ビジネスガイド5月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』5月号(通巻886号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

ビジネスガイド 2020年 05 月号 [雑誌]

ビジネスガイド 2020年 05 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2020/04/10
  • メディア: 雑誌
 今回の特集は年金法改正の実務対応、派遣労働者の「労使協定方式」の解説、この2月に発出されたパワハラ通達の解説と非常に盛沢山です。いずれも実務に役立つ時宜を得た記事だと思うのですが、それにしてもこの非常時にこれだけの実務をこなさなければいけないのですから各社の人事担当者もたいへんだなあと同情することしきり。
 そして八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」、第3回となる今回は「同一労働同一賃金法と非正社員」について、相変わらずの鋭い論評を展開しておられますので少し詳しめに紹介したいと思います。
 まず、日本のいわゆる正社員の賃金体系と非正規雇用の賃金とは全く異なることを説明し、今回の「同一労働同一賃金」はその大きな違いをそのままに企業別労働市場の中での均等化をはかるという「欧米の職種別賃金とは似ても似つかないもの」と指摘します。さらに「勤続年数にかかわらず、個々の社員の仕事内容を明確に定めたうえで、…給与を決めることが、本来の同一労働同一賃金の考え方」と指摘し、それに対し「日本の企業では、…この「職務」という概念に乏しい以上、同一労働同一賃金という概念自体が成り立ち難いのも当然」と断じておられます。
 その上で、日本の正社員の職務無限定な働き方の利点も評価しつつ、無限定の正社員と職務給の非正社員の「労・労対立」が課題だといういつもご持論を展開されます。そして、こうした矛盾を抱えた「同一労働同一賃金」は労働市場の機能を阻害し、政府の介入を拡大するという大きな弊害を有すること(この典型的な例が今号の特集にもなっている「派遣労働者同一労働同一賃金」)、今後の望ましい方向性としては「正社員の働き方を、いわば「無形文化財」のように守ろうとする」のではなく、グローバルな経済社会や日本の労働市場の変化に応じた別の合理的な仕組みへの変化を円滑に進めることを主張しておられます。
 とりわけ、はじめの部分でも「たとえ現行の雇用慣行を一気に変えることは無理でも、将来、目指すべき働き方の目標を、グローバル型の同一労働同一賃金とするか否かを明確に示す必要があります。そうした本質的な議論を避けて、単に現行の正社員の働き方を維持するとしていることに、大きな問題点があります」と指摘されていることは重要でしょう。ここからは記事からは離れますが、実は八代先生はすでに(このブログでも過去何度か紹介したように)1997年の名著『日本型雇用慣行の経済学』で以下のように指摘しておられました。すでに20年以上前の本ですが、今読んでも非常に学ぶことの多い名著です。

 一般に、「日本的」と称される雇用慣行の特徴としては、長期的な雇用関係(いわゆる終身雇用)、年齢や勤続年数に比例して高まる賃金体系(年功賃金)、企業別に組織された労働組合、などがあげられる。これら企業とその雇用者の間の固定的な関係は、かつては雇用者の企業への忠誠心を確保するメカニズムとして理解された時期もあった。しかし、欧米の企業でも、雇用の固定性は必ずしもめずらしいわけではなく、日本と欧米諸国との雇用慣行の違いは、質的な違いよりも、それがどの程度まで企業間で普及しているかの量的な違いにすぎない。
八代尚宏(1997)『日本的雇用慣行の経済学』、p.35)
 本書は、日本の雇用慣行を含む企業システムが全体として戦略的な補完性をもつため、大幅な革新なしには変わらないという見方に対して、より漸進的な変化の可能性を指摘する。それは、従来の日本的雇用慣行の対象である企業活動のコア的な雇用者の比率が低下し、それを取り巻く流動的な雇用形態の労働者が徐々に高まる「雇用のポートフォリオ」選択の変化である。これは従来の固定的な雇用慣行が不要となるのではなく、むしろその逆を意味する。すなわち、流動的な形態の雇用者の比率が高まるほど、固定的な雇用慣行の対象となるコア労働者の責任は高まるという「労働分業」の進展でもある。
(同、p.252)

