城繁幸氏の就職氷河期論

 一昨日久々に長めのエントリを書いたところ読者の方からネタ提供をいただいたので書きたいと思います。いや城繁幸なんですが、就職氷河期世代についての総括(就職氷河期世代とはなんだったのか)がウェブに掲載されているとのことでしたので読んでみました。以下若干のコメントを。
 まず前段の「就職氷河期世代はなぜ生まれたのか」から「就職氷河期世代はなぜ固定されたのか」までについては、概ね業界のコンセンサスになっている事項が要領よくまとめられていて案外まともです。
 ただまあ合格点かというとやや微妙な点もあり、なにかというと城氏の常としてご自身の論旨に好都合な誇張が目立つのですね。たとえば「日本企業はただ新卒採用を抑制することで雇用調整を実施し続けました」と書かれていますが、もちろん企業は「ただ新卒採用を抑制」していただけではなく、他にも早期退職や希望退職、あるいは(これは城氏ご自身が直前に言及しているのですが)有期契約雇用の雇止めなどをやっていたわけですね。あるいは、まあこれはタイポではないかとは思うのですが「2000年には新卒求人倍率は0.99倍と1.00倍を下回ったほどです。学生一人につき0.9口の求人しかなかった」とか書かれていて、いや0.99と0.9はだいぶ違わねえかと思うわけです。あとは結論として「まとめると、就職氷河期世代は終身雇用を守るために人為的に生み出された世代だということです」と書いておられて、まあそう書いた方が都合がいいというのはわかりますが、現実には長期雇用慣行の中で成立した法規を守るためだったことは言うまでもありません。更に後段ではキャリアの問題を「年功序列」と連呼しているのも気にはなりますが、まあこの程度なら許容範囲でしょう。
 いっぽうで後段の「何をすべきだったか」以降になるとまあ相変わらずですねえという話になっていて、まあもはやご自身でもどうしようもなくなって信念と化しておられるのでしょうな。以前書いたことの繰り返しが多くなりますが以下は文章に沿って解説したいと思います。

 では、社会は何をすべきだったのか。答えは、解雇規制を緩和し、特定の世代ではなく幅広い世代で雇用調整を請け負うことです。新卒採用を減らす、停止するのではなく、生産性の低い従業員を解雇することで、組織全体の生産性も上がります。“派遣切り”のように特定の雇用形態の人たちに雇用調整を押し付ける必要もなくなり、格差の是正も進みます。

 「特定の世代ではなく幅広い世代で雇用調整を請け負う」とか「特定の雇用形態の人たちに雇用調整を押し付ける」とか、負担は凡そ全ての人民が等しく分かち合うべきだみたいなことが繰り返されてていてどこのソ連邦かしらと思うわけですが(ぱっと読むとすげえ正論のように見えてしまうのでレトリックとしては巧妙だとも思いますが←ほめている)、本当に幅広い世代で雇用調整を請け負わせるのであれば10歳毎の年齢階層別に失業率が同じレンジに収まるように企業に採用/解雇を行わせるということになるわけでそんなんできるわけないよねえ(適職探しをする年代と生計費負担が重い年代の失業率が同じでいいかどうかは別問題として)。ここ数年のように新卒採用が絶好調の時には逆に「新卒の失業率が他世代を下回らないように企業に採用規制を実施します」とかいう話になるわけでな。
 いやもちろん氷河期世代の人というのはたまたまその時期に当たってしまったわけでその点は不運であり、冒頭紹介されているような重点支援は当然行われてしかるべきものですし、成果は十分ではなかったにせよ従来も行われてきたことでもあります。そしてその財源はわれら人民が負担した税なのであり、そういう形で負担は分かち合われてもいるわけで、まあそれが公共政策というものでしょう。
 「新卒採用を減らす、停止するのではなく、生産性の低い従業員を解雇することで、組織全体の生産性も上がります」というのも、まあそういう状況も想定することは不可能ではないでしょうがかなり無理がありそうです。新卒者は賃金を支払いながら仕事を教えなければいけないので基本的に生産性は高くないわけであり、だから諸外国では若年失業率が高く、インターンシップという名のタダ働きをして仕事を覚えてからでなければお給料をもらえる仕事にはつけないわけだ。城氏は例によって賃金水準が貢献度を上回っている中高年を重視しているのだろうと思いますが、しかし2000年前後の成果主義騒ぎを通じてその乖離は解消されないまでも縮小しているでしょうから、城氏の主張する「中高年を解雇して新卒を採用すれば生産性が上がる」という状況はなかなか考えにくいように思います。さらに、中高年は十数年も経てば定年到達で賃金水準をガッツリと下げられるのに対して、新卒はこの先40年以上雇わなければならたいうえ30年後の生産性については特段の保証もないということになると、ますます「中高年を解雇して新卒」とはなりにくいでしょう(いやまあこれについては新卒が30年後に生産性が高くなかったら解雇するからいいんだという話かもしれませんが、それって新卒にとってうれしい話なのかしら)。
 なお格差についてはよくわかりませんが、派遣労働者正規雇用労働者の格差は縮小するかもしれませんが、すでにemployment at willになっている米国の現状を参考にすれば、労働市場全体での格差は拡大する方向じゃないかなあ。

