労働政策・考(6)ワーク・ライフ・バランス

「賃金事情」2008年1月合併号(No.2534)に掲載された「労働政策・考」の第六回を転載します。これが最終回で、ワーク・ライフ・バランスを取り上げました。


 最近、「ワーク・ライフ・バランス」が労働政策のキーワードとして注目を集めています。その論点は多岐にわたりますが、ここでは、その中でともすれば見過ごされがちなように思われる論点を2つご紹介したいと思います。
 ひとつは、働く人は労働者であるとともに消費者でもある、という点です。
 法政大学の武石恵美子教授は、毎日新聞のインタビュー記事で「ワーク・ライフ・バランスというと、短時間勤務とか、在宅勤務をイメージされがちですが、長時間労働や残業を減らし、有給休暇をきちんと取ることが重要です。…ただ、残業をなくすには、利便性を追い求めてきた社会全体の発想の転換が必要です。24時間営業のコンビニエンスストアが早く閉店しても仕方ない。そのくらいの覚悟が必要になります」と述べています(平成18年7月6日付毎日新聞朝刊)。
 もちろん、残業が減れば残業代が減りますから、その分は消費生活の豊かさも縮小せざるを得ません。これはその分自分の自由時間が増えているのですから一応は納得できるでしょう(望むかどうかは別として)。しかし、話はそれだけにとどまりません。日本には本家アメリカの倍近いセブン・イレブンがあるそうですが、ワーク・ライフ・バランスを追求していくためには、私たちが享受しているこうした便利な消費生活をも断念する必要があるかもしれない、と武石教授は指摘しているのでしょう。実際、内閣府のウェブサイトで公開されている「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章(案)」(http://www8.cao.go.jp/shoushi/w-l-b/change/k_8/pdf/s2.pdf)でも、「国民の役割」として「消費者として、求めようとするサービスの背後にある働き方に配慮する」とさりげなく?記述されています。遠回しな表現ですが、これは誇張していえば「だれかのワーク・ライフ・バランスのためにあなたの消費生活の豊かさを犠牲にしてほしい」ということではないでしょうか。
 もうひとつは、ワーク・ライフ・バランスの「ワーク」とはなにか、「ライフ」とはなにか、という問題です。
 今のところは、ワーク・ライフ・バランスといえば会社と家庭、会社と私生活のバランスといった受け止め方が一般的で、「育児」や「家事」、あるいは「介護」などは、当然のように「ライフ」に包含されるものとされています。しかし、世間には、いわゆる「主婦」のこうした活動を「アンペイド・ワーク」と称して「労働」として扱おうという考え方もあります。ワーク・ライフ・バランスを労働問題としてだけではなく、国民がよりよい生活を送るための理念として考える場合には、「ワーク」=報酬をともなう就労、と単純には割り切れないのではないでしょうか。ほかにも、たとえばPTAやマンション管理組合の役員のような義務的な活動については「ワーク」としてとらえる視点も必要かもしれません。
 とりわけ、少子化対策としてワーク・ライフ・バランスを論じるときには、こうした視点が必要なように思われます。育児を「ワーク」ととらえている人に対しては、育児の時間を確保するだけではなく、育児の負担を軽減する対策が必要となってくるでしょう。
 ワーク・ライフ・バランスを大切にしたいという考え方には多くの人が共感するでしょうが、政策を議論する際には多角的、多面的な検討が必要ではないかと思います。