 まさにこの予言は現在に至るまで漸進的な正社員比率の低下・非正規雇用労働者の増加といった形で実現することになるわけですが、その結果として労働市場の二極化がもたらされました。それが今回の「同一労働同一賃金」の背景にもなっているわけですが、八代先生のご意見は現下の政策のようにこの二極化構造を維持したまま賃金の均等化を進めるのではなく、引き続き漸進的に正社員比率を低下させ、職務給の、(現在のわが国の非正規雇用ではなく、欧米型のより安定的で労働条件も比較的良好な)より「流動的な雇用形態の労働者が徐々に」増えていくことを目指すべきというものでしょう。これには私も同感ですし、多くの労働問題の専門家が共有する見解ではないかと思います。
 ただまあこうした方向性に国民的コンセンサスが得られるかというと簡単ではなさそうであり(従来型の正社員を希望する人も多そう)、また残念ながらこの「漸進的」「徐々に」というのが、なるべく早期に目に見える成果(非正規にも賞与とか)を求める政府のニーズには合わなかったというのが実際のところでしょう。そこで短期的に非正規の処遇を改善するための理屈として、大多数の専門家が八代先生と同様に「職務給が普及していない日本の労働市場には同一労働同一賃金はなじまない」と考えているにもかかわらず、「日本でも同一労働同一賃金は可能」という(孤立説に近い)少数説が採用されてしまったという経緯ではなかろうかと思うところです。

産政研フォーラム2020年春号

 (公財)中部産業・労働政策研究会(中部産政研)様から、機関誌『産政研フォーラム』2020年春号(通巻125号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
http://www.sanseiken.or.jp/forum/
 今回は「イキイキと働くシニアを考える」特集の4回めで、太田聰一先生と安藤至大先生が論文を寄せられています。太田先生の論文は60歳代前半と後半の職業分布の過去10年の変化を検証したもので、60歳代前半は明らかに59歳以下の世代の職業分布に近づいている(59歳世代と同じ職業に就く人が増えている)のに対し、60歳代後半ではそうした変化が見られないことが明らかになっています。65歳継続雇用の義務化の政策効果により、60歳代前半の職業構造が変化し、世代交代が遅くなっている可能性が示唆されています。今後、60代後半の継続就労が政策的に促進されると、さらにこうした傾向が60代後半でも出てくる可能性がありそうです。安藤先生の論文は大竹文雄先生の『行動経済学の使い方』(岩波新書、2019)を紹介しながら定年前後の高齢者の意欲の維持につながる施策を提案しています。
 本誌の呼び物、その大竹先生の連載『社会を見る眼』は最近話題のテレワークについて検討しています。テレワーク向きの仕事、そうでない仕事がわかりやすく整理されています。

JILPT調査研究成果

 直近の諸情勢に鑑み在宅勤務で外出自粛と同時にSNSも自粛していたところ4月末日になって今月まだ一本もエントリを書いていないことに気づいた件(笑)。その前最後に出社したのは3月12日であるらしく、先日久々に職場に出向いてたまった郵便物を回収してきましたので、生存確認も兼ねて以下御礼を書いていきたいと思います。
 ということで第1弾、(独)労働政策研究・研修機構様から、以下の調査研究成果をお送りいただきました。いつもありがとうございます。送り状を見ると3月27日となっているので1カ月も放置してしまいました。申し訳ありません。
●調査シリーズ
No.193 人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査(企業調査・労働者調査)
https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/193.html
No.194 ものづくり産業における技能継承の現状と課題に関する調査結果
https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/194.html
No.195 「企業における退職金等の状況や財形貯蓄の活用状況に関する実態調査(企業調査)」および「勤労者の財産形成に関する調査(従業員調査)」
https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/195.html
●資料シリーズ
No.220 OECD Databaseによる公共職業訓練政策の国際比較―公共職業訓練費に注目して―
https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2019/220.html
No.221 若年者の離職状況と離職後のキャリア形成Ⅱ(第2回若者の能力開発と職場への定着に関する調査 ヒアリング調査)
https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2020/221.html
●労働政策研究報告書
No.203 求職活動支援の研究―自律型求職活動モデルの実用可能性の検討―
https://www.jil.go.jp/institute/reports/2020/0203.html
●労働政策レポート
No.13 年金保険の労働法政策
https://www.jil.go.jp/institute/rodo/2020/013.html
 いずれも上記リンクから全文がお読みになれますが、今回なんといっても注目されるのはわれらがhamachan先生こと濱口桂一郎研究所長が自ら調査執筆された労働政策レポートです。そもそもこの「労働政策レポート」が過去19年間で13本しか出ていないというレア物であり、バックナンバーをみてもその時々の重要イシューに関する重厚な調査がまとめられています。今回は年金保険制度の歴史を労働法政策との関連から再整理したというもので、非正規労働の年金問題や高年齢者雇用の促進拡大が政策課題となっている中では非常に時宜を得た有益な調査といえるでしょう。hamachan先生は「厳密な意味での新たな事実発見はない」といたって控えめなのですが、とりあえず私自身も若干の関与をなした1990年代後半以降の部分を拾い読みしてみたところ旧厚生省と旧労働省が合併したあたりから連動性が高まっているような印象もかなりあり、省庁再編の効果測定という意味でも有意義な調査なのではないでしょうか。