 くわえて、年功ではなく職務で評価されることになるため、社会に出た後に躓いてしまった人にも、後からいくらでも挽回するチャンスが与えられることになります。

 まあなんとなく書いているんだろうなとは想像するわけですがマジレスすると、ここは整理して議論する必要があるところで、大雑把に分類すると労働市場には年功(キャリア)で評価される人たちと職務で評価される人たちがいるわけです。で、キャリアで評価される人と言うのは基本的に幹部候補生でエリートコース、職務で評価される人は基本的にノンエリートというのがまあ欧米の労働市場の通り相場と言っていいと思います。そこで日本と欧米の労働市場を比較すると、欧米では前者はMBAホルダとかグランゼコール卒とかで全体のせいぜい1割という少数なのに対して、日本では正社員の相当部分が前者(高卒であっても工場長に昇進したりする)であるという量的に大きな差異があるわけですね。さらに、欧米では後者でもparmanent workerが多数を占めて労度市場の主力を形成しているのに対して、日本の後者はほとんどが非正規雇用となっているわけで、まあ日本の現状がすばらしく良好かと言うとそうでもないなという話になっているわけです。
 そこで「年功ではなく職務で評価されることになる」というのがどういうことかというと、まあ前者が減って後者が増えるということになるのでしょう。それにともなって、後者の中に現状の非正規雇用とは異なった、雇用もそれなりに安定してキャリアもそれなりに開発されるという雇用形態が拡大していくことは十分に想定されるところです。実際、有期5年で無期転換した人たちの中には、当面は職務も処遇も従前としても、先々はより高度な職務・処遇になっていく人も出てくるのではないでしょうか。そうした人たちはキャリアで評価される従来型正社員に較べれば雇用保障も強くないだろうと思われるので、城氏が唱道する解雇規制の緩和はそうした形で実現していくのかもしれません。
 ただしこの場合、後者から前者に移動するというのは相当に大変で、大陸欧州ではかなり稀少であり、米国でもMBAを取ってこいという話にはなるようです。したがって「社会に出た後に躓いてしまった人にも、後からいくらでも挽回するチャンスが与えられる」の「挽回」が後者から前者への移動を意味しているのだとすると、それは非常に難しいことに変わりはないということになりそうです。

