣等、法違反の温床」「労働災害の発生」が例示されています。考えてみれば当然のことで、日雇派遣を禁止したところでそれまで日雇派遣で働いていた人が安定した正規雇用に就けるわけではありません。1日から30日間といった短期の労働力へのニーズは依然としてあるのですから、日雇派遣が日雇いの直接雇用などに置き換わるだけで、雇用が目に見えて安定することは期待しにくいでしょう(ちなみに、改正法案では別に派遣元に常用雇用への転換推進措置を努力義務化するなどして雇用の安定をはかろうとしています)。
 となると、「禁止業務派遣、二重派遣等、法違反の温床」「労働災害の発生」への対策として、改正法案のような日雇派遣の原則禁止が本当にいいかどうかはかなり疑問に思えます。現実をみると、厚生労働省が2007年に実施した「日雇い派遣労働者の実態に関する調査」によれば、日雇(短期派遣)で働いている人の45.7%が今後も「現在のままでよい」と回答し、最多となっています。都合のいい時に手頃な仕事で若干のお金を稼ぎたいという人たち、たとえば学生アルバイトや定年後の高齢者の一部にとっては、わざわざ職探しをしなくても登録しておけばいろいろな派遣先を携帯メールなどで連絡してくれる日雇派遣はかなり便利なものです。法違反に対しては取締や罰則の強化で臨むのが筋(改正法案にはそのための施策も織り込まれています)でしょうし、労働災害が懸念される危険業務に対する規制は必要としても、その範囲は改正法案よりはかなり狭くてすむはずですから、なにも日雇派遣を広く規制してそれを便利に使っている人たちに不便を強いる必要はないのではないかと思われます。
 もうひとつの大きな改正点として、いわゆるインハウス派遣に対する規制強化があります。グループ企業(親会社及び連結子会社)内の派遣会社が一の事業年度中に当該グループ企業に派遣する人員(定年退職者を除く)の割合を8割以下とする義務を派遣元事業主に課す、というもので、すでにあるいわゆる「専ら派遣」の禁止範囲を拡大するものです。
 これについては、具体的に「第二人事部的なものであり、需給調整機能を果たさない面も」「本来直接雇用する者を派遣として、労働条件を切下げ」といった問題点が指摘されています。たしかに、一部の業界では「系列のビジネス処理・人材派遣会社に女性一般職を転籍させ、一般職の新規採用も同社に一本化」といったことが考えられていたという報道もあり(平成10年7月1日付朝日新聞朝刊)、こうしたことが行われないように規制する必要はあるでしょう。
 とはいえ、そのために「8割」という数字で一律に禁止することがいいかどうかは、やはり別問題のように思われます。派遣労働者にとって大切なのは仕事や処遇であって、ここがしっかり確保されていれば専ら派遣であろうがなかろうが無関係のはずです。実際、改正法案は定年退職者を例外としていますが、定年に限らず出産・育児などのために退職した人の再就労の受け皿として派遣労働者からも派遣先からも高い満足度を得ているインハウス派遣も多いとききます。普通に考えて、同じ再就労するのであれば、かつての勤務先やそのグループ企業で働いたほうが働きやすく、仕事も効率的でしょうし、こうした再就労がある程度まとまった人数になってくれば、外部の派遣会社を使うよりは、グループ内に派遣会社を作ったほうがマッチングも効率的で、さらに「中におカネを落とす」ことができる、と考えるのもいたって自然な考え方でしょう。今回の改正法案は、結果的にこうした有益なインハウス派遣まで規制対象にしてしまう危険性が高いように思われます。
 次に、最近示されている規制強化のアイデアはどうでしょうか。「派遣会社が派遣先の企業から得る仲介料に上限を設ける」というのは、派遣労働者が派遣会社に搾取されているという発想だと思いますが、一方で派遣労働者に研修を施し、能力を高めて、高度な人材を派遣することで利益率を高めようというビジネスモデルを推進している派遣会社もあり、「仲介料」に上限を設けることはこうした企業の人材育成意欲を確実に冷やすでしょう。派遣労働者の報酬が低きに失しないようにするためには、その是非や水準などは別として、派遣労働にはより高い最低賃金を設定するといった直接的手法のほうが効果的と思われます(副作用として雇用減がともなう可能性が高いですが)。
 また、製造業への派遣の規制(かつては禁止されていましたので、再規制ということになります)についても、現実には派遣が有期雇用に置き換わるだけで、雇用の安定という意味では効果は限定的ではないでしょうか。むしろ、派遣のほうが万一中途解除されても派遣元との雇用関係が残るという点では安定しているともいえるかもしれません。
 一連の議論をみていると、雇用失業情勢の悪化に対して派遣労働が実態以上に悪者にされている感を禁じ得ません。規制強化で雇用情勢を改善させるつもりが、かえって雇用減を招いてしまった…ということにならないよう、慎重な検討が必要ではないかと思います。