日経2題

 今朝の日経新聞から2題。まずは社説です。「「同一労働・賃金」機に透明な賃金制度に」と言うのですが…前半は同一労働同一賃金の説明なので途中から。

 すでに企業の間では、手当の見直しが進み始めている。子育て世代への手当の支給対象を契約社員へも広げるなどの動きがある。正社員だけに支給している理由が説明できない手当は、廃止した方がいい場合もあるだろう。
 問われるのは基本給や賞与の決め方だ。厚生労働省の指針では、正社員とパート、契約社員とで能力、経験や成果などが異なれば、基本給に差を設けることが認められる。賞与も会社業績への貢献度などに応じて額を決められる。
 しかし、具体的にどんな基準で能力や貢献度の違いを判断し、支給額にどのように差をつけていいかは判然としない。
 混乱を防ぐためにも企業に求められるのは、正規、非正規を問わず職務ごとに対価を明確にし、成果の報酬算定ルールも定めた透明性の高い賃金制度づくりである。
 非正規社員の処遇改善は仕事に必要なスキル(技能)を自助努力で高め、賃金の引き上げを積み重ねていくことが本筋だ。能力開発への意欲を引き出し、併せて正社員も活性化するために、職務と成果を軸にした賃金制度が要る。
 非正規社員の処遇改善は企業の人件費増につながる。新型コロナウイルスの感染拡大の収束はまだ見通せず、経営が圧迫されるのを嫌った非正規雇用の削減が広がる懸念もある。
 だが、人口減少が進むなかでは一人ひとりの人材がより貴重になる。賃金制度改革を通じて企業全体の生産性を引き上げ、コスト増を補って余りある効果を出すことを考えるべきだ。
(令和2年3月30日付日本経済新聞「社説」から)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57322370X20C20A3SHF000/

 まずもってタイトルの「同一労働・賃金」というのがいかにも珍妙に見えるのは私だけでしょうか。ウェブ上でざっと探した限りでは他に用例は見当たりませんでしたが…。本文中では普通に「同一労働同一賃金」と書いていますし、1文字節約するためにわざわざ一般的でない用語を使う必要もないと思うのですが…。
 手当の見直しについてはそのとおりで、「ベアの積み上げが難しいなら手当で」といった交渉材料として利用されたものが残っていたりするとまさに「不透明」ということになるでしょう。
 指針が不明確で混乱を招く可能性があるというのもそのとおりなのですが「混乱を防ぐためにも企業に求められるのは、正規、非正規を問わず職務ごとに対価を明確にし、成果の報酬算定ルールも定めた透明性の高い賃金制度づくりである」っていやそのほうがはるかに混乱するから
 まず「正規、非正規を問わず」といいますが非正規は基本的に職務固定であり、かつ概ね市場賃金なので、ほぼ「職務ごとに対価を明確」にすでに近い実態にあるといえるでしょう。それに対して正規は長期雇用慣行のもとにキャリア全体を考慮した賃金制度になっているわけですが、そもそもこの「同一労働同一賃金」の検討が始まったかなり早い段階から前提として「我が国の労働慣行に十分に留意」とされていて、長期雇用慣行の変更は念頭におかれていなかったといえましょう。出来上がったガイドラインをみても「均等・均衡待遇を確保し、同一労働同一賃金の実現に向けて策定」と書かれていて、本来均等≒同一労働同一賃金と対照的な概念である均衡を取り込んでいて、菅野和夫先生も『労働法』最新版で「内容において日本独特の待遇原則となって」おり、「日本版同一労働同一賃金」であって、「これまでの均衡・均等原則の考え方と変わるところはない」と断じておられるわけです(pp.361-362)。したがって、今回の改正法施行は特段「正規、非正規を問わず職務ごとに対価を明確にし、成果の報酬算定ルールも定めた透明性の高い賃金制度づくり」を企業に求めるものではありません。
 現実の問題としても、「正規、非正規を問わず職務ごとに対価を明確にし、成果の報酬算定ルールも定めた透明性の高い賃金制度」をそもそもどうやって作るのかという問題があります。欧米では(きわめて大雑把には)エリート層とテンポラリーは市場賃金で、マスは産別労組が団体交渉・労働協約と拡張適用で労働条件を決めていくというしくみがそれなりにあるわけですが、日本ではそのどちらも(失礼ながら)貧弱なのが実態です。さらに、仮にそれができたとしても、移行時に賃金水準が上下したり、企業の要員配置や人材育成などに大きな影響が出たりすることは不可避です。さらに賃金水準の変動で住宅ローンが組めなくなるといった社会的影響も考えられ、それこそ大混乱に陥るだろうことは想像に難くありません。
 もちろん職務給もやって悪いたあ言いませんし現実にも稀少技術人材などには拡大しているわけですが、まあ新しい労働契約から徐々に増やしていくというのが混乱を避けるためには現実的なところではないでしょうか。
 あとは何言ってるのかよくわからないのですが、非正規の処遇改善で人件費が上がるから「賃金制度改革を通じて企業全体の生産性を引き上げ、コスト増を補って余りある効果を」出せということでしょうか。とりあえず非正規のコスト増を正規のコスト減で補えと言わなかったところはいいでしょう。ただまあ「賃金制度改革で企業全体の生産性向上」とかいうのは、2000年前後の成果主義騒ぎの顛末をすっかり忘れてしまったのかなあとは思います。
 次に取り上げるのは法務欄に掲載された「「解雇の必要性」は容認も 新型コロナ下、雇い止めの兆候 回避義務などの要素 焦点」という解説記事です。見出しのとおりで、新型コロナのあおりで業務量が激減したホテルなどでの雇止めが認められるか、について解説しており、前段では契約更新への期待権について解説したあと、解雇権濫用法理の類推適用について説明しています。ちなみに私のSNS周辺では「日々雇用で30年」が話題になっていますが、ここで取り上げるのは後段です。