 ついでに言えば、65歳までの雇用を死守するために賃金抑制する必要もなくなりますから、内部留保は減って昇給もずっと進んだことでしょう。

 これもまあなんとなく書いてるんだろうねえという感じですが、さてこれはなにかな?「昇給もずっと進んだ」というのは個別の労働者の賃金水準が上がるということですよね。でまあ城氏としては城氏のいわゆる「生産性の低い従業員」の「雇用を死守するために賃金抑制する」のではなく、城氏のいわゆる「生産性の低い従業員を解雇することで」その人たちに支払っていた賃金を解雇されない人たちで分けあえば「昇給もずっと進んだ」だろうと言いたいのだろうななどと推測するのではありますが、あれこれって内部留保は減らないよね…。いや私も企業に有効な投資先のない資金が積み上がっているなら従業員に配ってしまったほうがいいのではないかと思いますしその話はつい前回のエントリでも書きましたが、城氏のご所論はどうやらそういう話ではないらしい。

 といった話を筆者は10年以上前から言い続けていますが、しばしばこんな反論を受けてきました。
 「若者は可哀そう論はウソだ。年功序列ではない新興企業や、キャリアを気にしない中小企業はいくらでもある。本人にやる気さえあればなんとでもなるはずだ」
 その言葉、そっくりそのまま世の正社員全員にお返ししたいと思います。解雇規制が緩和されて正社員の地位を失ったとしても、新興企業や中小企業に目を向ければいくらでも就職口は見つかるはず。特定の世代にだけそうした努力を押し付けるのはやはり理不尽というものです。

 まあ実際そういうとんちんかんな反論をする人というのも実際にいたのでしょうからわら人形だと申し上げるつもりはありませんし、普通に考えて人材育成やキャリア開発のしくみが確立した大企業に入社できなかったとしてもそうした仕組みのない新興企業や中小企業で「やる気さえあればなんとでもなる」わけはありません。ただまあ一部の珍妙な人たちがそう言っているからと言って、そんなこと思っても見ない人たちにまで「そっくりそのまま」「お返し」いただいても困るだろうと思うなあ。城氏が例示したような「若者は可哀そう論はウソ」がウソだったとしても、それが「若者は可哀そう論」が正しいことを証明するものではありませんし、「世の正社員全員が努力不足論」の根拠にもなりません。これもぱっと読むともっともらしく見えるのですが、ここまで来るともはやレトリックではなく詭弁の域かも知らん。「特定の世代にだけ」云々は上で書いたのと同じレトリックなので(ry
 さてこれ以降は「過去の支援策より効果が期待できる理由」が述べられていて、これについては前半部分と同様で都合のいい誇張などは見られるものの大筋では間違ったことは言っていないという評価でいいと思います。ただまあ大筋で間違っていないということはたとえば

 新社会人の数が団塊ジュニア世代と比べて5割程度まで落ち込む現在の状況では、“ぴちぴちの新人”にこだわると人材レベルで大幅な妥協を求められることになります。
 そうした影響もあって、現在では“転職35歳限界説”のような年齢をベースとした区切りは影が薄まりつつあります。

 おいちょっと待てよあんた新卒は生産性が高くて中高年は生産性が低いとかさんざん言ってなかったっけ。なんかねえ、まともなことを書くと自爆になるってのはもう円熟の芸だねえと思うところ。
 最後の締めも、けっこういいこと書いてるんですよ。

 一言でいうなら社会全体が緩やかに、“年功”から“職務”に軸足を移しつつあるということです。そうした状況であれば、職業訓練や雇用助成金には一定の効果が期待できるでしょう。
 くわえて政府には、解雇規制緩和による採用ハードルの引き下げも期待したいところです。

 城氏がどういう意図で書いているかはわかりませんが、前半は私が上で書いた変化に通じるものですよね。で、ここでやめてとけばいいのに、最後結局は解雇規制にこだわっちゃうんだなあ。いや実際それさえ諦めれば残りはけっこうまともになりそうなので惜しいなあと本気で思う(だから今回はネタタグではなく雇用政策タグにした)。
 ということで特定世代云々とか言いながら結局は中高年が痛い目にあうのを見たいという本音がいまだに透けて見えるように感じるのは私の心がヨコシマだからかしら。別にもう城氏が暴露本書いた当時の中高年はほとんどリタイヤして逃げ切ってんだからいつまでも根に持たなくてもと思うのですが、まああれだないまさら引っ込めるわけにもいかないかな期待してる人もいるだろうし。ということで相変わらずですねえというこなみかんを述べて終わります。いやはや。

低価格依存症

 なんか毎回同じ話を繰り返しているような気はするのですが、昨日の日経新聞朝刊にこんな記事が掲載されていました。物流業界の働き方改革にともなうコストアップが価格転嫁されつつあるという話です。

…アイス、ヨーグルト、冷凍食品――。今春に相次ぐ食品値上げは15年以来の規模で広範囲にわたるのが特徴だ。4年前の値上げの理由が円安による原材料価格の高騰などだったのに対し、今年の値上げの要因として各社が挙げるのが物流費の高騰だ。
 運転手不足で商品を配送するトラックが確保できない。物流量の少ない地方では共同配送などで効率化を進めるが、深夜時間帯の配送など長時間労働を強いられる食品配送そのものを敬遠する物流会社も出始めている。

 共働き世帯の増加などで冷凍食品は成長を続ける。市場規模は17年に7180億円で、09年比で13%増えた。だが店頭でPB商品のシェアが高まり競争は激しい。メーカーは自社商品の値上げを求めるだけでなく、PBも同様に引き上げてもらう必要がある。自社商品だけ値上げできてもPBとの価格差が広がり、自社商品が売れにくくなるジレンマを抱える。
 都内の中堅スーパーの担当者は「消費増税を前に消費者の節約志向が高まっている時期に、PB商品の価格を上げられるはずがない」と憤る。包装資材の削減でコスト増を吸収するなど、あらゆる知恵と工夫で値上げしないよう製造を委託するメーカーに訴える。ニチレイフーズの言葉は切実だ。「そうはいっても現在の契約額では作るほど赤字だ」
 国内の人手不足に起因する物流費や人件費の上昇は今後も続く見通し。値上げを浸透させたい食品メーカー、値上げを受け入れてもPBの価格は維持したいスーパー。価格に敏感な消費者を巡り、神経戦は続く。
平成31年4月16日付日本経済新聞朝刊から)

 物流費と言っても車両や物流拠点が足りないとかいう話ではないでしょうからつまるところは人件費ですね。物流業界は人手不足にともなう賃金上昇を価格転嫁できた(まあ全部ではなく一部でしょうが、以下同じ)ところ、食品メーカーは対小売りでそれを価格転嫁できていないというのが現状のようです。でまあ食品メーカーが「作るほど赤字」でも小売が価格転嫁を容認しない理由が「消費増税を前に消費者の節約志向が高まっている」と言ういつもの図式になっているわけですね。
 つまりこれは毎度の話で、食品メーカーが「包装資材の削減…など、あらゆる知恵と工夫」で実現したコストダウンを、物流コスト上昇の吸収=卸売価格の上昇抑制≒小売価格の上昇抑制というルートで消費者が享受しているということになります。もし物流コストが価格転嫁できれば、このコストダウンを賃金上昇に振り向けることも可能だったはずで、そうなればこのコストダウン努力が生産性向上として計測されることになるのでしょう。
 したがって付加価値そのものを増やす、消費者が「高くても買います」というような商品やサービスを開発するイノベーションがとても大事だということになるわけですがそれはそれとして、「賃金上昇ではなく価格抑制」という現状は、実態として労働者≒消費者であることを考慮すれば安くなければ買わない、値上げしたら買わないという消費行動を通じて労働者自らが選択した結果だという見方もできるという、これまたいつもの話になるわけです。
 そこでこうした一種の不具合な均衡のような状態から誰がどう踏み込んでいくのかという議論になり、もちろん企業が価格戦略を見直すことも大事だろうと思います(有効な投資先がないのに積み上がっている資金というのがあるなら賞与などで労働者に配分してしまえばいいのではないかというのもこれまで繰り返し書いたとおりです)。ただまあこの記事を見ると消費者もいささか行き過ぎているのではないかと思うところもあり、この記事でも冒頭にこんな事例が出てくるのですね。