…ウイルスによる雇い止めは整理解雇なので、合理性判断の基準は使用者が「整理解雇4要素」を満たすか否かだ(1)解雇の必要性(2)解雇回避の努力は(3)解雇者の人選は妥当か(4)労働組合などと十分協議したか――で、基本的に全て満たせば雇い止め有効だ。
 他方、期間中解雇には労働契約法の17条に「やむを得ない理由がなければできない」との規定がある。沼田教授は「裁判所がやむを得ない理由を認める基準は整理解雇より厳しい」と説明する。
 問題はウイルス感染が拡大し経済活動がまひ状態になったとき、整理解雇4要素の(1)「解雇の必要性」や、期間中解雇の「やむを得ない理由」にあたるかだ。沼田教授は「その場合は該当するだろう」と予測し「裁判官もウイルス拡大を無視できない」とみている。
 企業は4要素の(2)以下も満たすことを求められる。(2)の解雇回避義務を満たすには通常なら事前の希望退職募集などが必要だ。今回は厚生労働省雇用調整助成金の支給要件を緩めるなど各種支援策がある。使わないと義務を果たしたことにならない可能性がある。
 世界中で感染が広がるなか、使用者はウイルス終息後の訴訟多発まで見据え、人員施策を考えることが欠かせない。
(令和2年3月30日付日本経済新聞朝刊から)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO57319450X20C20A3TCJ001/?fbclid=IwAR3NDm7jjwTij6qRar2EzwEIzvpvtSfChsQDV0si84dwBU_1dbComhzCkOE

 いやいや「ウイルスによる雇い止めは整理解雇」じゃないよねえ。類推適用されるってだけで、雇い止めは契約満了であって解雇じゃない。まあ細かい話といえば細かい話かもしれませんが、執筆者の方(シニアライター礒哲司の署名がある)のプロフィール(https://r.nikkei.com/journalists/19122001)をみると「社会保険労務士試験に合格。労働法務のプロ」と書かれているので、だとするとちょっと寂しいかなと。
 あとはまあ労働法学者(なぜ沼田雅之先生なのかが疑問といえば疑問だが)に取材しながら書かれていることもあって間違いはない。4要素のうち2つしか解説していないうえ、解雇の必要性については裁判所は基本的に使用者の判断を尊重してきたことは業界ではほぼ共通理解(上掲菅野『労働法』にも記載あり)なので、なぜここをこうまで力説しているのかはかなり不思議です。
 それに対して回避努力の説明は適切かつ必要なもので、記事にもあるように中小企業には最大9割雇調金が給付されるほか金融面などでも手厚い公的支援が講じられていますし、やはり今朝の日経によれば経団連も雇用を守ろうと言っているらしいので、公的支援の活用や取引先への協力要請といった努力を尽くすことは求められるのではないでしょうか。
 そして人選の妥当性と手続きの妥当性については項目としてあげられているだけで説明はありません。これも謎で、実務的には必要性よりはるかに解説が必要な事項ではないかと思うのですが。特に組織率の現状を考えれば「労働組合などと十分協議したか」という項目だけでは「終息後の訴訟多発まで見据え、人員施策を考える」ためには不十分というか不親切ではないかと思うなあ。
 まあおそらく新型コロナで新聞社の現場も大忙しだろうとは思うのである程度取材や記事などに遺漏が増えるのも致し方なかろうとは思いますが、しかし社説とか法務の解説記事ってそういう人が書いてるんだっけ。がんばってほしいなあ。