 「子どもたちは『ピノ』が好きなので、正直いって値上げには困っている。特売を待とうかな」。愛知県安城市の主婦(39)は日常的に購入していた森永乳業のアイス「ピノ 6粒入り」の値上がりにため息をつく。
 全国約460店のスーパーの販売データを集計する「日経POS情報」によると3月に出荷価格を引き上げた同商品の同月の平均店頭価格は約94円。前月比で3%程度値上がりした。家計のやりくりに日々、頭を悩ませる主婦層はわずかな値上がりにも敏感に変化を感じ取る。
(上と同じ)

 「ピノ」というのは10mlのアイスクリームまたはアイスミルクをチョコレートやキャラメルなど多様な素材でコーティングしたお菓子であるらしく、10mlと小粒ではありますが6個の箱入りで小売り価格が94円ならまずまず大衆的な部類に入るのでしょう。それが3%値上がりしたということなので1箱あたり3円弱という話であり、5人の子どもが毎日10箱食べたとしても150円の負担増であり、なんとか苦笑交じりにでもご容赦いただけないものかと正直思うわけです。もちろんその痛さ感というのも想像しないではありませんし、ミクロの事例なのでこの方にとっては本当に切実な話かもしれず、あるいは愛知県安城市では10円15円値上がりしていたという実態があったのかもしれませんが…。しかし「値上がりするなら今のうちに買っておきます」ならわかるのですが「値上がりするなら今後特売でしか買いません」というのはもう少しお手柔らかに願えないかと、供給サイドでは思っているのではないかと思うのですが…。
 これが、またいつもの話になるのですがこの案件にも関係してくるわけで、こちらは本日の日経新聞朝刊です。

 外国人労働者の受け入れを広げる改正出入国管理法が1日施行され、資格試験や受け入れ準備が進んでいる。人手不足に悩む外食などの業界が歓迎する一方、自民党に対象業種拡充などを求める声も寄せられ始めた。
…人手不足の解消には程遠い。政府は5年間で最大約34万人の受け入れを見込むが、人手不足の見込み数は約145万人に上る。14業種で最も多い6万人を受け入れる介護業界でも、円滑な運用やさらなる拡充を求める声が出ている。
…当面、特定技能の資格は既に日本で働く技能実習生が取得するケースが多くなる。2月、宮城県気仙沼市内で、小野寺五典前防衛相が開いた地元の水産加工業者との会合。新制度を巡り参加者から「4月以降に都市部に流出する可能性がある」と懸念する声が出た。
 日本フードサービス協会の高岡慎一郎会長は「大都市部の方が給料もよく海外の労働者も働きやすい」と指摘する。自民党合同会議の木村座長は地方の懸念を踏まえ「大都市への集中をいかに防ぐかが重要だ」と話す。
平成31年4月17日付日本経済新聞朝刊から)

 これを企業・経営者の低賃金依存症と断じて嘲笑するのは簡単ですが、その原因は消費者の低価格依存症だというところに踏み込まないと解決は難しいのではないでしょうか。特にサービス業では(介護ロボットなどの開発や導入は熱心に進められてはいるのですが)省人化投資と言ってもかなり高コストになるわけで、現状それを価格転嫁するとなると相当大変でしょう。現実にはサービス業の現場では以前も紹介したように未熟練労働者を支援する省力化投資というのが積極的に行われているわけですし、加賀屋の省力化投資というのも、顧客からあの高価格でかっぱげるから成り立っているのではないかともけっこう本気で思う(すべての事業者があのビジネスモデルでやれるわけもないですしね)。
 なお「大都市への集中をいかに防ぐか」については、賃金に限らずさまざまな就労条件のトータルで大都市部より魅力的と思ってもらえるような処遇をするしかないと思います。なにもカネがすべてではなく、業務指導が懇切であるとか、外国人が尊重されて人間関係が良好で居心地がいいとかいった魅力を訴求するという方法もあるでしょう(食事がおいしいとか、いろいろ考えられると思う)。現状の技能実習制度で発生している問題の多くが実習生が事実上移動できないことに由来していることを考えると、制度的に移動を妨げることはすべきでないと考えます(そもそも職業選択の自由とか人身拘束・強制労働の禁止とかいった基本的な価値観にも反しますし)。