ポストコロナ時代の「働く」を考えよう

 昨年末に開催された「倉重公太朗の労働法実践塾出版記念シンポジウム」のダイジェストがYahoo!ニュースに掲載されておりました。私も中央大学客員教授の肩書で参加しております。
ポストコロナ時代の「働く」を考えよう(前編)
ポストコロナ時代の「働く」を考えよう(中編)
ポストコロナ時代の「働く」を考えよう(後編)
 当日のテーマは「これからの「はたらく」を考えよう」だったのですが、昨今の情勢をふまえて目を引くタイトルに差し替えられていますね。なお一昨日にはすでに閲覧可能になっていたらしく、やはり登壇されたhamachan先生のブログでもさっそく紹介されていました(倉重さんの実践塾でわたしや労務屋さんが喋ったこと)。
 内容についてはリンク先をぜひごらんいただきたいところですが、当日の登壇者(倉重先生含め7人)の中で民間企業で雇われている人は私ひとりであり(まあhamachan先生は機構からサラリーを貰っているとは思いますが)、残りの方は当日もhamachan先生が言っておられましたが「とってもキラキラした」キャリアの方々だったので、あえてそういう方面ではなく、起業とも独立ともあまり縁のない、しかし社会的には多数派を占めるであろう方々のキャリア、「これからの「はたらく」」を中心に発言してみました。正直つまらん奴だと思われたのではないかと思うのですが、まあそのあたりのバランサーとしての役割が期待されていたのだろうと。
 さてhamachan先生は中高年に関する先生と私の議論をご紹介いただいていますが、実は他の登壇者からもこれに関係する興味深い発言がいくつか出ていたのでご紹介したいと思います。
 パネルはまず最初にhamachan先生と私が「実は日本的な雇用システムは、普通の人が会社に身を委ねると、すごくうまく力を引き出して活躍させてくれるシステム」という話から始まったのですが、途中、日本マイクロソフトの澤円さん(株式会社円窓社長、「プレゼンの神様」という二つ名のほうが通りがいいかも)からこんな発言があり、

…固定された価値観を持ち続けるのは、マネジメントの問題がすごく大きいと思っています。日本は「管理職」という言葉を使うでしょう? 僕は大嫌いなのです。管理ってただのタスクではないですか。そういうのはAIにやらせればいいのです。マネジメントというのは、僕からすると対訳がありません。なので、マネジメントという概念がもう少し浸透すればいいなと思うのですけれども。
…日本って、名誉職としてマネジメントをやらせますよね。これがそもそもの間違いです。マネジメントは、それができる人、もしくは志している人で、なおかつ人格者であることが求められるべきだと思っています。

 これを受けて、グローバルな研修事業の会社を経営しておられる豊田圭一さん(株式会社スパイスアップ・ジャパン代表取締役)が海外の実情をもとにこう述べられました。

…海外に駐在する日本人の一番のストレスは何かといったら、英語ができないことでも、外国人とうまく交流できないことでもなく、マネジメント経験がないことなのです。
…役職が付いていなくてマネジメント経験がない(引用者注:35歳くらいの)若手が初めて海外に駐在をすると、ポジションが2つぐらい上がっています。そのときに日本人は真面目ですから、「自分は初めての駐在でマネジメント経験もないので、一生懸命頑張りますので教えてください」と言うのです。向こうの人から言わせれば、「冗談じゃない」と思います。マネジャーとして初心者の若者がやって来る。でも35歳は向こうの感覚ではシニアなのですよ。カンボジアでは平均年齢が24歳です。フィリピンだってそうですし、インドは27歳です。そういう中で35歳の若手などあり得ないのです。でも日本は平均年齢が高いので、仕方がないですよ。

 さらに転職エージェントの森本千賀子さん(株式会社morich代表取締役)はこの発言をダイバーシティ・女性活躍の観点からこう受け止められました。

 めちゃくちゃ共感します。ぜひ、「前倒しキャリア」を推奨してほしいです。特に女性の出産前教育です。20代、30代、40代と私も過ごしてきましたが、一番時間が自由で、なおかつ知的好奇心と体力があるのはやはり20代です。そのときに思い切りいろいろな経験をさせてほしいのです。今所属している会社や組織の信頼預金残高をとことん高めていただきたいのです。

 ということで、自覚的かどうかは別として、日本的な「遅い選抜、遅い昇進」に対しては明確に否定的で早期選抜を志向する見解が次々と示されました。これを受けて、hamachan先生と私が(hamachan先生のブログでも紹介されているように)日本企業の人事管理における「管理/マネジメントとはなにか」について発言するという流れだったわけですね。
 でまあ結論的にはhamachan先生は途中明確に「普通の人が腐らずにいくにはどうしたらいいのか。その答えが、正直に言うとなくなりつつある」と率直に述べておられますし、私も例によって「どのように変わっていくにせよ、ゆっくり進んでいくことが大事」という、まあ情けない話になっているわけですね。しかし現時点で誠意ある回答をしようと思うとそうなってしまうというのが現実ではないでしょうか。
 このあたり、hamachan先生のブログのこの記事なんかにもつながってくる話なのですが、この日はそこまでは進みませんでした。

それが本当の終身雇用

 このところ新型コロナ対策で在宅勤務続きだったのですが、先週木曜日に久々に出社したので広報で『日経ビジネス』先週号の「働かないおじさん特集」をコピーして週末に読んでみました。権利関係で問題ありかもしれませんがまあいいよね。実は電子版にもアップされていたのですが有料記事なのでスルーしていたのでした(笑)。地元の図書館がクローズしているのが痛い。
 さて内容は私の本務先の話なども取り上げられていて(笑)いささかコメントしにくいところもあり、最後の中西経団連会長のインタビューをご紹介して感想など書きたいと思います。4ページの記事なのですが写真とタイトルを除くと実質2ページというところでしょうか。でまあ最初に昨年の闘病の話があり(寛解されたようでご同慶です)、最後のほうはコロナ、米中関係、原発の話になっていますので人事管理の話は実質1ページくらいですね。
 でまあ相変わらず日立の人事制度の具体的な話がないのが残念なのですが(特集のはじめの方でも日立の話がかなり長く書かれているのですが「年功をやめる」ばかりでやはり制度の具体的な説明はない)、まず春闘について「大前提は「賃上げすべきだ」という意見」だと述べたうえで、ただし年功序列や全体の底上げはできない、リーダー層など、中国などと較べて賃金水準が負けている人たちの賃金を上げるべきだと主張しています。まあ、データ人材とかAI人材とかで、組合員層の高度人材を高く処遇したいということでしょうか。
 さてここでインタビュアーから「年功序列も一律賃上げも終身雇用の問題」と問われたのに対し、中西会長は「雇用を大事にする仕組みには非常に価値がある」と前置きしたうえで、「終身雇用を前提とした人生設計は見直さないといけない」と言っています。これはずいぶん簡単に言ってくれるなという感は否めず、もちろん企業規模や就労形態などによる違いは大きいとしても、やはり日本社会のしくみが長期雇用慣行のもとでの雇用と収入の安定を前提にしているわけなので、そうそう簡単な話ではない。社会保障制度も基本的には長期雇用慣行をベースにしているわけですし、職業訓練は企業に多くを依存しているわけですし、子女の教育費を保護者が負担する制度になっているのも長期雇用慣行のもとでそれが可能な処遇がなされているからでしょう。勤労者財形、特に住宅ローンなども長期的な雇用と収入の安定を前提にしてきており、「人生設計を見直せ」というのであればこうした社会のしくみもあわせて見直す必要があるはずで、さて経団連にそこまでの覚悟があるのかという話ではあります。いや生活扶助とか職業訓練とか住宅扶助とかを政府が全国民対象にやることになるわけで、経団連はそれでいいのかね。
 続いてジョブ型の話題に移るわけですが、中西会長はここでは「明確な職務規定があって、働き手をそこにアサインすることで、価値が市場で決まる。報酬が足りないと思う人はよその会社に行く。流動性も上がる。このような仕組みに徐々に移っていくことに晴朗性はある」と述べておられます。まあこれはやって悪いたあ言いませんが徐々に移っていくということが最重要だろうとは思います。