労働新聞「リレー方式紙上討論 解雇無効時の金銭救済」(4)

 労働新聞で掲載中の標記連載ですが、第4回が掲載されて無事最終回となりました。編集部がつけたタイトルはこうなっていますが、今回は少々脱線して有期雇止めの金銭解決を中心に書いています。
www.rodo.co.jp

労働新聞「リレー方式紙上討論 解雇無効時の金銭救済」(3)

 労働新聞紙の連載、第3回が掲載されております。今回は以前このブログでもご紹介した大内伸哉川口大司(2018)『解雇規制を問い直す-金銭解決の制度設計』で提案された「完全補償ルール」の採用を提案し、民事損害賠償的な発想から論じています。
www.rodo.co.jp

なんか「柳井正氏+日経新聞」というのは最悪の組み合わせではないかと思った。

 年度初めで入社式、新入社員の季節ですということか、日経新聞は1面で「一歩踏み出すあなたに(1) 」というインタビュー記事を掲載しています。(1)ということは連載になるんでしょうな。その記念すべき?初回はファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏が登場しておられます。

 自分が経営者になったつもりで仕事をしてみてはどうだろう。単純な労働者になった途端、仕事は時間を消費する作業に変わってしまう。仕事に付加価値をつけるため色々な人に会い知識を吸収する。工夫を凝らす癖をつければ応援してくれる味方が増えるはずだ。
…日本は少子高齢化が進み、外国人労働者が入ってくる。若い人たちは国内だけで考えるのではなく、世界の中の自分という視点を持つべきだ。同じ仕事をする世界中の人と競争し、どう自分は戦えばよいかを理解してほしい。
 日本では会社に入ると社内のことしか考えない社員が少なくない。当社は「グローバルワン・全員経営」を唱えている。世界で働く社員が経営者マインドを持ち、いろんなことを吸収しないといけない。
 若い人たちにまず取り組んでもらいたいことは、好奇心を持つことだ。その上で1つのことを追求する。あらゆる知識を実践で応用し、どんな職業でもその道のプロになることが大切。物事はケーススタディー通りにはいかない。自ら考え周囲の知恵も借り、悪戦苦闘して解決策を見つけていってほしい。
 スポーツや学問、ビジネスでも25歳までに個性が出る。自分が何に向いているか見つけてほしい。若い人が本当にやりたいことがわからず、就職ではなく「就社」することに不満がある。有名な会社に入り終身雇用で一歩ずつ昇進する世界はもうないと思っている。
 もし今自分が20代なら、職業は何でもよいが、世界で活躍できるビジネスマンになりたい。プロ野球イチロー選手が引退会見で述べたように、好きなことを早く見つけ一生の仕事にすることが一番大事だ。…
平成31年4月1日付日本経済新聞朝刊から)