 そこで日立のジョブ型の話になるのですが、年功的には賃金を上げない、上位のジョブグレードに上がれば賃金が上がる、そこで「職務規定はオープンにしているので…手を挙げてもらう。規定と合っていれば仕事をいつまでやってもらっても構わない」ということだそうです。やはり「職務記述書を作成し、それが該当するジョブグレードの賃金を支払う」というもののようですね。
 ただ日立さんがどうかはともかく、一般論としてはおそらく「手を挙げてもらう」となると何本も手が挙がるというのが実態でしょうから、何らかの判断で一人選んで、あとの人はまた今度ということになるでしょう。ところが「いつまでやってもらっても構わない」という話だと、選ばれた人が上のグレードへのチャレンジに成功するまで、選ばれなかった人はいつまでも次のチャンスがないということになりかねない。別にジョブ型にしたところで職務等級給にしたところでポストや上位のジョブグレードの仕事が増えるわけではないですからね。まあでも賃金は上げてないから選ばれなかった人も「働かないおじさん」にはならないし、「いつまでも次のチャンスはない」のは仕方ないんだから、それが気に入らないならどこへでも出ていけという話になるわけか。なるほど。
 いっぽうで中西会長は逆に「ジョブがなくなるとその人は職を探す」とも言っておられて、なるほどジョブ型というのは労働契約に記載されたジョブがなくなれば相応の補償を受けて解雇され、次の「職を探す」というのが通り相場ではあります。もっとも日立さんはそうはしないようで、中西会長も後のほうで解雇規制については「規制緩和を声高にいうつもりはない」「私がやってきたオペレーションの中でも「いきなり解雇」はしてきていない」とのことですから、まあ職を探すのは企業のほうがなにか別の仕事を、という話のようです。要するに雇用は維持するけれどそのために衰退分野を温存することはしたくない、ということですね。だから別分野にチャレンジしろと。まあ、人事権を手放すつもりがないのなら解雇規制の緩和も難しいといういつもの話ではあります。
 そうなるとよくわからないのが定年制の話で、中西会長はここで「定年という仕組みは終身雇用、年功序列があるからついてくる。本当の意味で、ジョブ型雇用が浸透すれば定年なんて関係はなくなる」「日立において、(引用者注:ジョブ型を導入している管理職層は)定年制自体があってないようなもの、なんです」と、こちらは欧米で典型的なジョブ型が前提の話をしておられるのですね。ただ、欧米で定年制がないのは(欧州では事実上の定年制がある例が多いですが)ジョブがなくなったり加齢によってジョブを遂行する能力を喪失したりした場合には解雇されるからであって、人事権を手放さず解雇規制の緩和を求めないのであれば、そうした場合でも解雇の前に社内の別業務への配置転換を行う必要が出てきます。もちろん、それによって転換した仕事のジョブグレードが下がるのであればそれに応じて賃金を引き下げることはできる可能性が高いでしょう。とはいえ、定年がなくなって働ける仕事がある限りは雇用されるということだと、それって文字通りの意味での終身雇用じゃないかと思うわけだ。
 ということで中西会長の議論はいささか混乱気味のように思われますが(まあ日経ビジネスの編集の問題も多々ありそうな気はしますが)、基本的にその問題意識は長期雇用がどうこうというよりは賃金の問題で、経営上必要な稀少人材であれば高い賃金を提示して採用して囲い込みたいし、逆に能力が高くてもそれ相応の仕事についていないのであれば、現実の仕事に応じた以上の賃金は払いたくないということのようです。でまあそれは理解できないではないし、日立の労使がそれでいいのならそうすればいいという話ですし、それで他社に較べていい人材が採れるならそれでいいのではないかと思うわけです。
 なお特集全体についていえば、「働かないおじさん」=「若い頃から意欲も能力も低いのに終身雇用と年功賃金に安住して年功的に賃金が高い人」という従来のステロタイプはどうやら脱して、「働かないおじさん」=「能力はあるけど出世に敗れた人」という理解には一応達しているようなので若干の進歩は認めたいと思います。ただまあ書いてあることは要するに「働かないおじさん」を恫喝しつつ「能力の高い人が高リスク低賃金の仕事に移れば歓迎される」(これを流動化と称するらしい)という拙劣な話がほとんどで(もちろん中原淳先生の談話のように有意義な記事もありますが)、まあやはりカネ払ってまで読むもんじゃなかったなと。