 本筋と関係ない自慢話経験談は省略させていただきました。でまあ正直何言ってるのかわけがわからんと思うわけで、まあ記事化した記者の力量の問題もあるのかもしれませんが、話が飛び飛びになっていて一貫性がないのですね。膨大なインタビューの中から多くのキーワードを欲張って盛り込み過ぎたのでしょうか。
 いきなり「自分が経営者になったつもりで仕事をしてみてはどうだろう。単純な労働者になった途端、仕事は時間を消費する作業に変わってしまう。」といわれてなにをいまさらと思うわけですが、これはいわゆる日本的な人事管理の核心部分で、「どうだろう」などと言われるまでもなく実現し定着している話ですね。日本企業では、経営幹部だけではなく、現場末端の従業員まで自分は業績の一部に責任を負っているという経営者感覚を共有しているわけで、だから例年賞与交渉の際に労組は「会社の利益は組合員の努力の成果」として多額の利益配分的な賞与を要求する(そして多分にそれに応じた賞与が支給される)のだ、という話は過去さんざん書いたと思います。その点が、経営者や経営幹部を除けば企業業績に関与しない「時間を消費する作業」に従事する「単純な労働者」とされている(したがって利益配分的な賞与はなく、企業業績に関わらず賃上げを要求するわけだ)欧米の人事管理と大きく異なるわけであって。
 続けて「仕事に付加価値をつけるため色々な人に会い知識を吸収する。工夫を凝らす癖をつければ応援してくれる味方が増えるはずだ。」ってのがきて、まず前段については上と同様でそれこそ現場末端の従業員がQCサークルや提案活動などを通じて仕事に付加価値をつけようとしている(けっこう進んだ生産工学なんかも学んでいる)のが日本企業の特色といわれているわけで、まあこれはあれだな現状そうなってるからそれをがんばりなさいということだと読めばいいのでまだしもとして、それに続く「工夫を凝らす癖をつければ応援してくれる味方がふえる」というのはどういう因果でそうなるのでしょうか。まああれかな、工夫を凝らして他人の利益に貢献すれば味方が増えるということかな。まあ当たり前の話ではありますが新入社員の中には知らない人もいるかも知らん。
 それに続く「日本は少子高齢化が進み、外国人労働者が入ってくる。…同じ仕事をする世界中の人と競争し、どう自分は戦えばよいかを理解してほしい。」というのはもうご持論で引っ込みつかないのでしょうが、しかし相変わらずブラックだねえとも思う。私は自由が好きなので外国人労働者の受け入れにも全否定ではないのですが、それはやはり社会的包摂と内外人平等のもとで労働条件の改善や省力化投資などをともなうものであることが絶対に必要であると考えており、そういう前提抜きで「外国人が入ってくるから負けないように働け」というのは、まあ日本人をあまり良好でない就労条件で使い倒したいという意味に読めますよねえ。まあ編集の問題なのかもしれませんが。
 さらに「日本では会社に入ると社内のことしか考えない社員が少なくない。当社は「グローバルワン・全員経営」を唱えている。世界で働く社員が経営者マインドを持ち、いろんなことを吸収しないといけない」というわけですが、これがさっぱりわからない。ただまあこの部分はかなりの確率で編集の責任であると思われ、ファーストリテイリング社のウェブサイトにある柳井氏のインタビューを読むと「グローバルワン・全員経営」についてはこう書かれています。

すべての社員が経営者マインドを持つ

 「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という企業理念は、本当に良い服、最高のサービスをお客様にお届けしたいという気持ちから掲げたものです。ファーストリテイリングのすべての社員一人ひとりがクリエイティブな力を発揮して、イノベーションを起こす企業になることで、企業理念を実現していきます。世界中の全社員が「グローバルワン・全員経営」の精神で、情熱的に仕事をすることが求められます。各地域、各事業で最も成果が上がったことを、グループ全員が共有し、実践する組織でありたいと思います。ファーストリテイリングは店舗のアルバイトからトップ経営者まで、すべての社員が経営者マインドを持ち、自らが考えて、お客様に最高の商品、サービスを提供する「全員経営」を実践していきます。
https://www.fastretailing.com/jp/ir/direction/interview.html

 これならわかりますね。要するに現場第一線の従業員が顧客の動向をよく確認して情報を得て、できれば先読みもして、よりよい商品、サービスの提供につなげていきましょうということだろうと思われ、まあそれが「経営者マインド」だというのならそういうことでしょう。なるほどだから「吸収する」が繰り返し出てくるのだな。そのように書いてくれればわかるわけですが、それを「日本では会社に入ると社内のことしか考えない社員が少なくない」それが悪いことだ、と言いたいという、おそらくは編集の恣意が入ることでこういうわけのわからない文章になってしまったのでしょう(意識的かどうかはわかりませんが)。
 でまあその次のパラグラフはまあ常識的な話で特に違和感もありませんが、それに続けての「ビジネスでも25歳までに個性が出る。自分が何に向いているか見つけてほしい。若い人が本当にやりたいことがわからず、就職ではなく「就社」することに不満がある」というのは、まあご不満に感じられる分にはご自由だとは思うのですが、しかしご無体なとも思うかなあ。いやご指摘のとおり25歳までに個性が出るのだとすれば、そのくらいの年齢までは「本当にやりたいことがわから」ないというのも致し方なかろうかと。でまあ日本企業の(特に大企業の)人事管理というのはそういう若者を新卒で採用して、トレーニングしながら人事異動を通じて適職探しもしているわけですよ。それが国際的に見ても優れたしくみであることはそれなりに定評のあるところであり、それをつかまえて「不満がある」と言われてもなあという感じです。いやもちろんキャリアのある時点からは柳井氏も言うように「プロ」になって会社任せのキャリアから自律することも重要ですが(ここは山ほど論点があるところですがここでは省略)、まあ「若い人が本当にやりたいことがわからず、就職ではなく「就社」することに不満がある」というのは新入社員にいきなり言うことではないよなと。
 そしてこれが一番悪質だなと思っているのですが、ここでイチローを担ぎ出してこう書いているのですね。

 プロ野球イチロー選手が引退会見で述べたように、好きなことを早く見つけ一生の仕事にすることが一番大事だ。

 この会見については全文起こしがウェブに掲載されていて(すげえなイチロー)、該当部分はこうなっています。

──子供達にメッセージをお願いします。

 シンプルだな。メッセージかー。苦手なのだな、僕が。

 野球だけでなくてもいいんですよね、始めるものは。自分が熱中できるもの、夢中になれるものを見つければそれに向かってエネルギーを注げるので、そういうものを早く見つけてほしいと思います。

 それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁にも、壁に向かっていくことができると思うんです。それが見つけられないと、壁が出てくるとあきらめてしまうということがあると思うので。いろんなことにトライして。自分に向くか向かないかよりも、自分の好きなものを見つけてほしいなと思います。

AERAdot.
https://dot.asahi.com/dot/2019032200005.html?page=2

 さすがですね。イチローはきちんと仕事にしなくてもいいように語っています。「一生の仕事にすることが一番大事」なんて、一言も言ってない。野球に熱中し、夢中になっている人が野球を「一生の仕事」にできるというのは、相当に恵まれた例外でしょう。音楽でも美術でも、好きだからこそアマチュアでいようというのはむしろ賢明な判断であることのほうが多いのではないでしょうか。好きなことを見つけることはたしかに大切であり人生を豊かにするだろうと思いますが、こと仕事に関しては大切なのは好きなことを仕事にするのではなく仕事を好きになることではないのかなと、素朴に思います。まあこれはこれでやはり論点満載であり、従来型の日本的な人事管理がベスト・プラクティスかといえばそうではなかろうとも思いますので、それはそれで別の議論になると思いますが…。
 ということでタイトルのような感想を抱くに至ったのでありました。やれやれ。

労働新聞「リレー方式紙上討論 解雇無効時の金銭救済」(2)

 連載第2回が掲載されております。記事タイトルにもありますが、主な趣旨は事前型の金銭解決(連合などのいわゆる「手切れ金解雇」)を排除しつつ、使用者の申し立てによる金銭解決を可能とするにはどうしたらいいか、を考えています。
www.rodo.co.jp

労働新聞「リレー方式紙上討論 解雇無効時の金銭救済」(1)

例によって中央大学の肩書になりますが、業界紙『労働新聞』で標記の連載が開始しております。鶴光太郎先生、諏訪康雄先生、倉重広太朗先生という錚々たるラインアップからバトンを受ける形ではなはだ荷が重いのですが、まあこんなことを言うのはこいつくらいのもんだろうということでお声がかかったものかと。4回連載なので、現時点ではネタバレ防止で内容についてはふれません(笑)
www.rodo.co.jp