経団連提言「Society5.0時代を切り拓く人材の育成」

 先週金曜日に発表されておりましたので読んでみました。副題は「―企業と働き手の成長に向けて―」となっておりますな。こちらで全文がお読みになれます。
https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/021_honbun.pdf
 まず第1章は「企業と働き手をめぐる現状と課題」で、現状については「グローバル化やデジタル化の進展により、企業の経営環境は、厳しさと複雑さを増している。…人材の採用・育成には時間と費用を要する。加えて、スキルが陳腐化するスピードが早い」「働き手の意識や就労ニーズは大きく変化している。…多様な人材の活躍が進むにつれて、個人のキャリア観も多様になってきている。特に、若年・中堅層を中心に、仕事を通じて社会課題の解決に貢献しながら、自身の成長を実感・実現することを重視する人材が増えている」と述べています。その上で、課題として「前例主義的な意識や内向きの組織文化の変革」「会社主導による受け身のキャリア形成からの転換」「デジタル革新を担える能力の向上」の3点があげられています。
 続く第2章は「Society5.0を実現する人材の育成」となっており、「エンプロイアビリティ」というまことになつかしい語が登場するのに加えて、企業サイドが従業員を雇用できる能力としての「エンプロイメンタビリティ」という語を担ぎ出してきて、労使ともにこれらの向上に取り組むべきだと主張していて、それが「企業と働き手の成長」なのだと、まあそういうストーリーのようです。取組事項としては「意識と組織文化の変革」「自律的なキャリア形成の支援」「デジタル革新を担える能力開発」のまたしても3点が柱とされています。
 そして第3章は「学びと成長を促す環境整備」となっていて、「有益な情報の提供」「経済的な支援」「評価と処遇」「学びと成長のための時間の確保」「学び合うプラットフォームの整備」「エンゲージメントの把握と改善」「HR Techの活用」の7つがあげられています。
 そこで具体的な施策ですが、本文に続いて20社の企業事例があげられていてページ数も本文より多く、まあこれは旧日経連時代からよくある話ですが(かの『新時代の「日本的経営」もそうだった)、先進事例を収集してそれを追認的に整理したものとなっているようです。
 したがってお題目はなかなかに勇ましいのですが具体的な中身はといえばかなり拍子抜けであり、たとえば「2020年版経労委報告」その他であれだけジョブ型ジョブ型と連呼したわりにはその話はまったく出てきません。あるいは「はじめに」で「「人生100年時代」の到来により、職業人生が長期化し、キャリア・トランジションを経験する働き手が増えていく」と問題提起しているのに、最近話題の「65歳以降の就業」については本文でも事例でも一切言及されていません。また、第2章では「デジタル分野などにおいて、高い専門能力と成果を評価して、処遇することが適した職種が増えている。こうした職種に就く人材は、比較的流動性が高く、世界的に人材獲得競争が激化し、日本企業が求める人材を確保できない状況も起きている。こうしたことを背景に初任給から高額な報酬を設定する企業も出てきている」と書いているのですが、初任給どころか賃金に関する言及は本文ではここだけですし、企業事例も話題になったNTTデータ(ADP制度)の1例のみです。これに関しては第3章にも「評価と処遇」という項目があるのですが、「社員の「学ぶ姿勢」や「部下・後輩の育成」を適正に評価し、処遇へ反映することが重要」「どのように評価し、処遇へ反映するかは、人事処遇制度や人材育成方針などを踏まえて、労働組合等と議論しながら検討していくことが求められる」と書かれているだけです。なにこれ
 第1章で柱のひとつとされた「会社主導による受け身のキャリア形成からの転換」は私としては大いに注目するところなのですが、第2章の「自律的なキャリア形成の支援」を見てみますと、はじめに意識改革の話があり、次に「社員の意向を踏まえた人事異動の実施」が来るのですが、まずは「企業は、「組織の要員管理」と「社員の選択」とのバランスをとりながら、適材適所を実現していく必要」を確認したうえで「自己申告などによりキャリアビジョンを確認」「異動できる範囲・期間を柔軟に」「本人の意向を踏まえた選択制の異動」、具体的には「社内公募制度や国内外留学制度」「グループ企業や他企業等への出向制度」「フリーエージェント制度」「社内インターンシップ制度」などをあげていて、あれだなこれ人事権を手放すつもりはさらさらないな。まあもちろんそれが悪いということもまったくないわけであって、2020年版経労委報告でも「「メンバーシップ型社員」を中心に据えながら」と書かれているのとも整合的です。さらに続けて「効果的なOJTに向けたコミュニケーションの充実」として「業務経験を通じて社員の成長を促すOJTは、今後も人材育成の中心的施策」と書かれているので内部育成・内部昇進をやめるつもりもないらしい。具体的な施策も「定期的な目標管理面談」「数週間おきに仕事の進め方や課題について1on1ミーティング」「メンター制度」そして「管理職層のマネジメントスキルの向上」で、まあ「自律的なキャリア形成の支援」にならないたあ言いませんがしかし迫力には著しく欠けるよなと。
 ということで、まあこれが経団連主要企業の実情というか本音ということなのでしょう。もちろん新しい施策でまだ結果が出ておらず評価も難しいということで紹介を避けた企業もあろうかとは思いますが、やはり長期雇用基軸で行こうという姿勢は鮮明なように思われ威勢のいい会長さんとの温度差は相当にありそうだと邪推をめぐらす私。ちなみに日立製作所さんの事例もあるのですがほぼ全面的にeラーニング含むHRテックの活用の話ですし。